アンダーグラウンド
女神クラウディアを信仰する女神教会。
フォルクバルツ王国の国教である。
この世界は複数の宗教が存在しているのだが、
フォルクバルツ王国民の多くは女神教の信徒である。
城壁都市であるリンデンバーグは、
ライムバッハ公爵邸を中心に円形に街が広がっている。
公爵邸の隣には、女神教の大聖堂があり、
公都の各地区ごとの教会が作られている。
そして女神教会は、治外法権と言われているローランドにも存在する。
治外法権とは言っても、信仰の自由は許されており、
安息日はローランドの娼館も休日となる。
多くの娼館関係者が礼拝に訪れている。
教会には●●聖堂や●●教会などの名称があるのだが、
ローランドの教会は「死を待つ弱き者の為の家」と呼ばれている。
その由来は定かではないが、
商売柄短命で生涯を終える娼婦たちの終の棲家になる事からそう呼ばれているのだとか。
「その「死を待つ弱き者の為の家」の聖職者が『マザー』と呼ばれるものだ」
「教会の名前は怖い感じがしますけど、由来を聞けばその『マザー』って人が悪い人じゃないように思えますが」
そう返すと、ギルドマスターは鋭く俺を睨みつける。
「娼館経営トップはその『マザー』と言われている。聖職者といっても、女神教会の支配からは完全に独立している実質的な名ばかり教会だ。公爵家に娼館の売上が申告されているが、とてもまっとうな申告額ではないと言われている」
「それじゃ、公爵家はなぜそんな人が経営する娼館を野放しに?」
「何代もの公爵家当主が組織改革を断行しようとしたが、結果は死体の山が増えるだけだった。以来、ローランドには深入りできなくなっているのだ」
「何代ものって、その『マザー』と呼ばれる人って同じ人ですか?」
「知られている限り200歳を超えているらしい。真実は誰も分からないがな」
とてもじゃないが人間の枠を超えている。
って、ウチのアリサも同じようなものか。
魔族化していないって事は、そのマザーという人物は地球人じゃないのだろうな。
「エルフの血が混じってるのかも知れねぇな・・・」
ナータンをおちょっくっていたアランの旦那が、
唐突に話しかけてきた。
長命種であるエルフの混血なら、見た目が人間〈ヒューマン〉でも、
純血種より長い時間生き続ける事は可能だろう。
さっきからビールをガブガフ飲んでいるように見えて、
こちらの話はちゃんと把握している。
こんなところは流石元Aランクの冒険者である。
「それに、そのミーナとかいう少女を斡旋してきた・・・ステラだったか。そいつはステファニーって言うマザーの右腕のことだろう」
「ふむ、ステファニー・アルトマンか。バルトロメウス・アーメントの表の顔と呼ばれている女の事だ。マザーは教会内部から外には出てこないらしい。遊郭のオーナーがマザーであれば、総支配人はステファニーといったところだ」
なんてこった。
知らなかったとはいえ、
公都の治外法権と呼ばれる暗黒地区の、
NO.1とNO.2にちょっかいを出そうとしていたのか。
そう考えるだけで背筋が急に冷え込んだ。
「貴様ほどの魔素使いが、相手の素性を探れないとは・・・」
「そうは言っても、あの見事な「かまくら」を見せつけられれば誰だって心ここにあらずとなります」
「かまくら?」
「かまくら?」
「・・・いえ、なんでもありません」
この世界に「かまくら」は存在していない。
まぁ、思わぬ形で裏世界の大物とかかわりを持つところだったが、
俺の狙いは緑髪の少女ミーナの妹が抱えていた陶器ボトルだ。
相当使い古されていたところをみると、
入手した経緯は判明しても、爺ちゃんの直接的な情報は得られないかもしれない。
だが、もう1年以上も必死に情報を集めても、
まったく入手できなかった爺ちゃんの手掛かり。
多少のリスクは負っても手に入れたい。
「ところで、大金をはたいて娼婦をキープしたって事だが・・・」
「それもどうしようかと悩んでいます」
アランの旦那は大きなため息をつく。
ギルマスはロックグラスのバーボンを一気に飲み干した。
ギルマスもアランの旦那と同じく、
俺の行動には不満があるように見える。
「・・・酷い事だ」
店にガツンという大きな音が響く。
ギルマスはグラスをカウンターに叩きつける。
ナータンが慌ててグラスから飛び散る飛沫を拭こうとするが、
ギルマスの殺気にもむ似たオーラにその動きを止める。
「・・・何が間違っていましたか?」
まったく持って理由が分からない。
好きでもない見知らぬ男に抱かれようとした少女を助けたのだ。
咎められる筋合いじゃない。
「レイ。10日後、その娘さんはどうなる」
「キープ期間開ければ・・・」
キープ期間か終えれば。
ミーナは再び飾り窓に立つだろう。
確かに俺の行動はたった10日の延命策でしかない。
それでも10日間、ミーナは安心して夜を過ごす事が出来る。
それのどこに問題があるのだろうか。
そんな思いに言葉が詰まる。
「つまり客を取る瞬間が10日後になっただけで。根本的な問題解決じゃない。さらに10日延長すればいいってもんじゃない。その間、その娘さんは枕を高くして眠れているとおもってんのか?」
「・・・はい」
「バカヤロウ。これだから童●ロリ●ン野郎は・・・。娼婦の初日なんざ、断頭台に上れと同じ事なんだよ。10日命を救ったんじゃねぇ。絶望を繰り返す地獄を与えちまってんだよ!」
「うっ・・・」
「てめぇは優しく施したつもりだろうが、少しの同情が大きな迷惑になってんだって心に刻みやがれ!!」
アランの旦那の怒鳴り声が店に響き渡る。
俺の行為を全否定されるってのは、
考えもしなかったが、それを否定する事が出来ない。
それはアランの旦那の言ってることが正しいと分かったからだ。
この世界で中途半端な優しさは、死を超えるほどの恐怖を与えると、
今更ながらに思い知らされる。
―――ここはそういう世界だった。
「すいません、俺間違ってました・・・」
「・・・誰にでも間違いはある」
ギルマスは新しいグラスのバーボンを、
一気に胃の腑に流し込む。
「俺、今からローランド行ってきます」
「おい、俺の言いたい事、本当に理解しているんだろうな」
「もちろん。金貨どのくらい必要でしょうかね」
「まさかその少女を抱きに行くのか」
「まさか。お二人からのご指摘で、俺の中途半端がどんだけ間違っているかって理解しましたよ。今からローランド行って、その女の子を完全に買い取ってきます。「身請け」って言うんでしょうかね。はははははっ!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「それじゃ、行ってきます!!」
カランっ。
乾いたドアベルの音が店の中で余韻を残す。
その瞬間、怪鳥の如くそれを追う銀色の影があった。
BAR月に吠えるの3階から全身から血を流して人が吊るされている。
そんな一報がリンデンバーグを駆け巡ったのは、
翌朝の事だった。




