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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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最終定理

「・・・ん?」


思わず声を上げてしまった俺の口を、

チロルが慌てて両手で塞ぐ。


分隊長と呼ばれた男と、

茶髪の下っ端もなにやら違和感を感じたようだが、

部屋の中をキョロキョロ見渡すだけで、

それ以上の詮索を行わなかった。

それだけ俺と分隊長の心の叫びがシンクロしてたって事だな。


「あのエルフは魔力が高い。ダンダリオン様から保護を命じられているのを忘れてはおるまいな」

「それはそうですが、別に減るモノでもないですから・・・」


ジロリ分隊長に睨まれると、

茶髪の下っ端は奥の部屋にすごすごと去っていく。

俺達もコイツに付いて部屋を出る事にする。

分隊長は、なかなかの強者(つわもの)の様だ。

戦闘能力だけでいえば、冒険者Aランク相当の実力はあるだろう。

とりあえず、高レベルの兵士たちに、

俺達の合体技が効果がある事を証明できたのだ。

ホッと胸を撫で下ろす。


背中と密着しているチロルの戦闘力(バスト)は、

ほとんど抵抗なく撫でおろせる。


「・・・なんかムカつく」

「なっ、なにをおっしゃるチロルさん・・・」


流石に尻にアイスピックを刺すような事はなかったが、

密着しているせいなのか、俺の良からぬ思考が漏れ伝わったのだろうか。


しかし、この屋敷は複雑怪奇な構造をしている。

まぁ、私兵の詰め所のような所から侵入したのだ。

公都でも有数の商会長の屋敷なのだが、

殺風景な通路に用途不明な小部屋が多い。

貴族の屋敷など、使用人たちは主(あるじ)に姿を見せなくてもいいように、

廊下や階段が分かれていると聞いたことがある。

ここはメイドや奉公人、私兵などの裏方が使用している居住区なのかもしれない。

至る所に張り巡らされた魔力結界に邪魔され、

広範囲の探索魔法が使用できないゆえに、

あくまでも推測でしかないのだけれど。


だが建物の上層階より地下の方が魔力結界が強い事がわかる。

それだけ見られたくないモノがあるという事か。

とはいっても、元々俺はこの手の魔法は不得意であり、

索敵は潜入後は、チロルに任せきりといった状態なのだが・・・


「・・・主(マスター)、ここの部屋に入って」


耳元でチロルが小さく呟く。

中に人がいる気配は感じられないし、

他の扉と変わりばえが無いように見える。

索敵が不得手な俺でも、これだけの至近距離なら、

扉の向こうに人がいるか否かくらいは理解出来る。

気配はないものの、ドアはそっと開けてみる。


「下り階段か・・・」


階下からは人の気配がするが、

同時になんとも言えない臭いも漂ってくる。。

私兵の話しぶりから、

ダンダリオンが討伐された事は、連中は把握していない様子だ。

つまり、ダンダリオンは毎日この屋敷に居なかったという事だ。

理由はわからないが、生かしておけとの指示は僥倖だった。

ここにエロフが囚われているのは間違いない。


エロフ・・・もとい【エロフ=エロいエルフ=クラリッサ】


この完璧な方程式にあてはめれば、

風の護り手はこの屋敷のどこかに囚われている可能性が高い。

これを「エロフの最終定理」と名付けよう。


階段を降りると数名の私兵はいるのだが、

誰も合体中の俺達に気が付くヤツはいない。


(主(マスター)、あの扉の向こう・・・)


チロルがひとつの扉を指さした。

その扉の前に2名の歩哨が立っている。

同じような扉ばかりなのに、

その扉だけっていうのが間抜けに見える。

これじゃ、ここに視られたくない者がいますと言わんばかりだ。

「押すなよ、押すなよ」と幻聴が聞こえてくる。


「・・・衝撃(インパクト)」


突然全身に魔力の衝撃が加われば、

大抵のヤツは気絶する。

それが目にも見えない、気配も察知されない侵入者からの不意打ちだ。

梅ぎ声も発せず、歩哨の2人は立ったまま気絶する。

これは攻撃魔法じゃない。

普段は堅いステーキ肉を叩く時に便利な、

生活魔法として使用している。

爺ちゃんから「決して人に使うな」と教えられていた。

という事は、人に対してかなり有効なのだろうと、

初めて人に使用してみたが、効果覿面だったようだ。

我ながら思いつきに感心してしまう。


扉を開けると、広さ10畳ほどの部屋の奥に鋼鉄製の扉があった。

鍵がかけられているが、歩哨の腰から拝借しているので問題はない。

鍵を開けると、重量感のある扉が、ギギギっと鈍い音とともに開く。


(うっ・・・!)


鼻が曲がるほどの強烈な悪臭。

チロルも両手で鼻を抑える。

白狼族のチロルには刺激の強すぎる臭いだ。

これが地下に潜る前漏れていた臭いの元だ。

そう確信できるものだった。

壁紙の無い石造りの廊下は、監獄のそれと似ている。

そして複数ある鉄格子の小部屋。

似ているというより牢獄そのものだ。

どの部屋も薄暗く気味が悪い。

ひときわ異臭を放つ小部屋を覗いてみると、

ボロボロの布の山・・・いや、

これはまさか、人なのか!?


(チロル!)


チロルは俺の背中から勢いよく飛び降りると、

腰のポーチから棒状の工具を使い鉄格子の鍵を開錠する。

職業柄、こういった技術はチロルには敵わない。

あっと言う間に鍵を開けると、

そのボロ布に近づき、その正体を探る。


「・・・大丈夫か!?」


全身あざだらけで、

顔は至る所が晴れ上がっている。

指の爪は全て剥がされ、

酷い拷問を受けているのは明白だった。

逃げられないようにだろうか、

両足の腱が切断されている。


「主(マスター)・・・?」

「酷い状態だが、なんとか生きているってところだな」


このフロアも強い魔法障壁で外部との情報が遮断されているが、

この人物に直接触れれば、認識疎外の魔道具の守備範囲でも、

覗き見(ピーピング)のスキルは作動してくれる。


彼の名は、ナータン・クライム。

風の護り手の盾戦士(タンク)だ。

ウチの店に何度か来たことがあるが、

酒が苦手で、いつもお茶かコーヒーばかり注文していたっけ。

物静かで会話したという記憶はないが、

アランの旦那に匹敵するほどの猛者(もさ)だったはず。


(・・・それがこんなボロボロに)


いったい誰にやられたのか。

彼に宿る魔素から、記憶の澱を呼び覚ます。

他の小部屋からも複数の異臭が漂っている。


「チロル、悪いがこの地下牢にいる連中と、先に戻っててくれるか?」

「主(マスター)は?」


「探し物の本命は、最上階にいるらしい。情報収集のつもりだったが、ちょっと一言物申してくる」

「・・・アタシもいく」

「なーに、心配すんな。手間がかかりそうならすぐ逃げるから」

「アタシもいく!!」


イクときは一緒。


いくらチロルにそう願われても、

もう5年、いや最低10年後に言われてみたかった。


「・・・チロル、これは命令だ」

「・・・・」


チロルは俺を主(マスター)と呼ぶが、

別に主人と奴隷という関係ではない。

雇用主と従業員という立場ではあるが、

俺はチロルとの関係は対等な立場だと思っている。

一緒に生活して1年ちょっとなのだが、

もう随分前からチロルとともに生きていたような気がする。

そんなチロルに「命令」という言葉は使いたくは無かったが、

今回ばかりは強き者に付き従う白狼族の特性を利用させてもらった。


まぁ、俺は強き者だとは思ってはいないが、

目の前の惨劇を作り上げた連中に比べれば、

少しだけ強いという自負はある。

この牢獄フロアで生存者は3名。

それ以外のものは複数名いるようだが、

まずは生存者の救出が最優先だ。

入口の歩哨以外、牢獄フロアに商会関係者はいない様だが、

このように凄まじい死臭が充満しているエリアには、

それもそうかと納得してしまう。


「それじゃ、店に帰ったらすぐギルドに連絡を。それとバッケルさんにも迎えを出してくれ」

「・・・うん」


チロルは紅色の魔石を握ると、魔力を込め始める。


「主(マスター)、死んだらぶっ殺す・・・」


「ああ、仕事が終わったらハンバーグで反省会だ」


生存者3名。

といっても、いずれも虫の息。

全員意識を失っており、生きているのが不思議なくらいだ。

ナータン・クライム以外の2名は、

どうやら冒険者のようだが、いずれも別々のチームに所属している。

なぜ彼らがここで囚われていたのかは分からないが、

意識を取り戻せばいずれ分る事だろう。


「・・・転移(トランスポート)」


真っ赤な魔法陣が浮かび上がると、

チロルと3人の冒険者は、

光の粒となり消えていく。

行先は酒場(バー)月に吠える。

爺ちゃん秘蔵の転移魔法が込められた魔石だ。

数に限りがあるので緊急時以外には使いたくない。

たとえば、クラリッサさんを助けたお礼が、

あのけしからんカラダで支払ってくれるという場合を想定してみよう。

対価を受け取り中の部屋(ベット)に、

うっかりチロルが入ってきたときはどうなる。

1999年7の月にやってくるはずだったアンゴルモアの大王が降臨するに等しいだろう。

ここ一番という時に使う予定だったのに、

いったい誰に償いをさせればいいのだろうか。


「・・・さて、この恨みを晴らしに行きますか」





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