本命
マザーとステラさんから殺気が消えた。
それからの話は淡々と進んでいく。
そこで俺は衝撃黄な事実を知る事となる。
ローランドは今から百数十年前、
爺ちゃんがスポンサーとなり設立したものらしい。
まぁ、爺ちゃんの男の欲望を果たす為なら、
爺ちゃんも隅に置けない・・・もとい、
爺ちゃんを軽蔑するところだったのだが、
実際は娼婦とその家族を守る事を目的としていた。
ローランド設立以前、
公都リンデンバーグには、小規模の花街・・・というか、
置屋と呼ばれる売●宿が点在していた。
それを経営しているのは、マフィアでも最底辺な輩が多く、
雇用される娼婦に人権は一切与えられない環境だった。
公爵家としても、合法的に●春を禁止していた時代もあったが、
男と女が存在する限り、需要と供給は無くならない。
そういえば、地球でも最古の職業の記録ってのは、
売●だって聞いたことがある。
締め付ければ締め付けるほど、人々の欲求は大きくなるものだ。
だが、爺ちゃんが考えたのは、
綱紀粛正なんて事では無かった。
この世界の医療体制は、
治療院と呼ばれる治癒魔法による施術と、
薬師と呼ばれる薬草による投薬治療が主体である。
教会が主催する介護院という施設があるが、
これは死を迎える人のホスピス的役割が主であり、
治療より緩和ケアに特化している。
魔法が使えるこの世界。
怪我や状態異常の回復には適しているが、
ウイルス性の疾病には驚くほど医学が発展していない。
体力回復が主体であり、効果のほどは自己免疫力次第といったところだ。
だから、この世界の住人たちは、
ウイルス性の疾病には日々怯えながら暮らしている。
そして娼婦にとって大敵なのは性病である。
「それでね、助けてくれたのがトミーさんだったの」
ステラさんは遠くを見つめて話してくれた。
病気に罹患した娼婦に、見た事のない薬を渡したり、
親を亡くした子供への支援を積極的にしていたらしい。
見た事のない薬というのは、
日本から持ち込んだものだっていうのは予想がついた。
俺には耳にタコができるくらい、
「異世界と異世界を交えるな」
って言ってたのに。
まぁ、それだけリスクがあるって事なのだろう。
爺ちゃんなりの愛情なんだってのは、
アラサーになってようやく理解する事が出来た。
そんなローランドの守護者としての任を任されたのが、
『マザー』ことバルトロメウス・アーメントと、
『ステラ』こと、ステファニー・アルトマンだった。
ふたりは腕利きの冒険者だったが、
とある病で冒険者家業を引退したらしい。
その病・・・というか、症状には聞いたことがある。
かつてアリサを悩ませた「魔族化」だった。
「この褐色の肌はその時の名残なのよ・・・」
『マザー』が修道服をまくり上げて、
その黒ずんだ四肢を俺に見せる。
「気の毒ですが、それ以上まくりあげたら訴えます」
「あら、いけずなのねぇ♪」
『そんなことより、そろそろ正体を明かしてはくれませんか?』
俺は突然日本語で話しかける。
例え百戦錬磨の冒険者であっても、
突然はなしかけられた日本語なら、
なにかしらの心の揺らぎが顔色に出るものだ。
「・・・・?」
「・・・・?」
とぼけている表情ではない。
むしろ俺の後ろの気配がやばい事になっている。
「・・・おい、なんでお前がここにいるんだ?」
誰もいないはずの方向に声をかけると、
ゆっくりと人影が浮かび上がって来る。
完全に不審者なのだが、マザーもステラさんも動かない。
相手に殺意がない事が分っているからだ。
「・・・ごめんなさい。主が心配で」
声の主はチロルだった。
ついてくるなと再三命じていたが、
ローランドに侵入するには検閲がある。
未成年の入廓は厳しく制限されている。
そして、スキルや魔道具を使った侵入に対しても、
ローランドの城郭は、公爵邸並みの厳重な対策がなされている。
まず、ローランド内部で魔法やスキルは発動しない。
これは男女間のトラブル防止と治安維持には欠かせない対策だ。
マザーとステラさんが絶対的な支配力を持つ理由がそこにある。
このふたりはどういう仕組みなのか不明ではあるが、
確実に魔法やスキルを発動できる。
こくら上級冒険者や上級騎士であっても、
スキルを封じられ剣技だけでは、
上級スキルホルダーには敵わない。
それだけ熟練した能力者とは超越したチカラを持っているのだ。
「あらあら、随分可愛いお嬢ちゃんだこと」
「ホント、あの殺気が嘘みたいよ」
ステラさんとマザーが殺気立っていたのは、
チロルが姿を消して潜んでいたからだった。
普段の俺なら気が付かない訳がないのだけれど、
ローランドの強烈な結界と、
結界内部では能力が使えないという先入観で、
チロルの存在に気付くのが遅れたという事だった。
「すみません、俺の店の従業員なんですが、心配して付いて来たようです・・・」
チロルを手招きして俺の隣に立たせると、
ぐいと頭を下げさせる。
他人の支配地に勝手に侵入したのだ。
しかも使えないはずの能力を使って。
これではなぶり殺しに合っても、
申し開きも出来ない状況である。
「ほんのわずかだけど、殺気が漏れ出ちゃってたわ。でもその年齢にすれば、相当の手練れだわね。そんな連れを伴ってやってくるなんて、警戒するなって言うのが無理な話でしょ」
マザーの顔は笑っているが、
その目はまったく笑ってはいない。
まさか「チロルの本職は暗殺者です」とは、口が裂けても言えない。
だが、俺にはひとつ疑問が残る。
能力を封じられるローランドに、
何故スキルを発動して潜入できたのかという事だ。
「・・・これ」
そう問いただす俺に、チロルはネックレスにあるペンダントトップを差し出した。
それは俺が切り札として持ち込んだものと同じ輝きをもつ魔石だった。
「やはりね。この絶対聖域で能力を発動できるのは、トミーさんの魔石を保有する者だけだもの」
ステラさんは、同じくネックレスにあるを取り出す。
取り出す瞬間、修道服の隙間から、
巨大なかまくらの上に鎮座している、
トップオブステラがチラリと見えてしまった。
出来る限り平成を装うのだが、
尻に迸る激痛でチロルにバレたのが判明する。
マザーは右手の指輪に同じ石が埋め込まれている。
そういえば、俺のズボンの隠しポケットには、
爺ちゃんに貰った魔石を潜ませていた。
「能力が封じられた時に使え」
とだけ言われ、具体的な効果は聞いたことが無かったけれど、
結界を解除、もしくは無効化する能力だということは、
なんとなくだが魔石を眺めていたらそう理解する事ができた。
「私たちは、ローランドの守護者としてこの城廓を守っているけれど、同時に病の進行を止めてくれているのは城壁内部の結界のおかげ。だから外には出たくても自由に出る事は出来ないのよ」
「けれど、この街にも泥水を啜っても必死に生きて行かなくちゃいけない人がいる。私たちはそのお手伝いをしているって訳」
人を助ける事になにが最適解なのか。
それは俺ひとりが答を導く事は、
どれほどの時間を与えられても、
どれほどの金をつぎ込んでもきっと無理な事だろう。
この街にいる女性たちにとって、カラダを売るって事は、
悪でも正義でもなく「生きる事」であり、
それは他者が否定も肯定もするものではない。
だから爺ちゃんはそんな人たちの居場所を作ろうとしたのか。
だったら、俺は俺の手の届く範囲の事をしてやろう。
「話を元に戻しますが、ミーナを俺に身売りしたください。お代は金貨2000枚で如何でしょうか?」
チロリとチロルに目を配るが、怒こっている様子は見受けられない。
いまならチロルにだって、身請けする事が人助けであり、
俺に下心があるという事は分かってくれるはずだ。
「飾り窓の子を身請けするには十分な額だけど、身請けする以上、ミーナを不幸にするなんて許されないわ。その覚悟はあるのよね」
「はい、ミーナの生活には不便をかけません。それともうひとつお願いがあるんですが」
「あら、随分欲張りね。「二兎追う者は一兎をも得ず」だったかしら。トミーさんの口癖だったわよ」
「爺ちゃんにはよく言われました。でも俺は「二兎追う者のみが二兎を得る」って考えです。欲張りで結構」
「ほほっ、言うじゃないの。さすがトミーさんのお孫さんね。それでもうひとつのお願いをきこうかしら?」
「はい、実はミーナの妹のルナも俺に下さい。金貨はもう1000枚上乗せします」
「ルナはまだ8歳よ。正気なの!?」
「はい、実はそちらの方が本命なんですよ!」
「「・・・本命」」
「・・・主、死ねばいいのに」
姉妹仲良く。
あの吉四六のボトルはどうしたのか。
そんな理由を説明せずルナの身請けを打診してしまった。
その日、ミーナとルナの姉妹を従えて、
チロルが「BAR月に吠える」に帰還したが、
チロルの右手には、大きなボロ雑巾となった人らしき物体が、
ズルズルと引きずられていたらしい。




