母
「死ぬかと思った・・・」
三日ぶりの酒場月に吠える。
俺の居場所はここなのだとしみじみ思う。
黒光りするカウンターを愛おしく撫でてみる。
病院のベットで目が覚めたら、
全身に包帯が巻かれたミイラ状態。
治療系の魔法は初球魔法のセルフケアしか使えないが、
自己治癒最大出力で治療を終えると、
脱兎の如く抜け出したという訳だ。
「・・・自業自得ですよ」
無口なナータンからも、
ぼそっと一声嫌味を言われる。
「なんだよ、ナータンは俺の味方だと思ってたんだけどな」
「・・・自分、不器用ですので」
事の顛末はナータンだけじゃなく、
アリサやリーネにも話している。
飾り窓で出会った緑髪の少女の事も、
まぁしょうがないなんて同意もしてくれる。
だが、時計塔から吊るされた原因がチロルだと説明すると、
一様に深いため息をつかれたあと、
「豆腐の角に頭ぶつけて死ね」
的な事を言われてしまう。
家族への親愛の気持ちを言葉にしたことが、
そんなに非常識な事だったのだろうか。
カランっ。
乾いたドアベルの音が店に響き渡る。
さて、今夜はどんな客がやって来るのだろうか。
「いらっしゃい・・・って」
ガタイの大きい見慣れた客と、
眼鏡をかけた初老の紳士が連れ立ってやってきた。
「おう、久しぶりだな!」
能天気にやってきたのは、アランの旦那だ。
そして連れの苦虫を潰したように不愛想な客は、
ギルドマスター、トラウゴット・フェラーだった。
「フェラー卿もご一緒でしたか」
「ふん、この店は客を選ぶのか」
「滅相もありません。どうぞお好きな席に・・・」
アランの旦那はいつもカウンターに座る。
つられてギルマスも隣に座るが、
アランの旦那は現在ギルド本部に雇われているのだ。
つまりギルマスは上司というより雇用主。
こちらの世界でも、
常識的には目上の人が席についてから隣に座るのがマナーである。
まぁ、根っからの冒険者であるこの人に、
そのような常識など通用しないのかもしれない。
「もうカラダはいいんですか?」
「おう、心配かけたがすっかり元通り・・・とはいかず、酒は今夜が解禁日だ。それでギルマスとふたりで祝杯ってところさ。おう、とりあえずいつものを頼む」
ギルマスも小さく頷くので、同じものを出す事にする。
アランの旦那は最初の一杯はビールだ。
「エールを頼む」と言うのだけれど、
うちの店の店はエールではなくラガーである。
まぁ、違いと言えば、発酵方法にある。
上面発酵でつくられのがエールであり、
ペールエールやスタウトなどがそれにあたる。
下面発酵とよばれるのがラガーであり、
ピルスナーやボックなどがある。
19世紀まではエールが主流であったが、
冷蔵技術の発達とともに、
冷やして旨いラガーが主流となっていった歴史がある。
うちの店のビール冷蔵庫でキンキンに冷やして提供しているのだが、
こちらの世界では常温しか酒類を提供していない店が多い。
まぁ、うちはホ●ザキの業務用冷蔵庫と冷凍庫、
それと製氷機を使用しているから、
いつでも冷たいドリンクを提供できるし、
ビールグラスも冷凍保管されている。
今は缶ビールのみの提供となっているが、
注ぎ方次第で、ビールサーバー並みの上質な泡もできる。
「ぷはぁーーーっ。いつ飲んでもここのエールは五臓六腑に凍み渡るぅ!」
アランの旦那は相変わらず豪快な飲みっぷりだ。
とても病み上がりとは思えない。
かつての同僚ナータンも言葉にはしなくても、
その目が笑っていことがわかる。
「ふむ、悪くはない・・・」
ギルマスがぶっきらぼうにつぶやいているが、
その口の周りの泡の髭が滑稽だから、
写真を撮ってやろうかと本気で思う。
「・・・それで時計台に吊るされていたのは何故だ?」
ギルマスの目が笑っていない。
ローランドから帰ってからというもの、
俺は汚物をみるような冷たい視線ばかり投げかけられる。
「深い事情があるんですよ・・・」
「娼婦を買う事と関係があるのか?」
「相変わらずの地獄耳ですね。別にやましい事はしてません。少し気になる幼女がウチの店に酒を買いに来たんですよ。爺ちゃんに繋がる情報かと思いまして」
「・・・ほう、師匠の行方となれば力になってもいいが」
「ありがとうございます・・・」
正直、俺はギルマスの心の内というものがわからない。
このくらいの魔素の使い手になると、
自動的に幾重もの防御結界を張っている。
こういう状態では、直接本人に触れてみなければ、
俺の能力は役に立たない。
実際触れてみてもどこまで詮索できるか自信もない。
ようするに、何を考えているのかよくわからない相手を、
絶対に敵に回したくないというのが本音である。
だが、真の目的はどうあれ、協力してくれるというのなら、
助力してもらうのも悪くはない話だ。
「ウチの店に酒を買いに来た緑髪の幼女を探していたら、同じ緑髪の別の少女と出会いまして。まぁ、出会った場所がローランドで、彼女は娼婦なんですけど・・・。それを少し調べてたんですよ」
そう言って1本の緑色の髪を手に取ってみる。
「彼女は人間族なんですが、緑髪の人って珍しいじゃないですか。それでウチに来た幼女と関係があるのかなって、なんとなくなんですけど」
「それで、私に何を聞きたいんだ?」
「ローランドの『マザー』と呼ばれる人物について」
「・・・・」
俺が緑髪の少女ミーナの髪の毛から得た情報は、
まぁ、プライベートに関わる事なので、多くは語れない。
かいつまんで話をすると、
彼女にはルナと言う妹がいる事。
あの緑髪の幼女である。
彼女達姉妹はローランド内にある教会施設で育ったらしい。
教会施設といっても孤児院といった養護施設ではない。
集められているのは全てが女の子。
亡くなった娼婦の子供や、
借金奴隷となった者の子供達。
ストリートチルドレンの幼子などを収容した、
娼婦の養成所というべき組織。
そして、その組織のボスが『マザー』と呼ばれる者だ。
ミーナから得られた情報からは、
『マザー』の詳細は分からなかったが、
ギルマスと同じく意図的に情報を与えないように、
日頃から防御結界を張り巡らせている猛者かもしれない。
久しぶりに他人の情報を覗き見て吐き気がする思いだった。
「おいおい、そんな化け物に首を突っ込もうとしているのか?」
そう答えたのはアランの旦那だった。
ギルマスとの会話中、
ナータンの衣装が似合わないとか、散々いじり倒していたなら、
しっかりとこちらの話は聞いていたようだ。
「そんなにすごい人物なんですか?」
アランの旦那が「化け物」と称する人である。
ウチの客でも「化け物」クラスは、
毒婦と呼ばれるカルラ婆さんと、
ハシビロコウと呼ばれるエッポ爺さんくららいだ。
「怪獣」と呼んでいる客は最近いたような気がするが・・・
「・・・私が説明しよう」
沈黙していたギルマスが口を開く。
「ローランドは公都リンデンバーグにあって唯一の公爵家の影響を受けない独立地区。つまり廓の内側は治外法権だ。それを取り仕切る頭目が、バルトロメウス・アーメント。通称『マザー』だ」
「・・・バルトロメウス・アーメント」
ギルマスから得た情報は、『マザー』の名前と、
ローランドの公都での立ち位置くらいのものだった。
冒険者ギルドでもローランド不可侵という暗黙のルールがあり、
『マザー』を始めとする組織の全容は把握できていないとの事だった。
それにしても、あきらかに母男性の名前なのに、
『マザー』と呼ばれている事には違和感を覚える。
確かにローランドは娼婦の街。
保護施設をはじめ多くの住民が女性なのはわかる。
つまり、『マザー』とはお姉ぇ系の存在なのか?
聞きたいのはやまやまだが、
今はその時ではないって事くらいは俺にもわかる。
俺の脳内では、大量のマ●コ・デラ●クスが小躍りし始めていた。




