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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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35/60

アリサ・スザキ

あれは私が高校1年生の夏。

好きな男の子に初めてデートに誘われた。


といっても、ふたりきりじゃなくて、

男女6人のグループデート。

この時はトリプルデートってこと。

行先は東京郊外にあるネズミの国への小旅行。

高校生にとってチケットと交通費を支払う事は簡単じゃない。

着ていく服とアクセサリーに、

お小遣いすべてつぎ込み気合いを入れた。

ふたりっきりでなくても、

好きな人から誘われた事には変わりはない。

デート前日の夜は、なかなか寝付く事が出来なかった。

電車の中では、友達が楽しそうにおしゃべりしていたけれど、

私は電車の心地よい揺れに、つい眠くなってしまう。

なにかカラダに大きな衝撃を感じた私は、

はっと正気に返る。

寝ている間に、電車が事故にでもあったのだろうか。

なにやら頭の中に靄(かすみ)がかかっているようで、

自分がどういう状況にあるのか、

直ぐには理解する事が出来なかった。


「・・・ようこそ異世界の方」


私はどうやらベットで寝ていたらしい。

金髪でやたら露出の多い白装束の女性が、

私を上から見下ろしていた。

そして、同じ女性としてイラっとくるほどの深い谷間。

この女性が何を喋っているのか、

その時はまったくわからなかったけど、

きっと私は面倒くさい事に巻き込まれたんだろう。

ここがネズミの国のアトラクションじゃないって事は、

説明されなくても分かっている。


ーーー私は異世界に召喚された。


そうはっきり認識できたのは、

この世界に来て3年経過した頃だ。

さすがに3年も暮せば、

ある程度の会話も不自由なく出来るようになったし、

薄味で塩味一辺倒な単調な食事にも慣れる事が出来た。

この世界に私を召喚したのは、

女神クラウディアを信仰する女神教会傘下のとある組織だ。

もちろん異世界人を召喚するというのは、

組織全体で行っていた訳ではなく、

いわゆる女神教会での主導権を争う一部の過激派組織が、

隠密裏で行っていたようだった。

私は、女神教会の関連施設で、

存在を隠されながら、

5年に渡りこの世界の基礎知識と魔法のいろはを教わった。

元いた世界に比べれば、生活レベルは格段に劣っているこの世界。

けれど、元の世界には無かった魔法という存在に、私は魅了されていく。

このままこの世界で暮らしていくのも、

そう悪い話じゃないのかもしれない。

こうして私は二十歳(はたち)を異世界で迎える事になった。

こちらの世界では15歳で成人だから、

二十歳(はたち)という年齢は、

私の思い描く特別なものではなかった。

その頃から「聖女アリサ」なんて呼ばれるようになって、

私の中では特別な存在になれたような気がしていた。


教会は女神教を信仰する信者ばかりではなく、

教会を守護する聖騎士団や魔法士団という軍事組織もあった。

特に聖騎士団はイケメン揃い。

腕っぷしより面接重視なのかと思ったくらい。


―――元の世界に帰りたい。


そういう想いは消える事は無かったけれど、

元の世界に戻れる方法は、驚くほどに掴めない。

一方的にこちらの世界に召喚出来る魔法があるのだ。

その逆もあるだろう。

最初の頃はそう安易に考えていたのだけれど、

魔法を学べば学ぶほど、

そんな事は絶対に無理だと思い知らされることになる。

諦めたくない気持ちはあるのだけれど、

私ももう二十歳を超えている。

こちらの世界では、二十歳を過ぎた女性は、

婚期を逃した女性への差別は目に余るものがある。

売れ残りなど生優しい表現ではない。

喪女という言葉さえ、それらに比べれば清々しく思える。

だから、そろそろ私も恋をしたい。

近くには超絶イケメン揃いの精鋭がいる。

決して面食いではないのだけれど、

愛する人がイケメンであることに越したことはない。

だから、手っ取り早く聖騎士団のいずれかにアプローチしようと試みるが、

「聖女は純潔であるから聖女なのです!」と教会関係者から、

徹底的に男性との接触の制限をさせられた。

この頃から、私の望郷の思いは、

日に日に募るばかりだった。


―――ここから逃げよう。


「聖女アリサ」として教会の地位は、

私が思う以上に高まっていった。

けれど、女性にとって一番重要であるはずの、

十代後半から、二十代の全てを、

「聖女」として捧げてしまった。


大切なものを失い、

初めて自分の意思を尊重したのは、

私が30歳になった時だ。


けれど、私は教会のような閉鎖的な社会で生きてきた。

この世界の知識なんもてものは、

書物で得た上辺だけのもの。

そんな私がひとりで逃げ出すことなど出来るのだろうか。

なぜこの世界の人は、

異世界人を召喚するのか。

それは単純に魔力が強い人・・・というか、

人を超える超越者を手に入れたいからだ。


魔力といっても、それを扱う者には個性がある。

魔力を身体能力の向上に使う事が得意な者。

魔力を自由に操り、魔法の行使を得意とする者。

私は後者のタイプだった。

魔法といっても、火・水・風・土といった、

四大属性を使役し、攻撃系の魔法を得意とする者と、

聖や闇といった、支援・回復系に得意な者がいる。


私は聖属性を得意としていたから「聖女」なんて呼ばれていた。

教会に治療に来た人々を癒しては、

教会関係者は、そんな人々からお布施という形で、

高額な治療費を求めていく。

ある日、私が治療した子供の母親が、

治療費を支払うために娼館に売られたという事を聞いてしまった。

それを知りえたのは、父親が教会に復讐をしにやってきたからだ。

父親は魔力の才能があったらしい。

けれど、いくら才能に恵まれても、

それを使いこなす技術を磨かなければ、

そう簡単に魔法を発動させることは出来ない。

それこそ私のような異世界人でもなければ。


けれど、その父親は魔法を発動させた。


正確には魔力を暴走させ、

教会で大規模な魔力暴発を引き起こした。

父親は肉片すら残さず最後を遂げた。

この事件で教会関係者が12名。

治療におとずれていた患者とその家族21名が亡くなった。

治療にきていた幼い子供がその後どうなったのか、

私がそれを知る術は無かった。


その日の夜、私は魔法で自分自身の姿を変えた。

見た目はどうみても幼気(いたいけ)な少女。

髪の色も黒から金髪に代えてみた。

そんな都合の良い魔法を教わってはいなかったけれど、

15年も魔法を学んでいれば、

ある程度の魔法の根幹と言う者は理解していた。

オリジナルの魔法を創造するのは、

そう大した問題では無かった。


魔法を発動させるには、

大まかに4種類の方法がある。


①魔法の呪文を詠唱する

②魔法陣を使用する

③魔道具を使用する

④その他の方法で使用する


①と②を使用する前提として、

15歳になった時、教会の洗礼で福音を受ける必要がある。

つまりこの世界の主神とされる女神との契約が必要なのだ。

これにより、才能に恵まれた者や、

福音(ギフト)を与えられた者は、

魔法や固有能力(スキル)を使用する事が出来る。


ちなみに私は洗礼は行ったけれど、

特別な能力を与えられなかった。

この世界に召喚された時には、

すでな色々な能力が身に付いていたからなのか、

真実は私にもわからない。


私は一度も女神様を見たこともないし、

女神様の声を聞いたこともない。

「聖女」と呼ばれ、教会関係者であったのに関わらずだ。

だから、この世界にほんとうに女神がいるのか。

実のところよく分からないのだ。


という事で①も②も、

女神との契約をもとに発動すると言われている。

そして③の場合、

魔法術式を施した魔石や魔法巻物(スクロール)を使用して、

魔法を使用する方法がある。

発動は、魔道具に魔力を流す事で、

発動条件(トリガー)となるので万人向けではない。

それに値段も高額だ。

だが万人向けでは無くても利便性は高い。

どんな世界でも、稀少性の高い者は、

富を得た者に使用する権利が集約される。

実に分かりやすい仕組みだ。


そして④なのだが、

これが私のような限られた者が使用できる発動方法。

「頭の中で考える」だ。

魔法とは魔力を使用する属性に変換して発動する。

これは①〜③いずれも同じである。

詠唱や魔法陣そして魔石や羊皮紙に書かれた術式などは、

魔力の属性転換の補助機能に過ぎない。

魔力のコントロールが人並み以上の異世界人は、

簡単にこれをやってのける。

得意分野はあるのだけれど、

基本的に全属性の魔法は使える。

私の聖属性も得意という事だけで、

他の属性が使えない訳じゃない。

というか、他の属性でも、

S級ランクの魔導士くらいの威力がある。

それだけ得意分野の魔法は規格外だという事だ。


と言う事で、私は頭の中でイメージする事で、

無詠唱で魔法は発動できたし、

頭の中でイメージする事で新しい魔法も発動できた。

そして、金髪幼女に変化した私は、

教会から脱出すべくひっそりと出ていくことに成功した。

須崎アリサ30歳の時の話だ。

本当に教会の連中には愛想が尽きたが、

これ以降の私の本当の齢は絶対に教えない。


こうして私は見知らぬ街で冒険者となった。

時には魔法剣士として。

時には聖騎士として。

でもしっくりくるのは治癒士(ヒーラー)である。

誰かを傷つけるより、誰かを癒す方が性に合っていた。

だから「戦える治癒士のアリサ」と名乗った時代が圧倒的に長かったかな。

その頃、若かりし頃のトラウゴット・フェラーにに出会った。

出会った瞬間「勝負だ!」とほざいたので、

月とスッポン以上の実力差を見せつけてやったら、

それ以来冒険者の間では、

「血濡れの魔女アリサ」

と呼ばれるようになった。


ふたつ名は、もっとかわいいほうが良かったのに・・・


この後は、まぁ・・・本編であったとおりといっておくか。

実のところ、魔族化した頃からの記憶はあいまいな点が多い。

けれど、その中でもこの世界に来て一番驚いたことがあった。

私よりも巨大な魔力をもったヤツがこの世界にいた。

それも私と同じ日本人。

初めてそいつを目にした時は、

魔王が降臨したのかと思うほど、

恐ろしい殺気を纏っていたけど、

話してみればそれほど怖いヤツじゃなかった。

それに念願の日本に戻る事も出来た。

その点は感謝してもしきれない。

先日、そいつに無理を言って、

生まれ故郷の街を見たいと言ってみた。

私の生きた時代と、30年の壁があったけど、

どうしても死ぬ前にひと目見たかったんだ。

そいつは理由を聞かずにいいと言ってくれた。

そして車で送ってくれるとも。


・・・まさか車が軽トラックだとは思ってもみなかったけど。


東北の田舎町から、

高速道路の常磐道を南下すると、

生まれ育った街までは数時間。

私の生家は、とある駅の近くにあったのだが、

現在駅の周辺は再開発が進んでおり、

そこには大きなマンションと、

大型のショッピングモールが建設されていた。


―――私の家は無くなっていた。


実家があったであろう場所に建っているマンション。

敷地内にあったベンチで力なく座り込むと、

そいつは封筒を渡してきた。


中に入っていたのは、

私の家族についての調査報告書だった。

父は10年間前、母は3年前、

すでに病気で亡くなっていた。


一人っ子だった私がこの世界からいなくなって、

両親はどんな思いで暮らしていたのだろう。

そう考えると、溢れる涙は止まらなくなった。


何十年生きていて、沢山の人の死と接してきたけれど、

親との別れは特別な思いがあった。


ちなみに私が好きだった彼は、

大学卒業後、就職した会社が倒産して、

今は離婚した奥さんと子供の養育費を払う為に、

交通整理の派遣とコンビニのバイトを掛け持ちして働いているらしい。

離婚の原因は彼の浮気だというので、同情する気にもなれなかった。


「・・・なに興信所使ってまで人のプライベート調べてんの。キモ過ぎるよ」


あの時の言葉は、

私なりの感謝を込めたつもりだったけど、

伝わってる訳ない事は、自分でもわかっている。

その後、軽ラックで向かったのは、

隣町にある樹木葬をしているという霊園だった。

私はその樹に向かって、

この世界に帰ってきたと両親に報告することができた。

少しだけその樹に魔力を注いでみたら、

なんだかひとまわり、いやふたまわり以上樹がでかくなった気がしたけど、

夏の終わりに季節外れの桜が咲いたって、

その日の全国ニュースにも取り上げられたのは、

アイツと私だけの秘密。


これが私の物語だ。


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