潜入
「・・・うぅぅ。いったい何が」
覗き見中に突如記憶を無くすことになった俺。
この便利そうで厄介な能力は、
集中力によって得られる情報の序列が変わる。
チロルは何故か顔を赤くして俺を睨みつけるが、
その理由は「なんとなく」という女の勘か。
「お主、大丈夫か?」
「・・・大丈夫ではないですが、死んではいないようです」
コブは出来たが、出血はしていない。
なんて絶妙な力加減だろう。
封蝋までして他人に見せたくない内容が、
たったこれだけの情報量。
それを深く読み取れるのは俺が適任。
そけは理解出来る。
だが、俺はアランの旦那にも、もちろんクラリッサにも、
固有能力の事は話してはいない。
考えられることは、ギルドマスターかサブマスターが、
それを風の護り手に教えたのか、
クラリッサたちが相手の能力を調べる術を得ていたかだ。
という事は、やはりこちらも調べろって事か。
「やれやれ、ここは探偵事務所じゃないんだけどな」
「たんていじむしょ?」
「お気になさらずバッケルさん。すみませんが今夜はもう店じまいする事になりました。よろしければお詫びとしてズブロッカのニューボトルを差し上げますので、それでご勘弁願いませんか」
「お主、まさか今から出かけるのか?」
「ええ、クラリッサさんのおっぱ●・・・もとい、依頼ですから。直接ギルダー商会に行くしかないでしょう。チロル出かけるぞ」
いつの間にかチロルは黒いローブを着こんでいる。
俺はバーテンダーらしく、黒のジャケットに袖を通す。
「まっ、まってくれ。ワシも一緒に連れて行ってくれ!」
「バッケルさん・・・」
ドワーフらしく太くて逞しい体つきだが、
戦闘能力はさほど高いようには見えない。
この件に魔族が関与している事を考えれば、
とてもじゃないが連れて行く事は難しい。
「ワシにとっても風の護り手は家族の様なもんじゃった。連中になにかあったらワシは・・・」
目に涙を浮かべながら懇願するバッケル。
職人気質で気が難しいとされるドワーフの鍛冶師が、
こんな一面を見せるとは俺にとっても驚きだった。
「幾つか条件があります。まずギルダー商会の核心部分への同行はダメです。その場合見張りに徹してください」
「おお、それでもかまわん」
「それと、決して無茶はしない。俺達が日の出の時刻まで戻らない場合は、冒険者ギルドに連絡すること。これらを守れますか?」
「ふん、ドワーフ氏族の名誉にかけて!」
こうして急遽結成したギルダー商会潜入調査パーティーは、
夜の公都リンデンバームを駆けていく。
「・・・やはりここですかね」
ギルダー商会の店舗や事務所そして倉庫など、
公都に関連施設は十数か所所在しているが、
その中でも商会長私邸は、
他の施設と比べ物にならない程の警備体制が引かれていた。
邸宅を囲む壁添の道には絶えず私兵が巡回しているし、
何重にも施された魔法障壁で中の様子を覗紀見る事が出来ない。
俺の能力はこういう疎外対策には滅法弱い。
「バッケルさんはこれを持って待機してください」
「・・・これは?」
手渡したのは、指輪型の気配を消す魔道具だ。
完全に姿を認識できなくするという訳ではないが、
暗がりでじっとしていれば、Aランクの索敵能力者程度でも、
発見するのは容易ではない。
爺ちゃんの形見の品だ。
といっても、爺ちゃんはまだ死んでないとは思うのだが・・・
「ちょっと恥ずかしいんですけど、俺とチロルはこれから合体しますから」
「合体!この嬢ちゃんとか!?」
「体力と魔力は俺が上ですが、気配を消すという点ではチロルに敵わないですからね。年が年ですので、節操がないと思われるかもしれませんが、まぁ、儀式のようなものです」
「嬢ちゃんの年は幾つなんじゃ!?」
「・・・もう成人している」
(と本人は言ってまずが、実はまだ12歳なんです)
チロルの年齢をそっとバッケルに教える。
「お前さん、それはマズかろう!」
「マズい・・・ですかね」
「成人しているとしても、こんなところでやるもんじゃないわい」
「まぁ、そこで見ていてください。すぐ終わりますので。おいでチロル」
勢いよく俺に飛び掛かるチロル。
「やっ、やめんか!!」
ーーー合体。
「・・・どうしましたバッケルさん?」
俺の背中に飛び乗って来るチロル。
おんぶの状態なら、高速移動も跳躍もチロルの魔素隠蔽で、
視覚的にも魔素的にも誰にも気が付かれる事無く潜入する事が出来る。
「うっ、うむ。それならば問題なし。とっ、ところで、どこから屋敷に侵入するつもりじゃ」
何故か顔を赤らめているバッケル。
ああ、そうか。
おんぶ姿は微笑ましい兄妹のように見えるようだ。
「いや、別に正面からですけど・・・」
「馬鹿を言うな。蟻一匹入る隙は無いぞい」
「まぁ、見ててください。これでも跳躍力は自信があるんですよ。チロル、始めていいぞ」
チロルが魔力を込めると、
バッケンの視界から俺とチロルの姿が消える。
もちろん気配も消してあるから、
この状態の俺達を見つけるのは難しい。
チロルの能力は自分に触れている者は、
魔力隠蔽の能力と同じ効果を得る事が出来る。
手を繋いでも同じ事だが、
このような高い壁をと飛び越えたり、
不意に受けた攻撃を躱すときなど、
おんぶの状態の方が都合がいい。
音を立てない限り発見される事は無いだろう。
まぁ、今回の潜入はあくまでも調査だ。
積極的な戦闘をするつもりは無い。
目的はクラリッサからのメッセージにあった、
「依頼人」に潜む答えを探りに行く事なのだ。
厳重な警備体制にある正門を、
俺はチロルとともにひらりと飛び越える。
白狼族のチロルも高い身体能力があるが、
さすがにここまでの跳躍力は無い。
これが異世界人の恩恵なのだろう。
だから、この屋敷に隠された秘密に触れても、
情報収集のみ集中するという胆力が重要だ。
それがどのような残酷な状況でもだ・・・
(主、1Fに14人。2Fに6人。3Fは・・・2人)
チロルが建物内部の探知結果を囁く。
(1Fは警備兵だけだな。2Fはおそらく半分は人間じゃない)
という事は、本命は3Fのふたりなのだが、
地下にも広い空間がありそうだ。
これは・・・建物内部に侵入しないと詳細な情報が拾えない。
連れ込み宿でよく見かけるのだが、
防音を目的とした魔道具が壁に埋め込まれている。
壁の薄い部屋からの防音効果があるのだが、
男女の営みの音を漏らさないようにといったエチケット道具だ。
これが意外と厄介なもので、
覗き見や探索や能力を阻害する影響が出る。
特にこの屋敷には
そのような魔道具が張り巡らされている。
随分と夜の営み対策は万全のようだ・・・もとい、
侵入者に対しての備えは尋常じゃないようだ。
通用口の扉が開き、巡回中の私兵が出て来る。
中庭の私兵と警備を交代する様子だが、
俺達はすかさず建物内部に侵入する事が出来た。
「いやぁ、ようやく交代かよ。長かったぜ・・・」
俺達が建物の中に入ると同じタイミングで、
交代された私兵の3名が屋敷の中に戻ってきた。
広さ20畳ほどの詰め所で、鉄兜を脱ぎながら、
茶色の髪をした単髪の男が愚痴を溢す。
「ところで分隊長、例の女はどうするんですか?」
分隊長と呼ばれた男は、ジロリと愚痴を溢した男を睨みつける。
「・・・明日の昼までには始末される」
「それじゃ、それまでの間でいいんで、少し味見させてもらえませんか。随分休みを貰えてねえんで色々溜まってるんですよぉ」
何が溜まっているのかと、この男を殴りたい衝動に駆られる。
さすがに分隊長もこの男には辟易している様子だ。
「分隊長だってやってみたいでしょ。あの巨乳エルフのカラダは最高じゃないですかぁ♪」
「「 何ぃ!!! 」」
思わず声をだしてしまったが、
分隊長とハモってしまった・・・




