DQN
「・・・はぁ」
飲食店の開店前、
朝食用に仕込んでいた食材を並べていると、
アリサが大きなため息をついた。
学校に通うようになったチロルに代り、
副店長見習いでアリサが飲食店の開店を取り仕切っている。
見た目はヤンキーJK風で少し頼りないが、
ウチの常連客からの評判はすこぶる良い。
ファンになったご新規さんもいるらしい。
中身は100歳の●●(ピピー)ぁなんだけどな。
「どうした、ため息なんかついて」
いつもは五月蠅くあの客はどーのこーのと、
ぴーちくぱーちくとしゃべり続けるアリサが、
頬杖をつきながら憂鬱そうにしている。
「またあの客が来るのかと思うと気が滅入るの・・・」
「そんなに手におえないような客いたっけ?」
ウチの常連は温厚な人たちが多い。
中にはコーヒーを飲んでいる動作以外は動いていないんじゃないかと思う客もいる。
「ハシビロコウ」と呼んでいるドワーフの爺さんの事だ。
「なんかさぁ、2日前の昼過ぎからきてる客なんだけどね・・・」
「ガラの悪い連中なら、最近知り合いになったマフィアの爺さんに頼んでみようか」
「いや、そんな連中じゃないの。それに少し腕に覚えのある程度じゃ、私に敵う訳ないよ」
「それもそうか。そんなアリサが手を焼く連中ってどんな客だよ」
「うーん・・・。容姿はそうね、絵画的な人物だったかな。とにかくそいつらが来店している時間だけでいいの。レイが店番かわってくれないかしら?」
「ええっ、しょうがないな」
俺だって夜の営業の手前、
寝れる時間には睡眠を取っておきたいが、
カスタマーハラスメント対策は経営者の職責。
それにアリサを困らせている客には、
ちょっとどころかかなり興味がある。
「来た来た、あいつらよ」
その迷惑な客が昼下がりの飲食店にやって来た。
「なっ、なんだアイツら」
「絵画的なのは納得した?」
「本当に絵画の世界から抜け出してきたって感じだ・・・」
印象派の柔らかいタッチで描かれた淑女であれば、
いつだって大歓迎。
だか、店にあらわれたのは、
ピカソと岸田劉生と岡本太郎の世界から飛び出して来た様な怪獣・・・もとい、
高貴な衣装を纏ったうら若きご令嬢たちだった。
「あいかわらず客がいないチンケな店よねぇ」
「そうそう、けれど私たちのお話が気兼ねなく出来るって事を考えれば、少しの間くらい我慢しなくちゃ」
「そこの給仕、いつものを3つ頂けるかしら?」
来店3回目にして「いつもの」と言われる筋合いはないが、
こいつらから漂う危険な香り。間違いない。
迷惑客が現れた!
「うぇぇぇ。もうダメ。フラッシュバックしてきたから休憩するね」
「おいおい、いつものってこれまでは何を注文してたんだ?」
「えーと、初日はカフェラテとドーナツ。次の日はミルクティーとスコーンかな」
・・・まったく統一性が無い。
「昨日までの情報だと、あの人たち貴族のご令嬢みたいよ。散々平民の事を見下しているから」
「はぁ?うちのような店は貴族の令嬢がゆっくりお茶を嗜むような店じゃないだろう」
「そんなこと言っても、選ぶのは客の方だし、店は客を選べないし」
「うっ・・・」
「なんか学校の卒業生が通ってる結婚養成所みたいなところあるでしょ」
「ああ、貴族や大商人の子息が集う文壇社交場の事か」
「そこでランチを食べてお開きになった後にここ来てるみたい」
ここで先日参加した商業ギルドの寄合の事を思い出した。
最近、多くの飲食店から出入り禁止を言い渡されている、
いい所の令嬢がいるとかなんとか・・・
ウチのような店には関係が無いと、
話半分に聞いていたから、
客の素性ははっきりと思い出せない。
「いらっしゃいませ。本日ご注文はいかがいたしますか?」
仕方がないので、営業スマイル全開で接客をする。
こちらとしても永年接客を生業としているのだ。
プロの技というものをアリサに見せつけてやる。
「なにこのオジサン。ちょっとキモいんですけどぉ」
「ホントやぁーねぇ。せめて昨日のメンヘラ女程度ならぁ許容なんだけどぉ」
「なにそれ、超ぉうけるぅぅぅぅ♪」
殴りたい。
思いっ切り殴りたい。
いやまて、これでも俺は接客のプロ。
いかに失礼な輩だとしても相手は高貴な家の令嬢である。
ここはぐっと堪えるしかないのだ。
「じゃあワタクシはワインをぉ」
「いーねぇ。それじゃワタクシはキールロワイヤルねぇ」
「きゃははははっ、昼間から酒なのぉ、超ぉうけるぅぅぅ。ワタクシはシードルぅ」
「おっ、お嬢様方、アルコールは6時以降じゃないと法に触れます」
「なにこのキモ男ぉ、本気にしてんじゃないわよぉ、ムカつくぅ!」
蹴飛ばしたい。
赤い月まで蹴り飛ばしたい。
理性を越えて右足を振り上げる直前だった。
【貴族の令嬢に暴行は死罪よ】
アリサが魔法通信で待ったをかける。
あっ、危なかった。
蹴り飛ばす直前で正気に返る。
【じゃ、ワタシは女子寮でお風呂入って休憩してくるねぇ】
しまった。
アリサという防御線を失う事になった。
「じゃ、ココアでいい」
「えっー。それじゃ私もぉ」
「しょうがないなぁ。私もそれでぇ」
「・・・かしこまりました」
飲食店は基本セルフサービスだ。
カウンターで注文してそこで受け取り好きな席に座る。
アリサの話だと、いつまでたってもカウンターに注文はせず、
挙句の果てに注文も取にこない酷い店だと暴れるのだとか。
なるほど、アリサがコイツらを嫌がる気持ちが、
いまなら凄く理解できる。
憂鬱な思いに溺れそうになりながらも、
なんとかココアをカップに注ぐ。
すると、怪獣たちの甲高い声が、否応なしに耳に入って来る。
「それでさぁ、先月のサロンで私に激しく言い寄ってきた男の事なんだけどさぁ」
そう言うのは、目鼻立ちが際立って美しいご令嬢。
ただ残念なのが、そのパーツの配置がいまひとつ微妙なのだ。
福笑いというか、ピカソのドラ・マールの肖像に似ている。
コイツの事は「ドラ・マール」と呼ぼう。
「ああ、確か騎士爵の三男だっけ?身の程知らずもいい所よねぇ」
そう言うのは、これも目鼻立ちは美しく美肌の持ち主だが、
全体的に中央に寄っているというか、一極集中している。
岡本太郎の太陽の塔に似ているだろうか。
コイツの事は「太陽の塔」と呼ぶ。
「私たちに声をかけるのは、最低でも子爵以上か年商1億金貨を超える大商人の子息じゃないとねぇ」
そういうのは、この世界では珍しい黒髪の令嬢だ。
肌の色も日本人によく似ているし、
何より目が一重で和風な感じだ。
岸田劉生の麗子像にそっくりである。
コイツのことは「レイコ」と呼ぶ。
「デートして欲しいって感じのラブレターがぁ、毎日送って来るからぁ、仕方なく誘いに乗っちゃったのよねぇ。そしたらぁ、約束の日に迎えの馬車が来たんだけどぉ、乗ろうとしたら、中に両親まで
乗ってんのぉ。デートに両親同伴ってどういうことぉ。って速攻振ってやったわ」
ドラ・マールが雄弁に語り出す。
「うわぁ、最悪ぅ」
「それはダメ男よぉ。毒親の顔が見たいってもんだわ。あっ、もう見ちゃったのかぁ。うっかりぃ♪」
「私ぃ、付き合った男が1ヵ月以内はノーカンってルールだからぁ、ノープロなんだけどねぇ」
「「 そーよねぇ 」」
ドラ・マールをデートに誘った男の事を、
俺は生涯「勇者」と称えよう。
「私なんてもっと最低な事があったわぁ」
続いて太陽の塔が吠え始めた。
「●●子爵の息子で、そこそこのイケメンでさぁ。あまりにもお誘いがしつこいからぁ、食事に行く約束しちゃったのよねぇ」
「あら、子爵家の子息でイケメンなんてどこか問題あるのかしら」
「ホントぁ、なかなかの優良物件じゃないのぉ?」
「私もそう思っちゃったのよねぇ。なんでこんなにいい人が売れ残ってんだろうってさぁ。でもよくよく聞けばぁ、その人って子爵の十二男なんだってぇ。他に弟と姉と妹がいてぇ、兄弟姉妹で二十二人だってぇ。それじゃ、相続する財産なんてロクにある訳ないじゃん。とどのつまり、いわく付きの事故物件って訳じゃない。やっぱ顔と財産のバランスは最低限必要だよねぇ」
「「 そーよねぇ 」」
子供を22人という子爵には脱帽だが、
太陽の塔に挑もうとした息子は、
さらに大物になるだろう。
末恐ろしすぎる。
「ふふっ、私もカミングアウトしちゃおうかなぁ♪」
不気味な・・・もとい、
そんな不敵な笑みを浮かべたのはレイコだ。
「前に告られたって話した●●男爵家の四男の事覚えてるぅ?」
「そこそこのイケメンだけど、貧乏男爵で領地なしの事でしょおぉぉ」
「爵位の継承権も絶望的で眼中にないって言ってたじゃないぃぃ」
「なんだけどさぁ、顔は結構好みだったのよぉ。だから私つい一晩許しちっゃたのよねぇぇぇ♪」
「「 おっとなぁぁぁぁ♪♪ 」」
今すぐ男爵四男の住所を教えてくれ。
香典を持って線香をあげに行く。
「でもぉ、私ぃ、ゴールの無い恋愛なんて興味ないのよねぇ。けれど、そいつ結構ヤバい奴でさぁ。なりふり構わず私と結婚しようって付きまとってくんのよぉ」
「貧乏貴族の四男の分際でしんじられなぁーい!」
「そうそう、はっきりとあなたと私は相応しくないってわからせてあげなさいな」
「ああ、やっぱり私って罪な女よねぇ♪」
「「 どんだけぇぇぇぇ!!! 」」
店内に爆音が響き渡ると、
日中店の外に出してあるテラス席の客が、
ひとり、またひとりと席を立つ。
ついに迷惑客以外店にだれもいなくなった。
・・・動かないハシビロコウはいるが。
これでは堪ったものじゃない。
営業妨害も甚だしい。
ただ相手は貴族のご令嬢。
どうやって注意すればいいのだろう。
飲食店ではお目にかかる事の無い客に、
さすがの俺も戸惑いは隠せない。
ずずーーーーーんんん。
突然鳴り響く重低音の地響き。
なにが起こっているのか理解できないでいると、
店の片隅から凄まじい音量の怒声が響く。
「五月蠅いこの雌ブタどもぉ。おとなしくしてればい言いたい放題下品なことをほざきやがってぇ。さっぱり眠れんじゃないかぁ!ワシから睡眠を奪うなぁぁぁぁぁぁ!!!」
それは目の前に落ちた激しい落雷のようだった。
「「「 ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!! 」」」
その音量に驚いた貴族の令嬢たちは、
我先にと店を転がる様に出ていくのだった。
「・・・あっ、お代を」
とてつもない大声をはなったのは、
普段微動だにしない「ハシビロコウ」こと、
ドワーフのエッポ爺さんだった。
普段大人しい奴ほど切れると手が付けられなくなるものだが、
エッポ爺さんは典型的にそういうタイプの人間だったようだ。
本来であれば迷惑令嬢たち無銭飲食で訴えたいところだが、
これに懲りて店にあらわれなないのなら、
餞別と考えれば安いもの。
もう二度と迷惑客が来ないように祈るばかりである。




