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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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33/60

レイ・カトーノ

今更だが、俺は名は上遠野怜(かとうのれい)。

「酒場(バー)月に吠える」の二代目マスターだ。

先代マスターである爺ちゃん、

上遠野富次郎(かとうのとみじろう)から訳あって店を引き継いでいる。

まぁ、訳というのはそんなに難しい話じゃない。

ある日突然、爺ちゃんが居なくなった。

その日以来、爺ちゃんの店を引き継いた・・・というか、

店番をしている仮の店主という立場である。

とはいっても、酒場(バー)を手伝うようになって10年近い。

数年前から、近い将来は俺に店を引継ぎたいというのが、

爺ちゃんの口癖となっていた。

だから、爺ちゃんがいなくなっても、

店にはいつものように灯が灯り、

いつものようにコーヒーの香りが漂っている。

爺ちゃんは俺に何も言わずいなくなった。

これまでも、何も言わず家を空ける事はあった。

数日の時もあれば1ヶ月ちかい事も。

数年前に婆ちゃんが先立ってから、

時々そういう事があったので、

婆ちゃんとの思い出を偲(しの)んでいるのだと思っていた。

だから何処で何をしていたのかを聞くのは野暮な事だった。

夫が先立ち妻が残されるというのが多い話だが、

その逆の場合、男という生き物はまるで駄目になる。

店に来る常連客が口をそろえてそう教えてくれた。

日本であっても異世界でも男女の関係とは同じなんだろう。


爺ちゃんが居なくなるほんの少し前のある日。


「この子を預かることにした」


爺ちゃんの家には、布団に寝かされていた見知らぬ少女がいた。

ひと目見てその子の状態が普通じゃないってのは理解する事が出来た。

地球ではお目にかかれない紫がかった銀髪と整った顔立ち。

そして、いいようのない違和感。


「爺ちゃん、この子なんだか・・・」


耳に掛る長く美しい髪をかき分けてみると、

首筋には二匹の絡み合う蛇の様な痣があった。


「・・・うっ!!」


込みあがる猛烈な吐き気。

俺は襖を蹴飛ばす様に開け放ち、

濡れ縁から顔だけ出すと、

胃の中にある全てのものをぶちまけた。

胃の中が空になってもなお、

内臓が飛び出すくらいの吐き気が襲ってくる。

背後に爺ちゃんの気配が下から、

背中をさすってくれるのかと思いきや、

隣で爺ちゃんも豪快にリバース。

これがいわゆる「貰いゲ●」かと、

苦しいながら少しだけ笑いが込み上げてきた。


そして、お互い苦しみ合う中で、

爺ちゃんはこういった。


「いいか、あの子を守ってやれ。いや、守って欲しい・・・」


あの気持ち悪い呪印の説明すより、

ある子を守れって言う爺ちゃんに、

少しだけ笑いが込み上げてきた。

魔素(マナ)の無い地球でもこのくらい気持ち悪いのだが、

異世界でこの子と出会った時は、

呪印の効果は凄まじかったらしい。

この呪印は爺ちゃんでも解呪できなかったが、

なんとか魔術式の構成と、その発動条件は分析できたのだという。


「眠ると死ぬ呪いって・・・それ悪質すぎるだろう」

「ふむ。何らかの方法で制御できるのかもしれんの。制御下から逃れられんようにする為じゃろう。日本(まな)の薄いこっちの世界なら大丈夫じゃ」


日本の爺ちゃん家で睡眠をとれば呪いは室どうすることがない。

異世界(エルカンダル)で眠る事がなければ、

あちらでも普通に生活する事までは可能となった。

そして3か月を要し、完全解呪とはいかなかったが、

異世界でも呪印の発動を封じ込める封印術を成功させたので、

今ではどちらの世界でもぐっすり眠る事が可能となっている


俺が店を手伝うようになってから、

爺ちゃんは俺の事を徹底的に指導するようになった。

いや指導と言うより、拷問と言った方がいい。


異世界では自分の命(み)は自分で守らなくてはいけない。

死とは地球よりずっと身近なところにある。

幼少から剣術などの手ほどきは受けていたが、

この店を手伝うようになってから爺ちゃんの指導はより激しくなっていく。

そんな指導が始まって、あらためて分かった事がある。

爺ちゃんの強さは本物だって事に。

鍛錬を重ねていくほどに、

爺ちゃんとの実力差が分っていく。


俺は爺ちゃん以外の人と立ち会ったことはない。

戦闘経験でいえばまったくのド素人である。

だが、店にやってくる高ランクの冒険者と戦うことになっても、

そう簡単に負けるような気がしなくなっていた。


まぁ、実際戦ったことはないし、戦おうとも思わない。

俺が興味深いのは、異世界で繰り広げられている人間模様を観察することなのだ。

まだ見ぬ世界の探検や、世界を滅ぼす魔王の討伐など、俺には関係のない事だった。


そこそこ俺は強くなっているのかもしれないが、

どれだけ本気をだそうとも、爺ちゃんには瞬殺される。

それだけの絶対的な壁が存在している。


だから、そんな強い爺ちゃんから、

守って欲しいと願われたのには正直驚いてしまう。

まぁ、それだけこの子の事が大切なのか、

大切な人の家族なんだろうって、

その時は、その子の事情なんて深く聞く事が出来なかった。


この約束が後々後悔するなんて思ってもみなかったのだが・・・


守ってくれという願いを受け入れた事を後悔しているんじゃない。

守るために生まれた後悔といえばいいのか・・・


爺ちゃんの修行中、

なにゆえバーテンダーが剣術や組手、

そして魔法の勉強をしなくてはならないのだと、

疑問を浮かべながらやっていた。

いや、やらされていたというのが正解か。


修行を止めなかったのは、

師匠である爺ちゃんの真剣な目をみると、

止めるという選択肢が消えてしまっていたからだ。


まぁ、可能性を認めてもらったから、

厳しく指導してくれていたのだろう。

爺ちゃんくらいの達人なら、

指導してもモノになるかならないのかなんてことは、

すぐにわかるだろうから。

だが、俺が身につけた成果というのは、

どれをとっても中途半端なものばかり。

ゆえに俺が自身を持って「この子を守る」

と言い切れないことがもどかしい。

そのうちなんとかなるだろう。

そんな甘えが俺の成長を止めていたのだと思う。


という事で、俺は中途半端な能力だけで、

「この子を守る」という爺ちゃんとの約束を履行している。

だが、その護衛の対象者が、

俺より戦闘知識も技術も経験もすべてにおいて凌駕している。

こんな幼気(いたいけ)な少女が、

暗殺者としては超一流だと知った時は、

なんの冗談かと我が能力を疑ったものだ。


あっ、個人情報の盗み見の事は黙っててくれ。


とにかく俺は、爺ちゃんとの約束の有無に関係なく、

この子を守ってやると心に誓った。

そして、この忌々しい呪印を残した奴らを、

いつか捉えてボコボコにした挙句、

解呪させてやると本気で思っている。

そして俺はその子の面倒をみながら、

店の仕事をこなしていたある日、

爺ちゃんは家に戻ってこなかった。

そしてそれは今日まで続いている。

元々酒場(バー)は俺一人でもなんとかなっていたし、

飲食店(バール)も仕込みさえしていれば、

キッカやアリサ、そして常連の婆さんが手伝ってくれる。


とはいっても、

事情を説明しないで姿を消した爺ちゃんには、

少なからず不満が残る。

面倒事があるのであれば、

何故俺に相談してくれなかったのだろうか。

もしそれを伝える事で迷惑が掛かると思っているなら、

それを決めるのは俺であって、

爺ちゃんではないと言ってやりたい。

それが家族と言うヤツだろう。

そういう想いを心に仕舞い、

爺ちゃんからの願いを、

あの子と店を護る事を忘れてはいない。



最近、ある思いが日増しに強くなっている。


―――爺ちゃんは何者なのか。


ギルドマスターの師匠であり、

異世界で100年くらした召喚者の須崎アリサもその名前をしる存在。

不意にいなくなったこともあり、

日本と異世界に通じる裏口の「時間」をどうするのかという問題も未解決だ。

酒場(バー)も飲食店(バール)も頼りになる従業員(なかま)が増えてきたし、

そろそろ爺ちゃんを探してみても良いころ合いなのかもしれない。

いろいろな答えはすべて爺ちゃんに繋がっているのだから。


まぁ、いくら悩んでいても、

あの子を守らなくちゃいけない明日はまたやって来るし、

どのような答えがあっても、

それを止める理由にはならないだろう。

もう俺にとってあの子は特別な存在なのだ。

決して俺はロリコンじゃない。

それに自他ともに認めるお●ぱい星人。

あの子は守備範囲外(アウトオブガンチュウ)である事は間違いない。

といっても、あの子を他の誰かに譲ってやるほどの寛容さは持ち合わせてない。

それじゃあの子とはどういう存在なのかと尋ねられれば、

ワインやウイスキー樽のように、熟成期間中とだけ言っておこう。

手塩に育てた酒ほど旨いものは存在しないのだ。

こんな秘めたる思いを抱えながら、

俺は今日も「月に吠える」を開店させていく。


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