酒と肴
「いつものを頼む」
居酒屋であれば「とりあえず生」が定番なのだが、
ここは酒場。客の数だけ好みも違う。
「おまたせいたしました」
丸く削られた氷に注がれたブランデー。
この店の常連であるローレンツ・アイヒンガー卿は、
ブランデーをオンザロックがお気に入りだ。
オンザロックの楽しみ方は、
時間とともに変化する味わいを楽しむことにある。
ブランデーを注いだ直後には、
ストレートに近い香りと味わいが楽しめるが、
グラスを回す様にして氷を溶かしていけば、
ブランデーは水と混ざり合い飲みやすくなるとともに、
色合いの変化も楽しめる。
・・・カラン。
氷がグラスに当たる乾いた音が店に響き渡る。
グラスを持つ指先、そして目と舌と鼻と耳。
まさに五感をもって楽しめる。
それが1杯の酒をたまらなく旨くするのだ。
「・・・ふぅ。やはりこの店の酒は旨い」
1杯目を胃の腑に流し込むと、
野を駆ける火の如くカラダの中を熱いものが突き抜けていく。
アイヒンガー卿いわく、
1杯目でカラダを呼び覚まし、
2杯目で酒の旨さを嗜むのだそうだ。
そして3杯目からは何も無い。
ただ酒を胃の腑に流し込む惰性となる。
「マスター、2杯目はアレで頼む」
この店は居酒屋ではない。
酒の肴といっても、
この世界でも定番のナッツやドライフルーツ、
そしてチーズや燻製肉といったものを提供している。
食通で名高いアイヒンガー卿が、
2杯目の肴としてこよなく愛するものは「とあるソーセージ」だ。
この世界にも肉を腸詰にして保存する加工品は存在する。
肉質や具材やスパイス、
そして産地によって呼び名が変わるのは、
地球のそれと同じである。
長めのソーセージ2本と、
酢漬けのキャベツとマッシュポテトを沿えて提供するスタイルは、
こちらの世界でも定番の肴なのだ。
「・・・おまたせ致しました。卿の好きなケチャップとマスタード多目にしました」
「おぁ、さすがは我が心の友よ。今宵は大いに飲み明かさん!」
アイヒンガー卿お気に入りのソーセージは、
この世界ではウチの店でしか食する事の出来ない特別なものだ。
【魚肉ソーセージ】
日本が誇る魚肉練り物の逸品であるが、
これがソーセージと言っていいのかどうかわからない。
以前「旨いソーセージが食いたい!」というアイヒンガー卿のリクエストがあり、
地球産のソーセージを色々試したのだが、なかなか合格点を貰えなかった。
「シャ●エ●セン」こそ、
そこそこの評価だったが・・・
腸詰料理に関しては、
こちらの世界もレベルが高い。
まかない料理で使おうと思ってた魚肉ソーセージ。
軽い気持ちで提供したのだが、
これが予想外に卿のツボにはまる。
その時は流石に罪悪感を感じたものだ。
なにせ肉ですらないのだからな。
まぁ、美食家のアイヒンガー卿が気に入っているのだから、
それはそれでいいのじゃないか。
いまはそう割り切っている。
「このピンクに染まったフォルムが生娘の太腿のようじゃないかぁ。
ついつい飲み過ぎてしまう・・・おっと、つい心の内側をもらしてしまった」
「ご心配なく。ごらんのとおり今夜はアイヒンガー卿の貸し切り状態でございますから」
開店から間もなく3時間は経過しただろうか。
時刻は午後9時を回っている。
いつもならカウンターは満席に近い頃合なのだが、
この日はアランの旦那とアイヒンガー卿のふたりしか客がやってこない。
「今夜から夜警が始まったからだろうな・・・」
「夜警・・・ですか?」
「ああ、マスターも聞いたことがあるだろう。ここ最近、この街周辺で神隠し事件が多発している事を。一昨日ギルダー商会の・・・おっと口が滑ったな」
「確かにここ最近街で誰かがいなくなったとか噂話は聞こえてきていましたが」
高貴な身分の方が失踪したともなれば、
街を上げた騒ぎにもなるのだろうが、
いなくなったのはいずれも一般人の話だ。
薬局のご店主、公証役場の女性職員、パン屋の従業員。
衛兵でも数名がいなくなったと聞いていたが・・・
警備体制が強化された日にチロルをお使いに出したのはマズかったか。
いや、チロルに限っては大丈夫だろう。
「・・・とても関連性があるとは思えなかったですね」
「まぁ、そのうち落ち着くだろう。マスター、そろそろ3杯目を貰おうか!」
「そろそろボトルが心もとなくなってまいりましたが」
「ふふっ、気兼ねなく1本いれてくれ」
「ありがとうございます」
食材はこちらの世界のものを優先的に使用しているが、
酒に関しては爺ちゃんの代から地球産を使い続けている。
まぁ、店の飾り用として、この世界の酒もある事はあるのだが、
品質に関してはまるで比べ物にならない。
もちろん地球産の酒が圧勝だ。
アイヒンガー卿に提供しているのは、
日本の大手メーカーのブランデーであり、
VSOPながら値段はお手軽のものだ。
量販店であれば3000円程度のブランデーを金貨1枚で提供している。
金貨1枚は、日本でいう所の10万円くらいだ。
銀貨は1枚10,000円。
大銅貨は1枚1,000円。
銅貨は1枚100円。
鉄貨は1枚10円。
3,000円の酒を100,000円で提供していると聞けば、
ぼったくり感が否めないが、こちらの通貨をいくら蓄財しても、仕入れるのは円なのだ。
もちろんこちらの通貨との両替はできないから、
仕入の円確保にはいろいろ苦労が付きまとう。
金貨をあちらで買い取ってもらおうとしたら、
「どこから入手したのか!?」とか、
「幻のオーパーツだ!!」とか。
いろいろと面倒な事になって以来、
直接金を地球で監禁する事は諦めている。
まぁ、その手間を考えれば、
これだけの料金を頂いても不思議ではない。
大学時代に通っていたキャバクラなんか、
1,000円もしない焼酎を、
ボトルキープ100,000円で請求された事を考えれば、
この店など随分良心的である。
「・・・主〈マスター〉」
「アイヒンガー卿、新作のパスタがあるんですがご試食いかがですか」
「おお、是非とも頂きたい。マスターの造るパスタはまた絶品だからな」
そう言ってカウンターの奥にある厨房に向かうと、
眠そうな顔をしたチロルが戻っていた。
「街の警備体制が強化されたんだってな。大丈夫だったか?」
「・・・うん、それは問題ない。いろいろわかった事がある」
「緊急性は?」
「・・・ない」
「それじゃ、明日の朝、交代の時に聞こう。今夜は残業させて悪かったな。ゆっくり休んでくれ」
おおきな欠伸をしながら、
チロルは裏口となりの階段を昇っていく。
2階と3階は居住スペースとなっておれ、
3階がうちの社員寮となっているのだ。
・・・チン
アイヒンガー卿の試食は、最近発売された、
「もっちもち生パスタゴロゴロ肉のボロネーゼ」
スーパーで売り値248円の冷凍食品である。




