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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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ふじこ

ローランドの影の支配者、

『マザー』ことバルトロメウス・アーメント。

ナータンはマザーとのアポイントを取付けてきたと言っていたが、

あくまでマザー側の責任者との面談だと思っていた。

まぁ、それがステラさんだっていうのも驚きだが、

マザー本人がお出ましというのはもっと驚きだった。


ローランドの廓壁からは一切出ない。

ギルマスの情報は間違っていないだろう。

教会関係者や遊郭関係者でさえも、

マザーに会えるのはごく限られた側近のみと聞いていた。

あのギルマスでさえ、過去に一度しか会ったことが無い。


「お初にお目に掛りますアーメント卿」


片膝をつき、貴族に対する礼を尽くす。

マザーは貴族ではないのだけれど、

貴族以上の権力者である。


「そう堅苦しくしなくていいわ。そういうの嫌いだから」

「・・・はっ」


顔を上げて立ち上がろうとしたが、

すぐにそうする事が出来なかった。

あっという間に俺の額には滝の様に汗が流れ始める。

冷や汗なのか、興奮しているのか。

未だかつて経験と他事の無い重圧が、

両肩にずっしりと圧し掛かっている様だ。

ダンダリオンと対峙した時でさえ、

こんなプレッシャーは感じる事は無かった。


(・・・これが圧倒的な強者の威圧か)


初めて感じる得体の知れない圧力だが、

そう理解できるって事は、

生まれ持った生存本能ってやつだろうか。

それが最大限の警告を発している。


―――直ぐ逃げろ、と。


「・・・マザー、いいかげんにしてください」


ステラさんの一言で、

両肩に感じていた圧力が嘘みたいに軽くなる。


「それ止めてくださいって言ってますよね。常人であれば、精神崩壊して廃人になってるところですよ」

「この程度で死んじゃうような貧弱な男に、私の大切な子供たちを譲れるわけないじゃない」

「もう、それじゃこの人がどんな目的があるのか分かんなくなっちゃうでしょ!」


「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」


突然はじまったマザーとステラの討論・・・というか罵り合い。

俺の目的がどうのだとか、それ、本人を目の前にしていうべきところなのだろうか。

そんな疑問が霞んでしまうほど、

ふたりの口論は激しくなっていく。

正直、何を言っているのかさえ分からなくなってきた。

とにかく俺がすぐに殺される事はないってことだけは理解したつもりだ。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか・・・」

「ちょっと黙ってて!」「少しお黙りなさい!」

「・・・はい」


「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」

「ふじこふじこ!」


こんな感じでそろそろ1時間ちかくが経過しているのだが、

マザーもステラさんもゼイゼイと両肩で息をするほど、

疲労の影が見えてきた。

俺もいい加減帰りたくなってきた。

これでは話しかけても無駄だろう。

そう判断し、後ろずさりしながら、

そっとこの場を去ろうとする。


スっ。


風を切る音。

そして遅れてやって来る衝撃波。

いま何か俺の左右の頬をかすめて行った気がする。

再度頬に汗が流れるのだが、

何故か額に汗は噴き出でいない。

それが両頬からの出血だと気が付くのには時間が必要だった。

頬をかすめて行ったのは、

背後の石壁に深々と付き気刺さる2本のナイフ。

足元には俺から流れ出た血が、

大理石を深紅のマーブル模様を描いている。


「・・・なに勝手にいなくなろうとしてる訳?」

「あらあら、お行儀の悪い子ねぇ・・・」


まずい。

目の前にいるふたりは、

ダンダリオンより強いのではないか。

そんな疑問が確信に変わる。

もちろん俺だってもしもに備えて逃げる方法は確保してある。

だが、この状況下で下手をすれば切り札が無駄になる。

切り札とは手の内を明かさないから有効なのだ。

それに俺は武器(えもの)は一切持っていない。

まぁ、普段からそんなもの持ち歩いちゃいないけど。

ローランドに武器は持ち込めない。

例え貴族でも騎士でも冒険者でも。

ローランドに入廓するものは等しく平等である。

武器の検閲は門番が行うが、

チロルの様にアイテムボックスのスキル持ちでも、

ローランドではその意味を果たさない。

城郭の至る所に魔法とスキル発動無効の魔法石が埋め込まれており、

飾り窓や高級店舗の店舗や客室の至る所にも、魔法石は設置されている。

この聖堂はそれが最も徹底している。

一歩踏み入れただけで、魔石から発せられる強力な魔素のカーテンが、

俺の全信を舐めまわす様に調べ上げる。

ダンダリオン戦は、スキルを使用した不意打ちだから勝てただけだ。

スキルも魔法も武器も封じられる状況で、

しがないバーテンダーのこの俺が、

どうやって武器を持つ達人に勝負できるというのか。


「それで、目的は何なのかしら?」


ギロリとマザーは睨んで来る。

直前までステラさんと掛け合い漫才をしていた人とは思えない迫力だ。

それに人を殺すことに一切の迷いのない冷たい目だ。


「ですから、ミーナの身請けをしたいと・・・」

「それが真の目的だといいたいのかしら?」


マザーの圧力から、俺の視線は一切動かせないが、

隣のステラさんもきっと同じ眼差しだろう。

皮膚がチリチリと焦げ付いていくような感覚に襲われる。


「身請けしたいというのは本当です。ですが、俺がローランドに来た当初の目的は違っていました」

「・・・・」

「・・・・」


焦げ付きそうな圧迫感からすっと解放される。

どうやら俺の言っている事が真実だと見抜いてくれたか。

まぁ、これだけの猛者だ。

俺の知らない能力を持っていても不思議じゃない。


「・・・その目的を聞いても?」

「はい、これを見てください」


俺はポケットから1枚の紙を手渡した。

それは陶器の吉四六「壺」を撮影した写真だった。

もちろんこの世界にカメラは無い。

スキルを利用した念写というものは存在するが、

写真と言うより肖像画に近い。

これは高画質のスマホで撮った画像を印刷したもの。

写真が存在しない世界の人が見れば、

どれだけ精巧な絵なのだと驚く事になるだろう。


「・・・これをどこで」


マザーが写真を奪い取ると、

驚愕の色を浮かべそれを見る。


「先日、俺の店にルナっていう女の子がそのボトルを抱えて酒を買いに来ました。俺が聞きたかったのは、そのボトルをどうやって手に入れたのかって事です」

「あなた、本当に何者なの?」

「場末の酒場のバーテンダーです。『月に吠える』って聞いたことありませんか」

「「 月に吠える!? 」」


マザーとステラさんが顔を見合わせる。

どうやらウチの店の名は知っている様だ。


「あなた、その黒髪に黒い瞳ってもしかして」

「月に吠える2代目マスターのレイ。トミー・カトーノの孫です」


どうやら爺ちゃんの手掛かりは、

こんなところに隠れていたらしい。


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