いあんばかんす①
日本は7月後半を迎え、夏真っ盛りを迎えているが、
公都リンデンバームは、12月も大詰めとなり、
間もなく新年を迎えようとしている。
年末年始の学園は、いわゆる冬休みとなり約1ヶ月の休暇となる。
リーネとチロルにとって、
長い休日というのは初めての経験である。
日本で夏休みや冬休みと言えば、
海に海水浴や山でスキーに行ったり。
家族や友人たちとの楽しい思い出を作るものだ。
長いこと監禁生活だったリーネや、
閉鎖的な社会で育ってきたチロルにとって、
そういう機会は大いに楽しんでもらいたい。
実の親がいないふたりにとって、
保護者の俺はそういった役割を担うものだと、
理屈では分ってはいるが、
いかんせん子供を育てた経験など無い。
なにをどうすればいいのか、
手探り状態の毎日である。
さて、どこに連れて行くか。
悩んでいると、いつも世話になっている自動車整備工場から、
上遠野家の愛車ちゃっぴーの車検の案内が届いていた。
軽トラックのちゃっぴーとは随分長い付き合いだが、
爺ちゃん名義の車を勝手に買い替える訳にはいかない。
車検を通すにも、回を追うごとに費用が増していくばかりだが、
それは必要経費だと諦めている。
整備工場は、俺の幼馴染の父が経営する田舎の車屋だ。
整備だけじゃなく、新車や中古車の販売も手掛けている。
最近、幼馴染が修行先の大手販売店を退職して、
この整備工場を継ぐべく戻ってきたと聞いていた。
久しぶりに幼馴染の顔を見たいと思っていたら、
車検のちゃっぴーを預かりに、
幼馴染が爺ちゃん家にやってきた。
田舎では車検の車を預かりに来て、
代車として乗ってきた車を置いていくのは、
当然のサービスとなっている。
代車として置いていったのは、
8人乗りのワンボックスカー。
いつもなら軽自動車が多いのだが、
生憎手配できるのがそれしかなかったらしい。
代車はガソリンの満タン返ししてくれれば、
いくら乗っても無料である。
もちろん保険はフル装備。
金曜日の午後にやってきた代車は、
翌週の火曜日まで使える事になった。
「どこか行きたいところあるか?」
って聞いてみたら、
リーネが海に行きたいと手を挙げた。
うちの田舎は東北の内陸部に存在する。
海までは高速道路を使っても、
たっぷり2時間はかかる。
フォルクバルツ王国にも海に面した街はあるが、
公都リンデンバームは内陸部であり、
リーネは一度も海を見たことが無いらしい。
それはチロルもそうなのだが、
チロルの気持ちも同じくらい尊重したい。
「チロルはどこに・・・」
そう言いかけたが、
無表情な顔色とは異なり、
目がランランと輝いていた。
「・・・海でいいか?」
「やったぁーーーっ!!」
飛び上がるリーネの隣で、
表情は硬いが、目が大いに笑っているチロル。
やはり年相応の女の子なんだとどこか安心してしまう。
「ミーナとルナも海でいいよな」
「えっ・・・私たちも連れて行ってもらえるのでしょうか?」
「当たり前だ。家族なんだからな」
「・・・はい」
気恥ずかしそうに同意した姉を見て、
ルナも負けじと飛び上がる。
なんでも毎晩アニメのDVDを見ながら日本語を勉強しているとの事。
そういえば、チロルもそうやって日本語を勉強してたっけ。
アニメに出て来る海に特別な憧れを感じていたらしい。
ミーナはコロッケ屋台を任せているが、
冬場の屋台営業は厳しい環境だ。
最近コロッケの評判につられて競合店が現れているが、
笑っちゃうくらいレベルの低いコピー品。
多少営業を休んだからと言って、顧客が逃げる心配はない。
天気の悪い日や、年末年始は屋台を休もうと決めていた。
それに真夏も揚げ物屋台の営業は大変だ。
夏場はジェラートの販売はどうだろうと考えていた。
ミーナに日本のアイスクリーム事情を体験させるにも、
丁度良い経験となるだろう。
「という事だ。アリサも海に行くよな」
「私をおまけみたいな扱いにした事は許してやろう。ところで、なにか重大な事忘れていると思わないか?」
「重大な事・・・?免許の更新もしてるし、車の保険も大丈夫。ガソリンも満タン・・・あっ、お昼ご飯の事か?海でBBQなんてやめた方がいいぞ。焼けた砂浜で炭火を起こすなんて、考えるだけで地獄絵図だ。素直に海の家で焼きそば食ったほうがいい」
「そんな事じゃない。海と言えばなんだ?」
「ビーチパラソルならレンタルするぞ。サンシェードは自前のがある。あっ、日焼け止めか?それならドラックストアに買いに行こう」
「そうじゃないわ。きっとあなたにとっては、日焼け止めより重要なものよ」
「はぁ?運転手の俺は酒飲めないしなぁ。あと海の楽しみと言ったら・・・はっ!」
俺の顔色が一気に青ざめる。
しまったぁぁぁぁ。
おおっ、神よ!
なぜこのような大切な事が、
頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまったのでしょうか!?
「・・・水着か!」
アリサが不敵な笑みを浮かべる。
「ようやく気がついたわね。そう海に行くなら、私たちには水着が必要なんだって事を!」
がーーーーんんんん。。。。。
このように重大な事を、
何故俺は失念してしまったのだろうか。
「・・・アリサ。金に糸目はつけん。むしろコーディネート料ははずむ。明後日の日曜日まで手配を頼む」
「毎度あり♪」
こうしてウチの娘たちとの慰安旅行を兼ねたバカンス。
『いあんばかんす』計画が始動する。
「・・・水着かぁ♪」
冬なのに長い夏休みが始まった。




