不器用者
フォルクバルツ王国で最も信仰されているのが、
女神クラウディアを神とする通称女神教。
安息日の午前は多くの人々が女神教の教会で礼拝に参加する。
無信仰者の俺は、基本的に参列する事はないのだが、
女神教が運営する孤児院には定期的に顔を出している。
飲食店で売れ残ったドーナツや焼き菓子などを、
孤児院の子供たちに届けているのだ。
もちろん提供する食材に問題などあろうはずがない。
きまって水曜日に訪問しているが、
前日の仕込みは食材が売れ残るくらいの量を準備する。
お昼前には届けているので、売れ残りというのは建前で、
実質的には焼き立て揚げたてのパンや菓子を届けている。
まぁ、俺がはじめたことではなく、
爺ちゃんが昔から行っていた事であり、
俺の代で止める訳にはいかないだろう。
それに、食材を届けに行くときの子供たちの反応を見るのは嫌いではない。
あの屈託のない笑顔には汚れ切った俺の心も随分救われていてる。
孤児院側が必要としてくれる限り続けていこうと思っている。
最近、幼女ふたりの保護者となったが、
子供のいない俺にも親御心ってものが芽生えているせいか、
血の繋がりがない子供たちでも、
その成長を見守るって事の喜びが、
理解た気がする。
「あらレイ様、ごきげんよう」
「シスターアンジェラ。今日もお美しいですね」
「やだ、レイ様ったら!」
うちの近所にある女神教の孤児院は、
公都リンデンバームでも規模の小さい教会の敷地内にある。
教会の規模は教会の責任者の階位に比例している。
シスターアンジェラが任されているこの教会は、
もっとも階位の低いものである。
教会の職員も、シスターアンジェラの他、
3名の女性がいるだけなのに、
孤児の数は30名を超えている。
教会敷地内にあ孤児院の建物からすれば、
精々12~15人程度の受入が適正人員に思われる。
この地区は貴族街と商業区域との間にある南地区。
裕福層が住まう公都でも治安の良い区域である。
だが、公都の北東区域では貧民街が存在しており、
両親がいない子供たちや、住まう場所を失った人々が暮らしている。
教会が差し伸べる救いの手はいくらあっても足りていないのが実情だ。
もちろん公爵家をはしめ、公都行政機関が何もしていないわけじゃない。
公都の住民であれば、最低限の生活保障を受けられる権利がある。
ただし「公都の住民であれば」という前提条件が問題だ。
つまり貧民街に住まう人々は「公都の住民」ではないという事なのだ。
まぁ、詳しく説明すれば長くなるので簡単に言えば、
戸籍を取得すには金がかかるという事である。
貧民街に住まう住民にも、住まわざるを得ない理由ってヤツがあるらしい。
「居住棟、ずいぶん賑やかですね」
「先週から新しい子たちがやってきましたので、ここもすっかり手狭になりました」
孤児院には定員があり、
教会本部から割り当てられる予算は定員数に比例する。
限られた予算で定員数を超える子供たちを受入れる事は、
シスターアンジェラにとって相当な負担になっているはずだ。
こころなしか以前よりも顔がほっそりとしているように見える。
・・・もっとも黒と白の修道服に隠された戦闘力は全く衰えていないように見えるが。
20代前半と思われるシスターアンジェラ。
さすがに聖職者のプライベートを探るの罪悪感がある。
化粧っ気のない童顔な顔立ちながらも、
タイトな修道服にはすさまじい高低差が見て取れる。
聖職者にそのような目で見てはいけないのに、
ついつい凝視しまう自分が恨めしい。
けしからん。
まったくもってけしからん。
「これ、いつもの差入れです。子供たちもそうですが、シスター達にも是非」
「ありがとうございます。レイ様にも女神クラウブィアの祝福があらんことを」
ずきゅー--------ん!!
にっこりと微笑むその輝きに、
俺の心は簡単に撃ち抜かれてしまう。
それにしても、この宿泊棟。
かなり老朽化しているようだ。
修繕費として金銭的な援助を申し出てもいいのだが、
定員オーバーのこの業況では、修繕より運営を優先されてしまうだろう。
根本的な問題解決は、定員オーバーの状態を解決するか、
安定した運営費の確保が必要となる。
カンカンカンっ。
なにやら宿泊棟から、カナヅチで釘を打ち付けるような音が聞こえてきた。
すでに修繕工事を発注していたのだろうか。
「どこか修繕工事ですか?」
「はい、といってもご厚意に甘えてお願いしているのですが・・・」
俺みたいな支援者がほかにもいるのかと少しだけ安心する。
と、同時にシスターアンジェラの豊満な●●(ピー)や●●(ピピー)を狙う輩である可能性あり。
と、まだ見ぬ強豪の存在を察知した。
「あれ、あなたは・・・」
宿泊棟の屋根に登って金槌を打ち付ける男の姿には見覚えがあった。
「おおっ、カトーノ殿」
そこにいたのは屋根を踏み抜かんばかりの大男。
風の守り手の盾剣士ナータン・クライムだった。
俺とシスターアンジェラが近づくと、
梯子を一歩一歩不器用に降りてくる。
「お体はもう大丈夫ですか?」
「・・・自分、頑丈だけが取り柄ですから」
大丈夫なわけがない。
ギルダー商会の地下牢から救出されたとき、
生きていることが奇跡というくらい、
ナータン・クライムは魔素を吸い取られていた。
肉体的にも精神的にも致命傷を負っており、
冒険者としての復帰は絶望的だったはず。
アランの旦那たちがチームを解散の上、冒険者を引退したのは、
全員が揃って復帰できない事が理由のひとつだと聞いている
「ナータンさんは以前から孤児院に援助をいただいているんです」
「・・・自分はまったくチカラになれていません」
「何を言ってるんです。自分を大切にできない人は他人を幸せには出来ないのですよ!」
「・・・自分、不器用ですから」
シスターアンジェラの目に涙が浮かんでいるのが分かった。
そしてその理由に俺は驚愕することとなる。
ナータン・クライムは孤児院の出身だった。
公都リンデンバームにある別の孤児院で育てられたが、
彼が孤児院を出て冒険者になって間もない頃、
育ての親であるシスターが亡くなったそうだ。
死因は栄養失調による衰弱死。
シスターアンジェラと同じく、
長い間自分の生活費を子供たちの養育費に充当していたのだとか。
シスターの死とともに、教会の孤児院は閉鎖となり、
今ではその教会も無くなったのだとか。
冒険者として名を馳せるようになった頃、
恩返しできる孤児院もシスターもいない。
そんな中、シスターアンジェラとの出会いが、
ナータン・クライムの救いになったのは、
女神様の導きなのだろう。
冒険者の現役時代も、
収入の多くを教会の献金にあててきたナータン・クライム。
冒険者は将来の為に蓄財しているものなのだが、
彼はそれをすべて献金に充ててきた。
風の守り手が解散となり、冒険者稼業も引退となった今、
ナータン・クライムに残ったのは、この立派すぎるカラダだけ。
肉体労働の提供くらいしか返せるものは残っていなかった。
「ナータンさん、残されたのはこのカラダだけだって、奴隷商に自分を売りに行ったんですよ」
「・・・はい?」
「そのお金で教会に献金しようとしたんです。受け取れるわけないじゃないですか!!その日のうちにナータンさんを買い戻してきました」
「・・・よく買い戻せましたね。売値の倍以上買戻し費用かかったんじゃないですか」
「そこは私が誠心誠意おねがいしましたから。ふふっ」
それ以上シスターは語ることはなかったのだが、
怖いもの見たさで思わず能力を発動してしまう。
「女神様がお怒りです。売値で買戻しできない場合は、末代まで地獄行です。あなたは女神様を信じますかぁ!?いまならこの霊験あらたかな女神様印の壺をお付けしますよぉ!!」
・・・なるほど、シスターの本気度は凄まじかった。
「しかし、ナータンさん。なんでこんな事しちゃったんですか?」
「・・・自分、不器用ですから」
はぁ。
不器用にも程があるだろう。
かといって、冒険者稼業が出来ないとすれば、
彼の安定収入は見込めない。
寄付が出来なければ、また何か仕出かすのは想像に難くない。
・・・それにシスターアンジェラの泣き顔は見たくない。
どうせなら修道服の中身をじっくり見てみたい。
「じゃあ、ナータンさん。ウチで働くのはどうですか?夜の仕事になりますけど、今なら3食賄まい付の無料の寮まで提供できます」
「・・・働く?」
「給料は固定給でこのくらい。生活費が浮いた分、孤児院にも貢献できるんじゃないですかね。もちろん日中は自由行動ですし、安息日は完全自由ですよ」
提示した金額はℂ級冒険者の収入と同程度。
酒場の従業員とすれば破格の値段だが、
ナータン・クライムは元A級冒険者。
用心棒を雇ったと考えれば、高すぎるってことはない。
こうして酒場月に吠えるに、
大柄で不器用者の従業員が誕生する事になった。




