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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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32/61

チロル・シャウアー

あたしはチロル・シャウアー。

月に吠えるの従業員だ。


この店にやってきた日は、

実のところよく覚えてはいない。

気が付けば、見た事のない天井が目に入り、

「布団」と呼ばれるベットで目が覚めた。


「眠ると死ぬよ」

あたしの意識を睡魔が支配しようとすると、

祖母はカラダの至る所を容赦なく剣で突き刺した。

けれど、どんな痛みに襲われてもあたしの精神は限界だった。

寝る事を許されなくなって幾日経過しただろう。

七日目から日付を数える事を止めていた。


こんな状態になったのは、

あたしが生まれ育った白狼族の村が、

得体の知れない魔物に襲われたからだ。

目の前で、多くの同胞が殺された。

大人もお年寄りも子供たちも。

引き裂かれたカラダから、

深紅の血飛沫を噴き出して死んでいった。

あたしが殺されなかったのは、

「てきごうしゃ」だかららしい。

魔物を使役していた敵がそう言っていた。

それが何を意味しているのかわからない。

その敵の正体もわからない。

女の人の姿をしていたような気がする。

けれど、その敵が「化け物」だって事くらい、

未熟なあたしでも、すぐ理解する事が出来た。

わたしの住む白狼族の村は、

子供は5歳になると親元を離れ、

一族の教育施設で共同生活が始まる。

一般的な学問を教えるだけならば、

学校と呼ぶのかもしれないが、

教育施設。その目的は「暗殺術」を学ぶことにある。

白狼族は、獣人の血を濃く受け継ぐ一族だ。

生まれ持った身体能力の高さと、

隠密能力に長けた固有能力を有する者が多い為、

「隠密」や「暗殺」を生業としていた。

あたしは特に多くの固有能力(スキル)を持っていた事と、

他の子と比べ高い身体能力を持つことを買われ、

飛び級で教育施設を卒業できると見込まれていた。

褒められる事はまんざらじゃない。

あの日まであたしはどこか浮かれた日々を送っていた。

けれど、突然目の前に、

想像を遥かに超えた絶対的強者が現れた。

そんなヤツに殺意を向けられれば、

将来が楽しみだと浮かれていたあたしに、

生きるなんて希望は一片たりとも見いだすことは出来なかった。

絶望とはなんともあっけないくらい、

あたしの希望を打ち砕く。

襲撃者たちの目的はわからなかったけど、

あたしを含め3〜4人の白狼族だけが生き残った。

転移魔法でどこかに連れて行かれるその瞬間、

あたしを抱きかかえその場から逃げ去った人がいた。

それがロミー・シャウアー。

白狼族の長(おさ)にしてあたしの祖母だ。

邪竜を討伐した伝説の冒険者チーム、

「神の雫」の英雄メンバーで、白狼族最強と謳われた戦士でもある。

その祖母が駆けつけた時、多くの隠れ里の住人たちは無残な姿へと変わり果てていた。

結局、祖母が隠れ里から助け出せたのは、あたしひとりだけだった。

生き残った者がどうなったのか。

それは祖母もわからない。

けれど、想像を超える地獄に連れて行かれたのだ。

そうあたしの勘が教えてくれる。


一瞬にして同族のほぼすべてを失い、

首筋には蛇が絡みつくような痣だけが残った。

この街に逃げ込むまで、祖母には何度も殴られた。

あたしの呪印の効力を見抜いていたのだろう。


「よくお聞き。寝たら死ぬ。だから死ぬ気で寝るな!」


混濁する記憶の中で、祖母が無茶苦茶な事を言っているのは理解出来た。

殴られる程度の痛みでは睡魔に勝てなくなると、

祖母は躊躇なくあたしの腕や足を突き刺した。

白狼族は数多くの「暗殺者」を輩出してきた。

一族の能力が最も発揮できる職業が「暗殺者」というのは、

今に思えば不幸なことなのだが、

幼少から「人を殺す」技を磨くことを学ぶ生活は、

あたしにとって、存在する意義そのものだった。

敵を殺すことで生き残れるのだと理解することができた。


ナイフは長さではなく、

幅の広いものを選べ。

腹に突き刺し瞬時に回転させると、

相手は声も立てずに死に至る。

大量の出血を伴う、首や動脈への攻撃は、

狙うべき急所ではない。

そんな暗殺者としての知識が、

日々脳内に蓄積されていく。

あたしはそれが「普通」の生活だと思っていた。


深い眠りから覚めると、

何故かあたしは生きていた。

見た事のない部屋で目覚めたあたしは、

まったく状況が分からなかったが、

呪いがまだ解けていないことだけは理解することができた。

首筋からつたわる重苦しいナニか。

それがまだ残っている・・・


ということは、ここは天国なのだろうか。


頭の中でその答えが見いだせず困っていると、

襖(ふすま)がそっと開いていく。

そこに小柄で銀縁の眼鏡をかけた白髪が立っていた。


「おや、目が覚めたのかい。まずは、そうじゃな・・・飯にしようか」


祖母の古い友人と名乗る老人は、

公都リンデンバームで酒場(バー)と飲食店(バール)を経営しているらしい。

村からリンデンバームは徒歩で30日、

馬車でも12日はかかる距離にある。

祖母はそんな距離をあたしを連れて移動してきたのだろうか。

祖母の行方を尋ねても、

老人は「少し用事があるそうじゃ」とはぐらかす。

ふと気が付くと、

いままで感じた事のない違和感があった。

なんというか、部屋の中の空気感が違っている。

いままでの世界が重苦しいと感じるくらい、

この部屋のそれは軽快に感じてしまう。

ここはどこなのか、索敵魔法を使用しても、

なにやら魔素が集約しない。


―――魔素が無いんだ。


そう気が付くのは少し時間が経ってからだった。

あたしが寝ていたのは、「ちきゅう」という異世界にある、

「にほん」という不思議な世界。

魔素がないこの世界では、

あたしが寝ても呪印が発動することが無い。

あたしは眠り続けて3日間も起きることが無かったらしい。

全身穴だらけになったはずが、

いつのまにか傷跡は消えていた。

おそらくあの老人の仕業だろう。

まだ頭の中に靄がかかっているように、

ぼんやりとその答えが浮かんできた。

だって、あの老人はあたしの祖母よりずっと強い。

村を襲った魔物たちや、

あの「女」よりずっとずっと強い。

あたしの第六感(スキル)がそう伝えてくる。


目が覚めてもしばらくあたしのカラダは言う事を聞かなかった。

起き上がる事も、手を動かす事もままならない。

そんなあたしの事を見透かすように、

老人はあたしに話しかける。

あたしが寝ていた時に、世話をしてくれたのは、

老人のお孫さんなのだとか。


―――あたしは生き残れた。


祖母の事は心配だったが、

睡魔との戦いから解放された嬉しさは、

村の同族の心配より勝ってしまう。

あたしはそんな自分を心から軽蔑していった。

いろんな感情が押し寄せては消えていく。

自分はこれからどうなるのかという不安と、

殺された同族の姿を思い出すとぶり返す復讐心。

あたしたちを殺した「女(あいつ)」を殺したい。

それだけがあたしを生かすたったひとつの理由となった。


「・・・よっと」


襖(ふすま)と呼ばれる扉を、

器用に足で開くと、小さな土鍋を抱えた男が部屋に入ってきた。

こいつが老人の言ってた孫なのだろうか。

あたしより随分年上だが、

落ち着きのある品の良い雰囲気の老人に比べ、

軽薄そうな表情にボサボサの巻髪。

半分眠ているかのような細い目。

本当にあの老人と血の繋がりはあるのだろうか。

彼の最初の印象は極めて悪い。


「腹減ってるよな。何日も飯を食っていないんだ。まずは軽い者から食べてみよう」


土鍋には「おかゆ」と言う、

米で作った塩味のオートミールが入っていた。

真ん中に半熟の卵が入っている。

こんな貴重品を見ず知らずのあたしに食べさせてもらえるのだろうか。

普段食にあまり興味のないあたしが、

「おかゆ」の優しくほんのり甘い匂いに、

つい唾を飲み込んでしまう。


「ムリするな。カラダが動くまで食べさせてやる」

「・・・・」

「そう警戒すんな。そんな不愛想な顔してっと、男がよりつかなくなっちまうぞ」

「・・・うるさい」

「ははっ、嫌われちまったな。おれも結構驚いてんだぜ。まさかお前が女の子だったとはな」

「・・・?」

「傷を手当してあげたんだがな。あまりにもボロボロで臭いもんだからさ。てっきり男の子だと思ってたんだよねぇ。あとその樹陰は、俺と爺ちゃんがなんとかしてやるから心配すんな。ははっ、俺一人っ子だったから、兄弟っていうのに憧れてたんだよね。だから気合い入れて世話しようとしたんだけど、それがひん剝いてみたら、ついてないんだもん。おれ油断したわ。胸がペッタンコだったから、当然チ●チ●ついてんだとおもったからさぁ!がはははははっ!!」


この時半殺しした男の名前は生涯忘れない。

わたしの全てを見た初めての男だ。

一生かけて償わせてやる。


まぁ、「おかゆ」の味は嫌いじゃなかったけど。


これが主(マスター)とあたしの始まりの日だ。


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