異世界酒場開店
ここは異世界エルカンダル。
街に明かりが灯る頃、1軒の酒場が店を開く。
「BAR月に吠える」
この世界では少し名の知られた老舗の酒場である。
ここで紡がれるささやかな物語が今明かされる。
※リニューアルして再連載
街に明かりが灯る頃、1軒の酒場が店を開く。
「BAR月に吠える」
この街ではちょっと名の知られた老舗の酒場である。
10席ほどが並ぶカウンターと、
4人座れるテーブル席が3つの決して広い店ではなが、
その漆黒に艶めく磨き込まれたカウンターの木目が、
この酒場の長い歴史を証明している。
「マスター、酒をくれ。強いヤツだっ!」
ここは酒場である。
酒を注文するのは当然なのだが、
この日最初の客であるアラン・マクベウスは、
他所〈よそ〉の店ですでに大量の酒を飲んでいるらしく、
足元がおぼつかない状態でやってきていた。
「・・・アランの旦那、少し飲み過ぎてはないんですか?」
アランはこの街を拠点としている腕利きの冒険者だ。
「いいから早く酒を出してくれ。それともなんだぁ、
この店は俺に出せる酒はねぇっていうのか!?」
小さなため息をつきながら、
俺は店の奥にある厨房に足を向ける。
普段なら自分の感情を客の前で晒すことは無い。
けれど、これだけ酔っているのであれば、
多少のため息くらい気がつくことは無いだろう。
まぁ、爺ちゃんの前ならゲンコツを貰うところだが・・・
「はいよ、アランの旦那が好きなエールだ。新しい銘柄を仕入れたんで、いつもと味は違うかもしれないけど」
「銘柄なんて気にすんな。俺はこの店のキンキンに冷えたエールが大好きだからな!」
この世界では珍しいガラス製のジョッキに並々と注がれているのは、
これまたこの世界には存在していないノンアルコールビール。
「BAR月に吠える」
この酒場があるのは「エルカンダル」と呼ばれる異世界だ。
そして俺、二代目マスターこと上遠野怜は29才の日本人。
生まれも育ちも日本人である俺が、
何故異世界で酒場のマスターをやっているのか。
それを語るには少しばかり時間を要するゆえ、
今日のところは止めておこう。
まぁ、簡単に言えば、
先代マスターは俺の爺ちゃんで、
この世界・・・というより、
この酒場の裏口は、
日本にある爺ちゃんの家の襖と繋がっていたりする。
ーーーなぜそのようになってしまったのか。
正直俺もよく分からない。
けれど、俺が物心つく頃には、
この世界と日本は繋がっていた。
それは紛れもない事実である。
上手く説明できないけれど、
ここは地球ではない別世界である事は確信がある。
まず夜空に月がふたつ存在している。
ひとつは地球の月によく似ているが、
大きさは倍以上にでかい。
もうひとつは地球の月とおなじくらいだが、
赤みがかった色をしている。
街並みは中世のヨーロッパとよく似ているが、
夜空を見上げ、ふたつの月が昇っているる限り、
とても地球とは思えない。
それに、この世界に存在する種族もまた多様である。
俺らと変わらない人間〈ヒューマン〉は多数派だが、
エルフやドワーフや獣人種、そして魔族。
数多くの種族がともに共存しているのだ。
まぁ、その他にも色々相違点はあるのだが、
総じて典型的なファンタジー世界。
それが、ここ「エルカンダル」の世界なのだ。
「ああ、いたいた・・・」
ため息とともに店に現われたのは、
本日最初の客、アランがリーダーを務める冒険者チーム「風の護り手」のメンバーで、
エルフのクラリッサだった。
「もう、こんなになるまで酔いつぶれるなんて・・・」
両腕を組んで呆れているのだが、
彼女の表情には、どこか悲し気な気配を感じ取れる。
「アランの旦那には、酒じゃないのを飲ませてるから」
「マスター、いつもごめんね」
いつもとは違うアランの乱れ様。
仕事がうまくいかなかったのか、
冒険者チーム内で揉め事でもあったのか。
その内に秘めたものを吐き出させるのも、
バーテンダーとしての仕事なのだが、
これだけ酩酊状態になると、
なかなか対処に困るところだ。
「・・・実はある依頼を失敗しちゃってね」
「それはそれは」
「とある護衛任務なんだけど、護衛対象を守り切れなかったのよ」
護衛任務は、冒険者ギルトでもCランク以上の高額依頼となる。
風の護り手はこの街では数少ないAランクチームである。
そのAランクが引き受けた護衛任務なのだから、
護衛対象者はそれなりの身分か裕福層だろう。
「チームの被害も大きかったんですか?」
「それが、護衛対象者だけがいつのまにか馬車の中から消えていたの・・・」
「・・・そりゃ不思議な話だ。風の護り手さんの索敵能力をすり抜けてですよね」
腕に覚えがある冒険者を手玉に取る手練。
それが犯人だという事は明らかである。
いつもはゆっくりと自分の時間を楽しみながら酒を飲む。
それがアラン・マクベウスという冒険者。
「それじゃマスター迷惑かけたわね。リーダーは拠点につれかえるから」
カウンターには金貨が1枚置かれている。
ノンアルコールビール1杯には過ぎる対価である。
まぁ、迷惑料というものなのだろうが、
口止め料という意味合いも強いのだろう。
冒険者とは依頼内容は口にしないというのが常識である。
それが曖昧ながらも身内の不始末を教えてくれたのだ。
彼女なりの誠意であるのは間違いない。
口止め料などもらわなくても、
この酒場で知り得た情報は、他の誰にも漏らさない。
それが酒場の常識であり、信頼の証であるのだ。
冒険者チームが依頼を失敗するというのは、
珍しい話ではない。
高ランクの冒険者チームといえど、
精密機械ではないのだ。
ただ、今回の護衛失敗という話には、
どうもきな臭い匂いがする。
―――護衛対象者が消えた。
連れ去られたのか、自ら行方を晦ましたのか。
いずれの可能性もあるが、何らかの外的トラブルが発生したことがうかがえる。
エルカンダルの都市をつなぐ街道は比較的治安は良い。
Aランクの冒険者が対応できない野盗の類や魔獣などは聞いたことがない。
普通であれば彼らが護衛対象者を原因不明でロストする事はないだろう。
ということは普通じゃないことが起こったのだ。
見方を変えれば「消えた」という事実だけを証明するのには、
護衛していたのが高ランク冒険者というのは都合が良い。
Aランク冒険者が対応できないトラブルが発生したが、
護衛対象が「生死不明で消えた」という事実は確定する。
ーーー問題は誰にとって都合がいいのか。
最も利益を得られる者こそ黒幕である可能性が高い典型的なケース。
「・・・チロル。少しお使いを頼めるか?」
カウンターの奥にある厨房から現れたのは、
白銀の長い髪をサイドテールに結んだ少女。
「はい主〈マスター〉。風の護り手の護衛対象者を調べればいいの?」
「相変わらず要領が良くて助かる。ところで例の・・・」
そう言葉を言い切る前に、
少女は目の前から瞬時に消えた。
「・・・主の話は最後まで聞けってゆーの」
ここは「異世界BAR月に吠える」
様々な人間模様が行き交う異世界酒場である。




