ロミオ
「いってきまーす!」
元気いっぱいでリーネはクレア魔法学園に登校していく。
その隣で面白くないような表情でついていくチロルとは対照的だ。
物心ついた時から篭の中の鳥の様に育てられたリーネにとって、
同世代の学園生徒と、ともに学ぶこと全てが刺激的である。
チロルもこれまで学校に通ったことが無かったらしく、
不満気ながらも決して休む事はない。
内心満更では無いようで安心している。
「おう、今日も頑張ってこいよ」
「はぁーーーい!」
「チロルもな」
「・・・・」
「夕飯はハンバーグだ。チーズ入りの」
「・・・わかった」
恥ずかしそうにそう言うチロルは滅茶苦茶かわいい。
チロルは自分の感情というものを出すのが苦手だ。
ウチに来てからは嫌悪とか嫉妬とか、
マイナスの感情は少し見受けられた。
学園に通うようになってからは、
笑ったり喜んだりというプラスの感情も増えてきた。
同じ年のリーネの存在というのも、
チロルに少なからず良い影響を与えているのだろう。
俺もナータンという無口で無粋ではあるが、
超絶真面目な従業員のお陰で、時間的な余裕が生まれた。
だから、夕食は皆が揃って食べるようにしている。
俺達に血の繋がりは無いが、
家族と言うものはこのようなものなのかと、
まんざらでもない日々を過ごしはている。
そして、その日も学校から帰ってきたリーネとチロル、
いつものように皆が揃って夕飯を食べていた。
夕食はアリサと俺が交代で作っている。
爺ちゃんがいなくなってから、
酒場で手の込んだものは作らない。
ワンオペではそこまで手がかけられなかったからだ。
だが、料理は婆ちゃんから基礎を叩き込まれている。
「いつか役に立つ時が来る」
いつもそう言う婆ちゃんのその言葉は、
生涯独身だという呪いの呪文かと恨んだものだ。
まぁ、予想とはだいぶ違ってはいるのだが、
役に立っている料理の腕の事は、
いまさらながらに感謝している。
「・・・・」
いつもはお喋りなリーネが、言葉なく食事をしていた。
まぁ、学校に通えば色々な悩み事はあるだろう。
特に親がいないとなれば、
心無いクラスメイトから格好の標的となる。
余計な詮索をするつもりはないが、
陰湿ないじめを放置できる程、
俺は精神的に成熟されてはいない。
「どうしたリーネ。学校でなにかあったのか?」
チロルとアリサの手が止まる。
リーネとともに顔を見合わせているところを見ると、
原因というものをアリサには伝えているという事は察する事が出来た。
女の子特有の事情であれば、
アリサが言葉を遮るだろうが、
今回そんな事はなかった。
アリサでも俺に告げるべき事なのか否か、
迷うような事があるのだろう。
「主、実は・・・」
護衛役のチロルがそう答えるようとするのを、
リーネが遮る様に自分から説明する言う。
「今日ね、学校の机の中にこんなものが入っていたんだけれど・・・」
「なんだ、これは?」
リーネが差し出したのは真っ白の封筒だった。
中には三つ折りにされた便箋が入っている。
「読んでいいのか?」
「・・・うん」
小さく頷くリーネであるが、
あきらかに動揺している顔色だ。
いつも天真爛漫に笑っているその姿からは、
リーネの隠していた素性についてバレたのか、
それ以上の事が記載されているのだろうか。
順風満帆だった学生生活が、
音を立てて崩れ去る学園生活を想像しながら、
固唾をのんで覚悟を決める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
我が運命のリーネ嬢へ
なぜあの日僕はキミの手を放してしまったのだろうか。
あれから後悔しない日は無い。
そう僕は翼を失った小鳥。
キミという止まり木を失った僕は、
毎日キミを探して嵐の夜を飛び続ける。
キミと過ごした甘い毎日。
忘れられない。
忘れせれない。
忘れるはずがない。
いや、忘れる事は大罪だ。
だれか僕を慰めてくれ。
いや、慰められるのはキミしかいない。
キミしかいないのは偶然じゃなくて必然なのだ。
学園でキミを見かけた時、
僕の脳内は雷に打たれたような衝撃が走った。
それはピッカピッカでバッリバッリだった。
もうズバババババハっていう感じだ。
運命の鳴動ってこれの事を言うんだって確信した。
確信?
いやそんなぬるい言葉じゃない。
預言だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・なっ?」
なんだこれは。
この手紙を読んで、
それ以外の言葉を思い浮かべる人がいたら見てみたい。
「私にも何が何だかさっぱり分かんなくて・・・」
チロルに眼を配ると、左右に首輪振るだけだ。
「私も誰かと勘違いされたのかと思ったけれど、冒頭に「リーネ嬢」って書いてあるしね。悪質ないたずらの可能性もあるけど、こちらの事情を知ってる輩の可能性も否定できないから、食後にあなたに相談しようとしてたんだけど」
なるぼと、そういう事か。
俺の能力ならば、
どこのどいつが差出人で、
どんな意図があるかなんて容易に調べることができる。
もし悪質ないたずらなのであれば、
この落とし前はどうしてくれようか。
フライング気味に怒りがこみあげて来る。
が、便箋にはまだ続きが書いてあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
キミは朝霧に咲く一凛の薔薇。
その棘はいまも僕の心に刺さったままだ。
きっとこの棘を抜けるのはキミの愛だと信じている。
薔薇は散るからこそ美しい。
だが、棘はいつまでたっても棘のまま。
いや、これは僕の君への想いが永遠であるという事の証明だ。
この突き刺さる棘の痛みを感じるたびに、
キミの手放した罪悪感を思い出す。
チックチク。
チックチクと。
この思いを叶えてくれるなら、
キミからの返事を待っている。
いとしの僕様より
PS あいらびゅ〜
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・リーネは差出人に心当たりはあるのか?」
「クラスメイトにもそんなヘンな人はいないし。他の学年の人たちとの交流もあまりないから・・・」
吐き気をもよおす文章能力はさておき、
リーネとよりを戻したいという内容は一貫している。
だが、リーネはずっとギルダー商会内に幽閉されていたのだ。
存在さえも秘匿とされていた彼女に、
そのような過去があったとは考えにくい。
リーネが知らないというのも当然といえば当然だ。
「アリサの言う様に勘違いだとは思うが、この手紙ひとつ気になることがある」
「「「 気になる事? 」」」
「この手紙には魔素の情報が無い。だからどこの誰からなんの目的があって差し出されたのか調べる事が出来ないんだ」
「意図的にそうしたのかしら?」
アリサが訝しげに手紙を見ている。
魔素の情報を消すにはいくつか方法があるのだが、
手紙を差し出す場合、そこまで周到に素性を隠す必要がない。
あえてそれを行うという事は、なにか知られたくない理由があるか、
偶発的ななにかが起こったという事になるのだが・・・
「意図的なら、ギルダー商会の事件と関係性があるかもしれない」
リリスの行方も分からず仕舞だ。
チロルもうんと頷き護衛としての緊張を高めている。
リーネの方は俺達が悲観的にならなかった事で、
安心したのか、学校での出来事など、
壊れたレコードが動き出したかの如くおしゃべりが止まらなくなった。
そんな家族団らん的な時間を楽しんでる最中も、
俺はどうしてもあの言葉を忘れる事が出来なかった。
「PS あいらびゅ〜」
この夜、俺の腹筋は崩壊した。




