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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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飲食店 月に吠える

空が白み始め街に日の光が戻る頃、

1軒の飲食店が店を開く。


「BAR(バール)月に吠える」


この街ではちょっと名の知られた老舗のカフェである。

「BAR」と言っても酒場ではなく飲食店の方だ。

BAR月に吠えるは、BAR月に吠えると同じ建物に所在する。

石造りの3階建ての1軒屋。

そこで東西に分かれた扉が、

それぞれの店舗となっている。

オーナーは俺こと上遠野怜(かとうのれい)だが、

夜の店を切り盛りしている俺が、

朝から始まる飲食店の切り盛りは出来る訳がない。


この店を任されているのは、

店長歴2年のキッカという30代半ばの女性だ。

元B級ランクの冒険者で現在は2児の母。

一昨年に夫を病で亡くしてからは、

一家の大黒柱として奮闘している。


そして副店長はチロル自称15歳。

見た目は中学生のような幼さが残るが、

15才で成人となるこの世界では立派な大人である。


まぁ、実際チロルが何歳なのかはよくわからないが、

本人が「・・・もう大人」と言うからには、

おそらく15才は超えているのだろう。

小さなカラダは彼女の個性なのかもしれないが、

女性としてひと目でわかる成長点の戦闘力(バスト)は、

申し訳ない程度の高低差しかない。

ゆえに、俺の基準では「大人」ではなく「お子様」に分類されるが、

ここで働くというのはあくまで彼女の意思である。

チロルも複雑な事情を抱えているのだが、

それはおいおい話す事にしよう。


だれにでも豪快に話すことのできるキッカと違い、

チロルは口数が極端に少なく、

接客業としては愛想もクソもない感じなのだが、

彼女は実によく働いてくれる。


飲食店(バール)の仕事は、

カウンターで注文を受付けるスタイルだ。

ファストフードやコーヒーショップのそれに似ている。

店には古びてはいるが磨き込まれた丸いテーブルが8席、

30人ほどが入れる大きさである。


この世界では、住民の多くが馴染みの飲食店を利用する。

朝食や昼食の提供だけではなく、

刻みタバコや飴や焼き菓子などの嗜好品の販売も取り扱っている。

食事と言っても、コーヒーにパンまたはビスケットという軽食が中心だ。

リンゴや梨やザクロなど季節の果物も取り扱うが酒類は一切取り扱わない。

酒類の販売と提供は行政府の許認可が必要であり、

この街で昼間からの酒の提供はご法度となっている。

まぁ、昼と夜の「月に吠える」では役割が違うという事だ。


提供しているコーヒーは地球のものとよく似ているが、

この世界で一般的なものはアメリカンのような、

焙煎度の低い浅煎りで苦味より酸味の強いものが好まれる。

ミルクや砂糖を入れるのは子供用であり、

大抵の大人はブラックで嗜んでいる。


パンは色のついたライ麦のような小麦を使用した、

セミハードタイプが庶民の味方であり、

上質な小麦を使用した白いパンは、

貴族や裕福な商家でないとお目にかかれない高級品だ。

うちの飲食店(バール)では、

この色のついたパンにチーズとハムを挟んだサンドウィッチと、

同じ小麦で油で揚げたオールドファッションのようなドーナツが売れ筋だ。

甘味のレパートリーに乏しいこの世界では、

砂糖掛けのドーナツは贅沢品であり、

性別問わず幅広い顧客から支持されている。

酒場の営業を終えてから日が昇るまでの間、

これらの商品の仕込みをしてから彼女達に店を任せる。

俺はその間2階にある居住スペースで睡眠をとるのだが、

酒場や飲食店の食材の仕入れで、

裏口を通って日本に買い出しに行ったりもする。

ただし、裏口を利用するには簡単にいかない事情があるのだが、

それはまた別の機会で。


「・・・主(マスター)、おはよ」

階段を寝ぼけ眼のチロルが下りてくる。

昨夜はお使いを頼んでしまったのだから、

もう少しゆっくりしてても起こらないのだが、

まだその報告を聞いていなかった。

責任感は人一倍のチロルである。

普段より早い時間に飲食店にやって来た。


「おいおい、顔は洗ってきたのか。可愛い顔が台無しだぞ」


ヨダレでもついていると思ったのか、

咄嗟に鏡を覗き込むチロル。


「・・・むぅ」


少し頬を膨れ気味にして、

昨夜の「お使い」について報告を受ける。

冒険者チーム「風の護り手」が、

ギルドからどのようなクエストを受けていたかという事だ。

まぁ、それを知ったからと言って、

「風の護り手」やアランの旦那を助けたいという訳ではない。

これは俺のいわば趣味の世界だ。

この街で何が起こっているのか。

文明の成熟度はだいぶ遅れているこの世界では、

情報を得るというのは最高の贅沢である。

なにせネットはおろか新聞やテレビのニュースなど存在しないのだ。

世の中で起こりうる事をリアルタイムで知るという喜びは、

なんともいえない甘露である。


―――あぁ、ゾクゾクするぅ。


「・・・主(マスター)、顔が怖い」


「おっと、取り乱しました。それで、風の護り手が護衛したのはギルダー商会で間違いないんだな」

「うん、商会長の三女でアンネリーネ。齢は12歳だって・・・」

「行先は?」

「そこまでは分からなかった。依頼文にも記載はなかったし」


12歳と言えば、裕福層の子弟は高等学校に進学する年齢だ。

季節的にも進学の為この街を離れるというのは不思議ではないが、

この街はライムバッハ公爵が統治する人口30万人の城壁都市。

フォルクバルツ王国第3の都市であり、

いくら裕福な商家の子弟だとしても、

大抵はこの街にある学園へ進学させるはずだ。

護衛が失敗したのは街から離れた場所と聞いた。

12歳の女の子が、Aランク冒険者の目を盗んで、

自ら失踪できるとは思えない。

第三者の何者かが誘拐した可能性が高くなってきた。

という事は、何者かはあらかじめ令嬢がこの街を離れるという情報をつかんでいた事になる。

女性を誘拐したという事は、カラダを目的としている可能性もあるが、

まだ青すぎる果実なのだから、目的は身代金という事なのだろうか。


「・・・それとこれ貰ってきた」

「ん・・、これは尋ね人のチラシか。ここ最近失踪者が多いらしいからな」


枚数は30枚以上あるだろうか。

ギルドでは、人探しのクエスト発注は高額な報酬が必要だが、

一般庶民ではなかなか依頼料が工面できない場合が多い。

救済策ではないのだろうが、駅の構内でフリーペーパーを置いてあるように、

ギルド内のフリー掲示板に人探しの依頼文が張り出される事がある。

このようなケースはルール違反なのだが、

人探しに限り、ギルドも黙認している様子である。


「・・・おいおい、これってまさか」


ギルダー商会の三女の名前は「アンネリーネ」

そしてチロルが拾ってきたチラシの名前を読み上げてみる。

「アンナ」「アンネ」「アンジェロ」「アンセム」「アンデラ」・・・

「名前がAnで始まっているヤツばかりじゃないか」

一連の失踪事件と「アンネリーネ」誘拐事件。

思わぬ繋がりが見つかった。


「ぐふっ、これだから最新のゴシップはやめられない♪」

「・・・主、顔が変態。存在が変質者そのもの」

「・・・・」


美少女から言葉で責められるのも・・・また乙である。



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