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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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誠意

金で幼気(いたいけ)な少女を買った。

こう批判されても返す言葉はないが、

少しだけ弁明しよう。


正確には「金で10日間の時間的な猶予を買った」と理解して欲しい。

獣(けだもの)でも変態(へんたい)でもお下劣(げれつ)でも、

ありとあらゆる馬事雑言は受け入れよう。


けれど、女性にとって生涯で最も大切なものを、

金で見ず知らずの男に捧げるなどという惨劇を、

だまって見過ごせるほど図太い神経は持ち合わせてはいない。


それに、金で時間を買った

としても、それは問題の先送りでしかない。

10日経てば、同じ問題がぶり返す。

金が続く限り先伸ばし続ける事は可能だろうが、

それでは俺の懐が続く訳がない。

正直、金は持っている。

酒場(バー)は所詮水商売。

粗利は驚くほど高い。

その分、飲食店(バール)は儲からない。

実のところ、辞めてしまった方が儲かる事が出来るのだが、

どちらも爺ちゃんが大切に守り続けてきた店だ。

俺が勝手に閉める訳にはいかない。


とにかく、この日はもう帰らなくちゃいけない。

時刻は午後6時を回っている。

酒場(バー)はナータンがいるから、

開店するだけなら問題は無い。


が、問題となるのはチロル達が学園から帰宅しているって事だ。

俺が酒場(バー)の開店時間になっても帰ってこないと知れば、

何処に行って来たのかと厳しく問い詰められるはず。

まさか娼館犇(ひし)めくローランドにい行ってました、

なんて口が裂けても言えるはずがない。


とにかく一刻も早く家路につくには、

金で解決という最低行為が最高の解決策となる。


・・・キョロキョロ。


廓門から覗き込むように、下界の様子を探ってみる。

どうやらこれからローランドで遊んでやろうという客以外の気配はない。

人込みに紛れ目立たず帰宅するには丁度良い。

すこしだけ心が軽くなったその瞬間だった。


―――そこには「鬼」がいた。


全身からどす黒いオーラ、

いや殺気を噴き出していたのは、

銀髪の白狼族の少女。

全身の毛を逆立てて、目は真っ赤にか光っている。


「ひっ、ひぃぃぃぃ!!!」


やましい事は何も無い。

廓門の外にチロルやリーネが見張っている事も考えたし、

説明すれば納得してくれるだろうとも思っていた。

それにもうすぐ三十路の俺は、

どのような事が起きても、

動じないという妙な自信もあった。

が、その自信はものの見事に吹き飛ばされた。

それだけ「鬼」の存在は圧巻だった。


「誤解だチロル、これには深い理由があって・・・」


魔族と対峙した時でさえ抱かなかった恐怖心。

それだけチロルから向けられた殺気というのは凄まじい。

もちろんやましい事はなにもない。

だが、そのような殺気を放つほどの原因を作ったのは俺だ。

黙ってここに来たのは迂闊だったが、後悔先に立たず。

チロルに殺されてもチロルを恨む事はない。

むしろ気の済むまで痛めつけてくれれば良い。

口から出る言葉なんてものには、

なんの意味もないはずなのに、

じたばたと口から出てしまう言葉の数々に俺自身恨めしく思う。


「うっ、うっ・・・」


俺がそんな意味のない言葉を吐き続けていると、

チロルは言葉を押し殺す様に泣いていた。

その涙の量は尋常じゃない。

廓門の外で、男女がもめている場面はそう珍しい事じゃない。

けれど、こんな幼い少女が男を問い詰めているなんて事は珍しい。

門番は廓門内部の事であれば介入してくるのであるが、

俺達がいるのは門外であり管轄外。

だが、尋常ではないその様子に、

門番もローランドの客達も、

そんな状況になんだなんだと足を立止め、

結構な野次馬が集まっていた。


まずいと思った俺は、

チロルの手を取りこの場から離れようとしたが、

チロルは差し伸べた手をぺしりはたき落とす。

蠅を追い払う方が優しさを感じるくらいの感じで。

だが、まわりの状況を理解できたのか、

俺の後にゆっくりと従ってくれた。

ローランドへ続く大通りから路地に曲がったところで、

不意にチロルの背後に移動し、

チロルをお姫様だっこで抱えると、

そのまま建ち並ぶ建物の屋根まで飛び上がる。


「・・・!!」


言葉にならないような言葉を発するが、

いまは正直なにを言われても従ってもらう。

どこか落ち着いて話が出来る公園でもあればよかったのだが、

ローランド周辺にそのような憩いの場所は無い。

素早く人の波から抜け出したいのと、

落ち着いて話が出来そうな場所と言えば、

屋根だけが見えるここが良かった。

チロルを抱えながら屋根伝いに駆けていく。

辺りはすっかり暗くなっているが、

人通りのある通り沿いが、

魔石灯の柔らかな明かりで浮き上がって来る。

ふとチロルが空を見宇下ている事に気が付くと、

今宵は二つの月がともに満月となる、

年に幾度もない「ダブルの日」だ。

この日結ばれたカップルは幸せになるなんて言い伝えがあり、

うちの店も遅い時間までカップルでにぎわいを見せている。


(・・・ナータン大丈夫かな)


いやいや、今は店の心配をしている場合じゃない。

まずはチロルの誤解を解かなくてはいけない。

それには誠心誠意の謝罪と説明が必要だろう。

屋根の平原にホツンと突き出た時計塔。

あそこならこの時間は誰もいないはず。

チロルを抱えて時計台の最上階にある屋根に向かうと、

最上階は物見櫓となっている。

ここからなら公都リンデンバーグの夜景は一望できるし、

ダブルの月も良く見える。

ゆっくりチロルを下ろすが、

その瞬間思い出したように涙が溢れ出る。

これには俺は困ってしまう。

いつもの調子であれば、殴られたり刺されたり。

俺への不満は暴力的な行為が多かった。

たまに「タヒねばいいのに」なんて、

言葉で責められる事もあったが、

避けることなく全部俺は受け止めた。


「いいか、これから話す事は全部本当の話だ・・・」


俺は今日はローランドに来た目的と、

中で起こった出来事を、出来る限り詳細に、そして正確に説明した。

あの焼酎ボトルに爺ちゃんの手掛かりがあるかもしれない事。

日中ローランドにひとりで出かけたのは、

チロル達にいらぬ心配をさせたくなかった事。

中でかまくらおっぱ・・・もとい、この話は説明していない。

理由は定かではないが、鼻血を出して気を失った事。

今日はじめて客を取るという緑髪の少女と出会った事。

客をとらせたくない一心で、金貨20枚はたいて10日間その身を拘束している事。

緑髪の少女が焼酎を買いに来た少女となにか関係があるのではないかと睨んでいる事。

俺が正直に話していると理解したのか、

話の途中からは小さいながらもコクリと頷きながら、

相槌を打ってくれるようになった。


「・・・という訳なんだ。だから決して俺は女性といらやしい行為はしていない」


信じて欲しい。

そう言いたいところなのだが、

信頼を失っている者から、

そんな言葉は白々しい。

判断するのはあくまでも利き手のチロルなのだ。

どれだけなのかよくわからない間のあと、


「・・・本当?」


とだけ聞き返してくれたチロル。


「ああ本当だ」


それ以上の説明はするだけ野暮と言うものだ。


「さぁ、家に帰ろう。すっかり夜も更けてきたし随分お腹も減ってきた。チロルだってもう寝なくちゃいけない時間だよな」

「・・・はんばーぐが食べたい」

「じゃあ、まだび●くりド●キーやってる時間だ。二人で行ってみよう」

「いいの!?」

「ああ、もちろん。だってチロルは俺の一番大切な・・・」


ここで自分でも理由が分からない程、

胸がぎゅっと締め付けられる。

チロルへの想いが溢れてくるのだ。

この1年間、いかに俺にとってチロルの存在が大きくなっていたのか。

彼女の涙を思い返せば、気持ちに蓋をすることが出来なくなり、

それが言葉を遮ってしまう。


「・・・大切な?」


チロルの白い柔肌が、

急激に赤く染まるのが分る。

これはもう心に秘めておくなど無理がある。


「ああ、俺の大切な妹だからな!!」


「・・・・・妹?」


朝日が昇る公都リンデンバーグ。

いつもと変わらない朝がやって来たかと思いきや、

静寂を破る一報が、公都の民を驚かせる。


「教会の時計台から全身血まみれの男が逆さまに吊るされている」


それだけでも衝撃的だが、

多数に目撃されていた被害者が忽然と消え去ったとの事だった。

この事件は公都を揺るがすニュースとなったが、

犯人も被害者も未だ見つかってはいない。


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