マンゴージュース
被害者と思われていたギルダー商会。
その実情は魔族の巣窟となっており、
一連の行方不明事件のほとんどが、
ギルダー商会の関係者によって企てられた事が判明した。
商会長邸宅の騒動では、
ライムバッハ公爵家直属の騎士団と、
冒険者ギルドの一団により、
屋敷の私兵と関係者はそのほとんどが捕縛された。
そしてギルダー商会の商会長ゲラルト・ギルダーは、
地下牢から変わり果てた姿で発見された。
彼の妻、執事などの関係者20数名が犠牲となっていた。
商会長邸宅で捕縛されたのは、私兵数十名と使用人が12名。
俺が最上階に行き着く前に、ほぼ全員を気絶させていたので、
あっさりお縄になったらしい。
ちなみに分隊長はチロルが睡眠魔法で眠らせている。
こいつらは、魔族によって精神支配を受けているらしく、
ダンタリオンの命令に忠実に従っていたとの事だ。
低級悪魔を憑依させる事で精神支配する事は、
この世界では最も禁忌とされている行為だ。
悪魔祓いをしたところ、全員がまともな状態に戻ったようだが、
その間の記憶は一切残ってはいないのだとか。
この大捕り物は公都中を瞬く間に広がった。
一連の失踪事件が商会関連施設を使用されていた事もあり、
ギルダー商会には解散命令が出るらしい。
公都を本店として、王国のすべてに支店をもつ大商会。
いったい何人の罪なき人々が被害をうけることになるのか。
まぁ、死人に口なし。
商会長が魔族とどのような関係があったのか不明であるが、
何事にも終息させる為には、明確な敵役が必要なのだろう。
それに関しては俺が口を挟む事じゃない。
これは後日判明する事になるのだが、
アランの旦那は商会長邸とは別のにある、
ギルダー商会本店の地下牢で保護された。
発見されたときは虫の息だったらしいが、
なんとか一命を取り留める事が出来た。
けれど、肉体的にも精神的にも大きなダメージを負っており、
冒険者としての復帰は絶望的らしい。
そして、最上階にいた2人と魔族が1・・・人じゃないか。
匹でもない・・・ええい。面倒だから3人とする。
エルフのクラリッサは驚くべき理由で少女化していた。
その原因となったのが、もう一人の少女アンネリーネだ。
クラリッサが少女化した原因は、
アンネリーネがもつ固定能力だった。
「・・・で、他人の魔力を吸い取って第三者に譲渡できる。それがキミの能力でいいのか?」
「はい、複雑な条件が合えばですが、固定能力を吸い取る事も出来ます」
俺の能力もあんまりだと思うが、
アンネリーネの能力は度を越して凄かった。
商会長の屋敷に騎士団が突入した時、
話の途中だった俺達は、
爺ちゃん秘蔵の帰還魔法が発動する魔石を使用して、
酒場月に吠えるに帰還したという事だ。
先に帰還したチロルがそこにいなったが、
きっとチロルがギルドにこの事を通報しに行っていたのだろう。
行方不明者3名を抱えていれば、
一刻を争う事態という事は理解できたはずだ。
「という事は、クラリッサさんは魔力を吸い取られてその姿に?」
「ええ、まさかカラダが小さくなるなんて思ってもみなかったわ・・・」
それより、あのけしからん戦闘力が消失した事の衝撃が大きい。
このやるせない気持ちをどこにぶつけ様かと思いを巡らすが、
彼女たちが座っているのはカウンター席。
そしてここは酒場月に吠える。
とりあえず、未成年のアンネリーネにはマンゴーネクター。
未成年に見えるクラリッサにも・・・
「あら、私はワインがいいわ」
「見た目は未成年なんですけど。ウチは未成年に酒は出しませんよ」
「こうみえても私、今年で120歳よ」
・・・死んだ婆ちゃんより年上だった。
クラリッサの見た目問題もされことながら、
もうひとつの問題、いや大問題がこの女だ。
「んで、あんたは何者なんだ?」
「ん?ああ、私の事かしら」
山羊の様な角に青白い肌。
そして、けしからん戦闘力・・・
ズズっ。
ストローを刺したグラスの、
マンゴーネクターを啜る。
「へぇ。マンゴーのジュースね。久しぶりに飲んだけど、すっかり忘れていた味だわ」
久しぶりの味・・・?
前にもマンゴーネクターを飲んだことがあるのか。
いや、マンゴーそのものを食べた事があるのかもしれない。
この国でマンゴーを売っている事は見たことがなかったけど。
まさか、以前もこの店に来たことがあるのだろうか。
俺の記憶はないが、爺ちゃんの時代の事かもしれない。
一度見たら忘れる事の無い戦闘力だからな。
爺ちゃんも地球の食材をこちらの住民に提供する場合は、
相当慎重になっていたはず。
まして魔族の女などに飲食を提供するだろうか。
「私の話を疑っているのかしら?」
「このジュースはうちの店オリジナルだからな。これを飲んだことあるっていうのか?」
「うーん、この店に来たのは今日が初めてだけど」
そして女魔族はここで衝撃的な事を口にした。
『そんなに慌てないで。まずは自己紹介というところかしら。私の名前は須崎アリスザキサ。あなたと同じ日本人よ』
突然日本語でそう話しかけてきた。
日本のどこに角を生やした魔族がいるのか。
つっこみどころは満載だが、
少なくと俺の故郷が「日本」である事を第三者に話したことはない。
日本語は、爺ちゃんとの会話でさえこちらの世界では控えていた。
俺はその女魔族の完璧な日本語に戸惑いを隠せない。
『もうこの世界に来て何年になるかな。50年くらい経過してからは、まともに数えてはいないのだけど』
『どうやってこの世界に来た?』
『・・・どうやってって。召喚されたに決まってるじゃない』
『召喚だって?いったい誰に召喚されたんだ』
『・・・・』
ずずずっ。
ストローから発するノイズがグラスの底に、
ジュースが残っていない事を教えてくれる。
突然はじまった日本語での会話に、
アンネリーネとクラリッサは狐につままれたような顔をしてている。
『・・・まさかあなた、日本とこの世界を行き来しているの!?』
この女魔族からもたらされた予想外の情報に、
日本とこの世界が繋がっているという可能性を与えてしまった。
もちろんこの女魔族が本当に日本人だというのなら、
出来る限りの協力は惜しまない。
見た目は完全に魔族であるってことは、
そうなってしまった理由があるのだろう。
理由の裏に元の姿に戻す秘密が隠されているかもしれない。
だが、日本人からやってきた召喚者の記憶を奪っているという可能性もある。
アンネリーネがそうだったように、
魔力を吸い取ったり与えたりする能力があるなら、
記憶や容姿などを対象とした類似する能力がないとも限らない。
『・・・まぁ、言いたくないなら言わなくていいけど』
『随分聞き分けがいいな』
『まあね。私は見た目はこんなになってしまったけど、戦闘能力はからっきなの。だから強い者に従ったという訳ね』
『それはダンダリオンの事か?』
『・・・さてどうかしら』
嘘を言っている気配はない。
だが、正直に話してもいない。
バーテンダーをやっていると真実なのか嘘なのか。
その話がどの程度盛られているのか、
どの部分が本当なのかがよくわかるようになる。
特にカウンター越しの客さの会話では外れたことが無い。
これもバーテンダーの固定能力なのかもしれない。
「あっ、もう少しで皆を驚かせると思うので、先に一言謝っておく。驚かせて悪い」
ギンっ・・・・!!
甲高い金属音とともに、
無数の火花が飛び散っていく。
そして、女魔族の耳元を穿つ刺突剣。
剣先は俺のマドラーで軌道を変えられた。
「・・・店で勝手なことはするなと言ってるだろう、チロル」
「主の敵は殺す・・・」
突如現れたチロル。
商会長邸宅の後始末は、
もう少し時間がかかると思っていたが、
予想より随分早い帰りだったな。
優秀すぎる従業員にも困ったものだ。




