ゴットファザー
昨夜から冷たい雨が降り続けている。
冬将軍の訪れを間近に控えた公都リンデンバーム。
夜半過ぎには雪に変わるかもしれない。
こんな日に飲みに来る客と言うのは、
よほどの酒好きか、飲まざるを得ない理由を持つ者だ。
カランっ。
酒場月に吠えるにドアベルの乾いた音が響く。
そんな寒夜にやってきた客は、見る限り後者であるのは間違いなかった。
そう確信できる禍々しいオーラを纏っている。
恰幅の良い体躯にダークシャツとダークスーツ。
深々と被るボルサリーノ帽と真っ赤なネクタイ。
そして頬には大きな古傷。
まるで禁酒法時代のマフィアを彷彿させるような風貌である。
リーネとチロルが通う学校の制服は、
日本の女子高生が着ている様なセーラー服だ。
この客のマフィアのようなスタイルといい、
この世界の美的デザインは地球のそれと似ている。
アリサのような召喚者から影響を受けているのは間違いない。
他にも多くの楽器や音楽といった地球との共通点は多く、
この世界における文化的な影響は思った以上に根が深い。
何も語らずカウンター席に座った怪しげな客。
「貴賤を問わず」飲みたい客に酒を提供するというのが、
この店のモットーだ。
まぁ、爺ちゃんが口癖のようにいっていた事を、
そのまま承継しているだけなのだが、
それを少し後悔してしまいそうになる。
(これは相当人を殺してきたヤツの気配だ・・・)
今更入店お断りを言いだせる度胸もなく、
すっと一呼吸深呼吸してやることはただ一つ。
「ご注文はいかがですか?」
初めての客にはメニューを渡す事があるが、
この店は大抵が酒の種類でオーダーする。
「・・・気分が晴れる酒を」
飲まざるを得ない理由を持つ客は、
こういった抽象的な注文が多い。
(さて、何を出せばよいやら・・・)
冷蔵庫から、1本のボトルを取り出す。
京都の酒蔵である木下酒造の玉川アイスブレーカー。
変わったネーミングだが、本格的な純米吟醸無濾過生原酒だ。
アルコール度数19度と、日本酒としては極めて高い。
この酒は氷を入れてロックで飲んだり、
果汁と割ったりしても美味しく飲める。
「お待たせ致しました。サムライロックです」
薄造りのグラスに酒とライム果汁を3対1の割合でステイ。
大き目の氷を入れればサムライロックの完成だ。
日本酒独特の吟醸香がまろやかとなり、
初めて日本酒を嗜む人にも親しみやすく、
果汁で割っても弱い酒ではない。
「ふぅぅ、初めて飲んだが悪くない。いや、今までで一番旨い酒かも知れん・・・」
そういう割に旨いという感情が一切浮かばれてはいない。
よほど心に傷を負っているのか、悩みが深いのか。
今夜は長期戦になりそうだなと、雨脚の強まる窓にそっと目を配る。
(・・・3、いや4人か)
この客が酒場に入ると同時に、
店の周りがどうも騒がしい。
もっとも雨音で人が蠢くような音が聞こえる訳じゃない。
普通の人間ではない気配が騒がしい。
チロルが厨房からこちらと外の気配を探っていようだが、
警戒していものの、排除しようとしないところを察すに、
外の連中に、明確な敵意は無いらしい。
敵というより、この客の護衛なのかもしれないが、
この客が何者か分からない以上、警戒しておいて損は無い。
「もう一杯もらおうか。それとこの酒に合う肴を」
「かしこまりました」
神に白いものが混じっていところをみと、
齢は50代後半といったところか。
まさかこれだけの手練れを連れて、
ふらっと飲みに来ているとは思えない。
「こちらはホタテとアワビ、そしてムール貝の燻製です」
「・・・ほう、この街で貝とは珍しい」
冷凍食品をチンするのでも良かったのだが、
今はこの得体の知れない男から目が離せない。
俺の晩酌用にとっておいた高級缶詰を泣く泣くパッカンする。
公都リンデンバーグは海から内陸に50キロほどの距離がある。
物流と保存技術の確立されていないこの世界では、
内陸部に海産物と言えば塩漬けか乾物が定番であり、
川魚といっても生食する習慣は無い。
「ふぅ、この店の酒はいい。いつ来ても俺の心を癒してくれる。ところでマスター・・・いや、トミーの叔父貴は居ないようだが」
「祖父のお知り合いでしたか。生憎祖父は不在でして・・・」
1年前から行方不明というのは控えた方がよさそうだ。
「するとあんたはトミーさんのお孫さんか」
「はい、今は祖父に代り店長を任されておりますレイと申します」
「ふむ、レイ君か・・・」
空になったグラスがカランと渇いた音を立て、
そのタイミングで新たなグラスをそっと差し出す。
オーダーを受けた訳じゃないが、
断られても店からのサービスだといえば大抵の客は受け入れる。
まして爺ちゃんの知り合いだと言われれば、
なにかしらのサービスは必要だろう。
「・・・孫、そう孫とは可愛いものだ。我が子以上に愛おしくてたまらない」
子供より孫が愛おしいという話はよく聞く事だ。
爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた俺にとっても他人事ではない。
だが、この強面の客は、
愛おしい存在に思いを馳せている訳じゃない。。
物悲しいというか、怒りに満ちているというか。
なにやらマイナスのオーラを滲ませている。
こんな時こそ俺の能力が効果を発揮するのだが、
能力は並行して発動する事が出来ない。
何者か不明である客が、店の周りに屈強な護衛を引き連れているとなれば、
こちらもうかつに無防備となる事は出来ない。
「そういやまだ名乗っていなかったな。俺の名はアレンドラ・カリッサーノ。しがないマフィアの頭目をやっていてね」
「・・・・!!」
カリッサーノ・ファミリーと言えば、
公都どころか、フォルクバルツ王国でも指折りのマフィアだ。
確か港湾都市カンパローネに拠点があるとは聞いていたが、
今までマフィアとは何の関わり合いが無かったので、正直興味が無かった。
これはあれか。ショバ代とかみかじめ料的な請求に来ているのだろうか。
爺ちゃんから、この店はそんなものは知らったことが無いって聞いていたが、
実際確認したわけじゃない。
俺に心配させまいと、爺ちゃんが黙っていたのかもしれない。
しまった。なぜいままでそういう可能性を探らなかったのだろう。
後悔先に立たずとは、まさにこう言う場面の事だ。
「俺には子供が10人いてね。孫は22人もいる」
「・・・そっ、それは大家族ですね。羨ましい限りです」
「ふふっ、ありがとよ。俺が自慢したいのは子供や孫の数じゃねぇ。10人の子供は全て俺の愛妻から生まれてるって事だ」
「それは同じ女性ってことですか?」
「おうよ。俺は仁義ってもんを重んじる男よ。ちゃらちゃらと女を囲う男なんざ命も玉も取りたくなる」
「・・・でっ、ですよねぇ」
最近月に吠えるが女子寮化しているが、
少女2人とロリババぁ1名を囲っているとは口が裂けても言えない。
(・・・んっ、4、5、いや6人増えやがった)
外に潜んでいるヤツらが増えている。
いずれも相当の手練れのようだ。
厨房に控えているチロルが、
得物を手に持ち始めた。
カランっ。
激しく振り続ける雨の中、
この日二人目の客がやってきた。
「遅くなったな、カリッサーノ」
やって来たのは、どうみてもかたぎとは思えない風体の男だった。
これまた典型的なマフィアスタイル。
違いと言えば、ネクタイの色が明るいか暗いか程度だ。
若干だがこちらの客の方が顔の傷が多い。
「おう、ドラーギの。手間を掛けさせてすまなかったな」
「なに、けじめをつけるのは当然の事だ・・・」
この客の名はドラーギと言うらしい。
確か王国の3大マフィアの名にドラーギ一家というのがあると聞いたことがある。
「レイくん。コイツにも同じものを」
「はい、承知いたしました」
おそるおそるサムライロックのグラスを差し出すと、
ドラーギと名乗る客が、カウンターに黒い包みをドンと置く。
「すべてカリッサーノの言う通りだった。これはそのけじめの品だ・・・」
黑い包みを見ると、アレンドラ・カリッサーノは、
「ふんっ」と鼻で息をするように吐き捨てる。
「いいだろう。だが忘れるな。次は容赦しねぇ・・・」
「・・・わかっているさ兄弟」
そう言うと、サムライロックのグラスを一気に飲み干した。
「旨い酒だった。それじゃ、達者でな。アレンドラ」
「おう、お前もな。レオン・・・」
カウンターには金貨3枚が置かれている。
サムライロック1杯としては対価としては高すぎる。
「いいんだ、迷惑料として取っておきな」
「・・・はぁ」
と俺が困惑しているのを不憫と思ったのか、
アレンドラ・カリッサーノは事の顛末を教えてくれた。
なんでも孫娘のひとりが、交際している彼氏に妊娠した事を告げると、
「お前とは本気じゃなかった」と姿を消したらしい。
それがドラーギ一家に連なる者だったとか。
カリッサーノ・ファミリーが全面戦争といきり立っている所で、
両マフィアのトップ同士が落とし前を付けたとの事だった。
「そういう場合、どちらの勢力にも加担していない中立的な場所が最適でな。トミー叔父貴のこの店がそういった交渉場所として最適なんだわ。がはははははっ!」
そう豪快に笑うマフィアの首領。
「ちなみにその中身を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん、これか?」
ガラス瓶の中には、
ホルマリン漬けにされた楕円形の物体と、
小指1本に目玉がひとつ・・・
「・・・その楕円形のものって」
「だから、タマよ。キ●(ピー)タマ。これで悪さも出来ねぇって事だな。簡単に殺しちまったら楽になっちまうだろうが。がはははははっ!」
女性には誠実でなければいけない。
当然な事を改めて心に刻み込む、
一際寒い雨が降り続ける夜だった。
チロル、なんかゴメン。
俺のは盗らないでくれ・・・




