門外不出
公都リンデンバームの中央地区にあるヴィルマ中央広場。
サッカー場ほどの広さがあり、広場を取り囲むように、
行政府の庁舎、冒険者ギルド、商業ギルドなど、
公都の主要な施設が立ち並んでいる。
主要施設があれば、多くの人が集まる。
人が集まれば、多くの物と金が必要となる。
ヒト・モノ・カネのサイクルは、
どこの世界も皆同じということだ。
ヴィルマ中央広場は、火曜日と金曜日に朝市が開かれる。
朝市といっても、夕方近くまで営業を続けているが、
農村部の農家が新鮮な野菜や果物を直売する事もあり、
朝市は、公都リンデンバームの台所と呼ばれている。
こんな朝市は公都リンデンバームの各地域に点在しており、
開催日は広場によって決まっている。
それを取り仕切っているのは商業ギルドだ。
出店は許認可制であり、販売する商材毎に出店エリアが仕切られているが、
不公平感のないように、月毎に出店区画は抽選によって決められている。
今日は、商業ギルドで飲食部門の会合がある。
ここで行政府から施行された条例や懸案事項などの情報交換が行われる。
例えば、今年の小麦相場はどうなるのかや、
リンデンバームで不足が見込まれる食材や商材等の擦り合わせだ。
これにより、過剰な仕入れによる値下競争や、
在庫不足により価格上昇の抑制が図られるという訳だ。
カルテルと言えばそうなのかもしれないが、
情報網が未発達のこの世界で、
これら情報共有は必要な事なのだろう。
会合は正直つまらない話題が多いのだが、
爺ちゃんもかかさずこの会合には参加していた。
人脈造りも商売人にとって必要な事なのだと、
俺もそれに倣っているという訳だ。
朝9時から始まる会議は、たいてい昼前には終える。
今回もお昼の少し前でお開きとなった。
さて、チロルとリーネは学校だし、
アリサとキッカは昼営業の一番忙しい時間帯。
ナータンは夜の営業に向けてこの時間は就寝中。
俺も早く帰って少しでも眠りに入りたいところなのだが、
朝市から漂ってくるうまそうな匂い。
屋台を巡るのは朝市の醍醐味なのだ。
そして、とある屋台から漂ういい匂いに足が止まる。
「おすすめはどれかな」
「はいよ、ウチの店はなんていってもコレさ」
店の主人が寸胴の鍋からトングで取り出したのは、
巨大な肉・・・いや、内臓の煮込んだものか。
「これを細かく刻んで、特性のソースをかけたランプレドットさ」
「その内臓はどの部位?」
「これは牛の第四胃袋だよ。どうだいぶっ飛ぶほどにうまいぜ」
なるほど。
これはいわゆるモツサンドか。
細かく刻んだギアラを、
セミハードタイプのパンにはさんで食べるサンドウィッチのようだ。
「それじゃ、ひとつ貰おうかな」
「まいど、ソースは辛くできるけど」
「うーん、ちょい辛で」
「ありがとよ!」
丸い形のパンを横にスライスすると、
切り取られた上のパンの中身を取り出した。
台座となるパンに刻んだアギラを山盛りにすると、
香草とニンニクの香りがする鮮やかな緑色のソースをかける。
繰りぬかれた上のパンを、
煮込んでいた寸胴鍋のゆで汁に浸すと、
山盛りのモツを蓋をするように被せる。
パラフィン紙でモツサンドをくるむと、
この屋台おすすめのランプレドットサンドの完成だ。
ツンつ鼻に抜ける香草とニンニクの香り。
そして唐辛子の刺激臭。
さっそくランプレドットにかぶりつく。
「うっま!!!」
柔らかく煮込まれたモツに臭みは全く感じられない。
スープで浸されたパンはほどよく柔らかく、
モツの旨味が凝縮されたスープが、
口中に広がっていく。
「がはははっ、気に入ってくれてくれたようで何よりだ!ランプレドットは屋台でしか食べられないからな」
屋台の店主は、驚愕する俺を見て大いに笑っている。
サンドウィッチはうちの店でも販売しているし、
品質で負けるわけがないという先入観があった為、
屋台でサンドウッィチ系の食品は食べた事がなかった。
想像を超える旨さに驚愕する思いだった。
何事も経験しないと真実はわからないってことだよな。
そうだ、これをチロルたちのお土産にしよう。
「ご主人、持ち帰り用で五つ欲しいんだけど」
「なんだ、土産にするのか」
「ああ、旨かったから家族にも食わせたくて」
「どれくらい時間がかかる?」
「ウチは歩いて20分ってとこだけど、食わせたい家族が帰るのは夕方くらいかな」
「・・・それはおすすめできねぇな、これはスープでパンを浸しちまうから、時間が経っちまうと、とてもじゃないが食えたもんじゃなくなる」
「そんな・・・」
「まぁ、いつでもこの辺りで朝市に店だしてっからよ。食わせたい家族を連れてまた来てくんな」
この朝市が開催されるのは、
毎週火曜日と金曜日。
この屋台は、午後2時を過ぎると店じまいするらしい。
学校に通っているチロルたちの事を考えれば、
なかなか連れてくることは出来ない。
「ご主人、ものは相談だけど、このランプレドットのレシピを教えて貰えないかな?」
「はぁ!?ウチのレシピは爺様の代から乖離用に改良を重ねて作り上げてきたんだ。特にソースのレシピは門外不出ってもんよ」
「そこを何とか・・・」
ご主人の手にそっとあるものを偲ばせる。
ーーー金貨3枚。
「馬鹿野郎!俺ぁ金なんぞで・・・」
手に握らされたのが山吹色に輝くものだと気が付いたご主人。
ごほんごぼん。と咳ばらいをしながら落ち着きを取り戻していく。
「門外不出ではあるが、弟子入りすれば兄ちゃんは家族になる。つまり一門だ」
肩を組まれ、背中をバンバンたたかれる。
「ランプレドット2つおくれ」
「今日はもう店じまいだ。重要な用事ができたんだよ。他をあたってくんな!」
ーーー客を追い返していいのか?
「いいか、これはなぁ・・・」
丁寧にレシピをメモして1から10までの工程をすべて伝授。
結局、入門して30分で免許皆伝を許された。
恐るべし金の魔力。
「よし、さっそく月に吠える謹製ランプレドットの仕込みと行きますか!」
酒場に戻ると、
朝市の精肉店で買ってきた牛の第四胃袋をゆで始める。
ご主人のレシピからすれば、煮込み終えるのは明日の朝までかかるらしい。
なるほど、旨いものほど手間暇が必要だという事か。
徹夜となるが、あの感動をチロルとリーネにも味わせてあげたいのだ。
愛娘を思う親心なのか、思い人によせる恋心なのか。
よく分からないが、とにかく旨いものを食わせたい。
娘たちの心の成長と戦闘力向上が期待される所だ。
「・・・・・・」
煮込み始めて1時間。
店の中に普段は感じられない違和感が漂い始める。
これはなんというか・・・
「おい、レイ!あなた何やってんの!!」
鬼の形相でアリサが厨房にやってきた。
「なにって、お前たちに旨いものを食わせようとだな・・・」
「なにとぼけたこと言ってんの。飲食店まで、異様な臭いが流れ込んでるわよ!!」
「・・・えっ?」
「だから、店中がウ●コ臭くなってるって言ってんの!!」
ランプレドットが屋台でしか見たことなかった理由。
モツの下ごしらえの際に発するなんともいえない臭い。
これじゃ固定型の店舗での提供はとてもじゃないが難しい。
この日も酒場月に吠えるは、
ウン●臭が取れずに臨時休業となった。




