修道女
俺はいまローランドにある教会、
「死を待つ弱き者の為の家」の礼拝堂にいる。
500人余りが収容できる大きな礼拝堂には、
ステンドグラスから差し込む色とりどりの光を受けて、
巨大なパイプオルガンが輝いている。
約束の時間は午前11時。
普段であればローランドは閉鎖されている時間帯だ。
いかつい門番にマザーとのアポイントがあると告げると、
この礼拝堂に行けと指示されたのだ。
いつもは娼婦と客たちで賑やかな大通は、
人どころか猫の子一匹さえ見かける事はない。
音の無いローランドはまるで別世界のように思えた。
石造りの重厚な聖堂には、
荘厳なステンドグラスが張り巡らされている。
魔王が地上の楽園へ侵攻しようとするところを、
女神の神託を受けた人類が、
種族を越えて贖う女神教会聖典の一節を現したものだ。
まぁ、大きな女神教の聖堂には、
このような聖典に記される場面がステンドグラスとして飾られている。
この世界の識字率は著しく低い。
公都リンデンバーグでは、
7歳から12歳までの子供の教育は義務となっており、
基本的な読み書きや計算などを学んでいる。
農村部ではその地の領主によって格差があり、
都市部では9割を超える識字率が、
地方では3割以下というのが実情だ。
だから、文字が読めない人の為に、
教典を見える化できるステンドグラスの物語は、
アートであり聖典そのものだと言える。
「死を待つ弱き者の為の家」のステンドグラスは、
王都の大聖堂にも引けを取らない程の立派なものらしい。
俺は吊るされ事件の翌日、
かまくらお●ぱい・・・もとい、
ステラさんに緑髪の少女ミーナを身請けしたい旨の連絡を取った。
もちろん俺が直接接触したかったのだが、
ギロリとチロルに監視され、
月に吠えるから一歩も動けなかった。
ナータンを代理としてローランドに派遣したところ、
この日「死を待つ弱き者の為の家」に来いと、
呼び出されてという事だ。
「・・・自分、不器用ですが」
と交渉をお願いした時は頼りないように思えたが、
そんな不安はどこえやら、あっさりアポイントを取り付けて来た。
コイツ本当にAランクの冒険者か?と疑う事は度々あったが、
今回の働きぶりはまさしくAランクの冒険者だった。
ナータンの活躍ぶりはさておき、
鈍感と言われる俺でさえ、
今度のチロルの怒りようが本気だっていうのは理解できる。
アリサからも「・・・自己責任」と冷たくあしらわれ、
リーネからは「汚物」を見るより蔑まれる視線を投げられた。
完全なる説得は成功していないが、
ミーナをキープしている時間には限りがある。
誠心誠意心やましい事はないと説明し続けるしか道はない。
まぁ、ミーナを身請けできたとしても、
俺がチロルに殺される可能性の方が高い気はするのだが・・・
「あら、随分早い時間にいらしていたのね」
礼拝堂の主祭壇隣にある扉がひらくと、
聞き覚えるある声がした。
スカプリオと呼ばれる黒の修道服を着たステラさんが現れた。
残念ながら、あの見事なかまくら型の戦闘力は、
聖なる衣装で隠されている。
「本日はお時間を頂き・・・」
「そんな堅苦しい挨拶は止めましょう。今日はビジネスのお話なんでしょ?」
俺の形式的な挨拶など無用と言わんばり、
ステラさんは面会の説明を求めてきた。
先日の夜の街で出会ったとは全く趣が違う修道女の衣装。
目の前にいるのが同一人物であるのか、我が目を疑いたくなる。
「はい、実はミーナを身請けしたいと思いまして・・・」
ステラさんが眉をひそめる。
まだ具体的な定時もしていないのに、
あからさまに不快な表情だと理解することができた。
「すみません、気分を悪くさせてしまいましたね。知人にミーナの話をしたら、酷い事をしたと言われまして・・・」
「・・・それが理解できていないって顔ね」
「色々考えましたが、やはり責任を取って身請けする事が一番だという事しか理解が及びません」
ステラさんはいかにも呆れましたという表情を浮かべている。
まぁ、見た目でそれが分るのはごく限られた者だろう。
一見して顔の動きは無いに等しい。
俺は職業柄、多くの人々の人生模様を眺めてきた。
バーテンダーの仕事と言うのは、酒を提供するだけではない。
客からストレスを吐き出させる事も仕事である。
飲代としての対価を貰う酒場は無数にあるが、
ストレス消化を商品としている酒場は多くは無いだろう。
バーテンダーはお客の話を聞く事が仕事だ。
必要な事を求められれば、
出来る限りの範囲内でリクエストに答えていく。
それが酒なのか、酒以外の事か。
言葉の他に、顔色や仕草でそれを読み解いていく。
それが面白いと思うようになっているのは、
職業病を患っているからかもしれない。
「私が何故飾り窓で客を選んでいるかわかる?」
「初めての女の子に乱暴するようなヤツを排除する為では・・・」
「半分正解。のこり半分は?」
残り半分。
なんだろう。金払いがいいって事だろか。
いや、俺は見た目そんなに金持ちには見えないだろう。
アラサーで180センチを超えるボサボサ頭のおっさんだ。
それにあの日は私服でやって来ている。
バーテンダーの格好であれば、そこそこ見栄えも良かったかもしれない。
あの日の私服はこちらの世界の標準的な服装だ。
とても金の匂いがするとは思えない。
「・・・分かりません」
「恋をさせない為よ」
それが誰の為なのか。
俺は心臓を素手で掴まれるような衝撃を受けた。
女の子の初体験というものは、大切な人と結ばれたいものだ。
それはこの世界でも、地球でも。
どの世界に生きる女の子全てに言える事だろう。
ミーナだって同じことだ。
大好きな人と結ばれたい。
その思いは必ずある。
けれど、娼婦となるミーナが、
大好きな人と結ばれてしまったらどうなのか。
娼婦である限り、
毎日のようにミーナは客を取らなくてはいけない。
金を貰って好きでも無い相手と。
ステラさんの言いたいことは、
そう言った恋愛感情を持つことなく娼婦にしなければ、
その先に待ち受ける未来は絶望しかないって事を言いたいのだ。
「10日間の一括払いって聞いて安心しちゃったけど、まさかミーナを抱かないで帰っちゃうって言うのは予想外だったわ。私も老いたってことかしら。まぁ、実際年はとってるけど・・・って、何言わせんのよ」
「・・・・・」
「初めてカラダを売るってのは怖い物よ。それを10日間と言えど有余の時間をくれる人がいた。娼婦と言っても心は普通の女の子よ。助けてくれた人を、疑似的だとしても、惚れるなっていうのが無理よね」
「・・・すみません。考えが浅はかでした」
アランの旦那も、ギルマスも。
この事を言わんとしていたのかと、
今更ながらに未熟な思考を恥じるばかりである。
「それで、身請けするって本当なの?」
「はい、お許しくださればそのつもりです」
「それで愛人にでもするつもりなの?」
「いえ、滅相もない。しばらくはウチで家事手伝いでもやってほしいな・・・なんて。本人の希望も聞いてみたいですし」
「本人に聞いても自己主張なんて出来ないわよ。ここで育った子はそういう様に作られているから」
「作るって・・・」
俺の考えが稚拙である事は認めるが、
野菜や果物のよに「作る」と言うステラさんには違和感を覚える。
が、冗談で言っているのではないとその目は語る。
「ここはそういう所なの」
俺の背後から突然図太い事がする。
警戒していたのに気配を感じ取れなかった。
あわてて視線を声の主に向けると、
さらに驚く事となる。
身の丈2mを超える巨躯の修道女がそこに立っているのだ。
「ようこそ、死を待つ弱き者の為の家へ」
声色は完全に男だが、
修道女のスカポリオを纏っている。
ーーーこいつが●ツコ・●ラックスか。
俺は礼拝堂で必死に神に祈る。
脳内に笑いの神が降臨しないでくれって事を。




