屋台
危うく死ぬところだった。
ローランドに巣食う化け物から殺されるならば、
まだあきらめもつくというもの。
まさか身内から殺されそうになるとは思ってもみなかった・・・
治療してくれたアリサに事の顛末を話したところ、
「死ねばいいのに」
と途中で治療を放棄された。
見かねたナータンがポーションをくれたのだが、
「死んで詫びるしかないですね」
と、不器用すぎるエールをくれた。
まぁ、こんな訳で、
なんとかローランドからミーナとルナを連れ出すことに成功した。
彼女たちの身の振り方をなんとかしなくてはいけないのだが、
まずは最低限の衣食住の確保からだ。
しばらくは店舗3階の空き部屋に住んでもらう事にする。
3階には、六畳ほどの部屋が5部屋と共用の水回りがある。
シャワーとトイレは共用だが、自宅にシャワー室のある家は、
裕福層と言われている。
普通であれば、この世界では待遇の良い住環境と言えるのだが、
ミーナたちが暮らしていたローランドは遊郭街。
入浴施設に関しては貴族並みの待遇だった可能性がある。
うちのシャワー室も温水は完備されているので、
そこは勘弁してほしいものだ。
女性専用フロアとなった3階だが、
ミーナとルナの入居で満室となった。
まだ幼いルナは、しばらくの間ミーナと同じ部屋で寝泊まりするかもしれないが、
これ以上の女性入居は俺の命に係わるゆえに、
慎重な行動が求められるだろう。
結局、吉四六のボトルは、
以前爺ちゃんがマザーに送ったものであり、
陶器ボトルは教会の一番目立つところに飾られていたものだった。
子供たちは、わずかな小遣いを出し合って、
マザーが大切にしている陶器ボトルに酒を詰めていたらしい。
マザーは子供たちの行為を承知していたが、
「女神様からの奇跡の贈り物」として喜んでいたとの事だ。
お互いを思いやる気持ちとすれば、なんとも微笑ましいことなのだが、
新たな疑問が浮かび上がる事となった。
爺ちゃんがローランドの設立に関与した事は分かったけれど、
それはこの世界の時間軸でいう百数十年前。
アリサからの情報で、魔力が多い地球人は、
こちらの世界では長命・・・というか、年をとらないらしい。
それで魔族化もしなかった爺ちゃん。
ーーー爺ちゃんは何者なのか。
孫の俺が分からないのだ。
その答えはそうそう出てはこない気がする。
まぁ、爺ちゃんの情報を追えば、いずれ解決するだろう。
・・・多分。
そして今夜も酒場月に吠えるは開店の時間となった。
「・・・はて困ったな」
そう呟いては、大きなため息をつく。
この日、酒場月に吠える開店から、
実に10回目のため息だったらしい。
俺は無意識に何度もこのセリフとため息を繰り返していた。
「マスターが困り事とは珍しいですね」
そう答えたのは、
自称不器用男のナータン・クライムだ。
俺が何を困っているのかと言えば、
勢いで身請けしてしまったふたりの女の子の事である。
15歳になったばかりのミーナと、
もうすぐ9歳となるルナの姉妹。
ウチで雇うとは言ったものの、
酒場はナータンを雇っているし、
そもそも15歳の女の子に深夜営業の酒場で働かせるつもりもないし、9歳のルナは論外だ。
まして夜の店から身請けしたのだ。
ゆえに仕事をさせるにしても日の高い時間の役割を与えたい。
そして飲食店の方は、店長のキッカと副店長代理のアリサがいる。
今はリーネと一緒に魔法学園に通っているが、
チロルが副店長を勤めているのだ。
酒場と飲食店にこれ以上の人員は必要ない。
俺的には、ただそこにいるだけでも構わないのだが、
身請けしてもらったミーナにすれば、
居心地は良いとは言えないだろう。
安直な考え方だが、
飲食店の2号店を出せば何とかなるかと思っていた。
だが、これがなかなか難しいって事を思い知られていた。
まずここの近隣に飲食店を開店できる貸店舗がなかった。
そして新しい店舗を開店するには、行政府からの許認可も必要となる。
実績のあるウチの支店となれば許認可の方はなんとかなりそうだが、
食材の運搬を考えれば、2号店はどうしてもウチの店舗近隣が良い。
けれど、近隣の店舗は老舗の飲食店が多く、
競合過多を防ぐ為にも、新店舗の許認可が難しい地域なのだ。
近隣で2号店を開店させるには、
同業他社の撤退か買収をする必要がある。
まぁ、正直金には困っていない。
買収するくらいの余力はあるが、
飲食店組合との兼ね合いもあり、
金でモノを言というのは出来る限りやりたくない。
この世界に暮らしていても、
俺は「月に吠える」から得た知識しかない。
物知りな爺ちゃんがいれば、
相談に乗ってくれたかもしれないが、
生憎と目の前にいるのは、
ひたすらワイングラスを磨き上げるナータンだけだ。
ナータンに相談するくらいなら、
ワイングラスに話しかけた方がマシかもしれない。
「・・・私で良ければお話を伺いますが」
ワイングラスからではなく、
不器用物からそう持ち掛けられる。
あまり期待は出来ないけれど、
ここはダメ元でナータンに、
悩みの種を打ち明ける事にしよう。
「実は、ミーナとルナの事なんだ。家政婦として雇おうと思ったけど、この店の掃除なんてすぐ終わるし、2階なんて使用している部屋の方が少ない。それに3階の女子寮フロアは自分の部屋くらいアイツらがやるだろう。仕事がなくて暇を持て余すのが一番辛いからな」
「なるほど、そういう事でしたか」
ナータンは磨いていたグラスを静かにカウンターに置くと、
俺が悩んでいた事に理解を示してくれた。
「つまり、飲食店の店舗が必要ということですね?」
「ああ、収益は期待していない。だからと言ってまったく客がこない店じゃダメだ。自分たちの居場所はここだと思えないようじゃ意味がないからな」
飲食店といっても、
ウチの守備範囲というのが条件だ。
まったくノウハウの無い店を、
経験の無い素人が店を運営はずはない。
理想を言えば、飲食店の2号店だ。
調理はこの店でまとめて行えば、
2号店は販売特化店とすればいい。
それなら短期間でミーナを店長として任せる事が出来る。
「屋台を出すというのはどうでしょう」
「・・・屋台か。確かに固定型店舗より簡単に開店できるけど、その分屋台は競合する店が多い。特にサンドウィッチやホットドックなんてのは、履いて捨てるほどの数がある。屋台に求めるのは、飲食店と同じサービスじゃない。客が来なくちゃミーナたちに辛い思いをさせる事になるからな。問題は屋台で何を売るかだ」
ナータンは腕組みをした左手で、
顎を撫でながら考え込む。
「自分、不器用ですので」
「それは知っている」
「いや、そうじゃなくて。不器用ですからあの食べ物の名前を忘れまして」
「どんな食べ物の事だ」
「はい、マスターが賄いでたまに出してくれる・・・アレです」
「その情報からは何も想像がつかん」
「丸くて熱いです」
「なるほど、フライパンか?」
「いやそれは食べられないでしょ。ジャガイモがベースで、揚げたてはホクホクします。そして私はトンカツソースが最も合うと思いますが、マスターはウスターソースだと間違った事をおっしゃっていました」
「俺に喧嘩を売ってるのか?」
ナータンが俺に喧嘩を売るほど気に入ったという賄い料理。
それはコロッケだった。
この世界でもジャガイモはよく食べられているのだけれど、
パン粉をまぶして揚げるという料理方法が、
まだ一般的ではないこの世界。
いつも無表情でまかないを食べていたナータンが、
ここまでコロッケを熱く語るとは思ってもみなかったけど、
揚げたてのコロッケは、どこの世界でも旨い料理だという事はよく理解できた。
「コロッケの屋台か。いいなそれ」
こうしてまったく期待していなかったナータンからのアイデアにより、
ミーナとルナの活躍の場が見つかった。
屋台を出店するのは、月に吠えるから程近いヴィルマ中央広場である。
運よく屋台1台分の出店を認められたのだが、
まぁ、そこは色々根回しはしておいた。
ウチの馴染客であるジェイコブに、
屋台出店の件を頼んでいたのが功を奏したのだ。
ジェイコブは行政府の官吏である。
彼は毎朝ウチの店で朝食を食べる。
試食にと揚げたてコロッケを挟んだ、
コロッケサンドを出したところ、
「明日から毎朝これを食べる!!」
とすっかりコロッケの虜になった。
ここだけの話ウチのコロッケは業務用の冷凍コロッケなんだけどね。
けれど冷凍と言えど馬鹿には出来ない。
現代の冷凍コロッケの進化は著しい。
俺なんか次はどの冷凍コロッケを買おうかと、
毎度冷凍食品コーナーで仁王立ちしているのだから。
まぁ、仕入れの関係もあるので、
軌道に乗るまでは冷凍コロッケで様子を見ることにしよう。
ジャガイモとタマネギとひき肉。
そしてパン粉とスパイスとサラダ油。
材料だけならこちらの世界でもなんとかなる。
そんなこんなで、ミーナが店長となった屋台は、
持ち帰りコロッケ専門店として新規開店することになった。
コロッケは炒めたひき肉と玉ねぎを、
たっぷり使用した「肉屋のコロッケ」1種類。
いつも落ち着いている・・・というか、
どこか陰のある笑顔を見せるミーナだったが、
店を任されてからは、
そんな不安はまったく見せる事は無い。
まだ小さなルナも一生懸命手伝っている。
営業時間は、午前10時から午後3時までと、
短い時間ながらも、連日その日の販売分は、
お昼を過ぎると売り切れてしまうほどの盛況ぶりだ。
もう少し慣れた頃、そしてルナがもっと大きくなる頃には、
コロッケの種類を増やしたりメンチカツの販売をするのも考えている。
「いらっしゃいませ・・・あっ、ご主人様とナータンさん!」
この日も順調にコロッケを販売している屋台に、
俺とナータンは屋台の状況を見にやってきた。
俺達を見つけたルナが元気いっぱいに走ってくる。
「頑張ってるな。随分行列が出来てるようだけど・・・」
「そうなの、忙しすぎて、今日はエッポ爺ちゃんにも手伝いに来てもらったんだけど、椅子に座ったきりほとんど動かないの」
「あの爺さんはハシビロコウ・・・もとい、用心棒にしかならないよ。危ない目に合ったら、爺さんの耳元で『敵襲だ!』って叫んでやれ。突然動き出すから。そんなことより、早く姉さんを手伝いに行っておいで」
「はい、ご主人様。またねぇ♪」
屋台めがけて走り出すルナ。
そんな様子にナータンも目を細めている。
「コロッケの屋台というのは、なかなかの発想だったな。あれほどのアイデアがあるんなら、ナータンこそウチで働くより、屋台で独立開業した方が良かったんじゃないのか?」
忽然としてナータンの顔色から血の気が失せる。
「・・・実はマスターに拾われる前、屋台を手伝ったことがあるのですが、実は自分、不器用ですので」
「それは知っている」
「それにこの大きな体形のせいで、客が怖がって寄り付かなかったのです」
「・・・ナータン。なんか悪い」
「・・・・」
こうしてコロッケ屋台「月に吠える」は、
今日もヴィルマ中央広場でコロッケを販売している。




