秘密
「・・・これは」
バッケルと名乗る鍛冶師は、
そっと手紙のようなものを差し出した。
よく見ると「親愛なる月に吠えるへ」と書いてある。
差出人はクラリッサ・ヴォルグ。
「クラリッサさんからの手紙ですか!?」
バッケルはゆっくり頷きながらこう言った。
「銀の護り手が5日たってもワシのところにあらわれんかったら、ここに持って行くようにとクラリッサから預かったものじゃ」
アランの指名手配はバッケルの耳にも届いており、
関係者である自分の身の上にも何か不穏な事がおこるのではと、
恐る恐るここまでやって来たらしい。
職人肌で豪胆な性格が多いドワーフらしからぬ、
繊細な一面が見受けられる・・・
封蝋された手紙には、「依頼人」と一言だけ書かれたメモが1枚。
それと、王都から配達されたと思われる手紙が1枚。
メモが何を意味しているのかは分からなかったが、
手紙の内容は「王都の関係者は何も知らされていない」というものだ。
「手紙の差出人は王都ギルトの職員か。あて先は・・・アラン・マクベウス!」
「何が書いてあったんじゃ?」
封蝋がされていた封書が開けられた様子はない。
このドワーフは、クラリッサの依頼を忠実に遂行したという事なるだろう。
「少し待ってください。手紙の内容からは明確な意図は分かりかねるんですよ」
それでは、なぜこのような断片的な情報を、
わざわざ俺に届けさせたのだろうか。
この街を出かける時、クラリッサと俺は直接顔を合わせている。
その時はクラリッサが得ていた情報が不確定なものだったのだろう。
戻らない場合の保険としてこの手紙をバッケルに託したのだ。
(そのメリットとはなんだ?)
俺に託す一番のの利益。
それは俺だけが持つ能力の事か。
「・・・覗き見か」
この手紙に染み付いた、記憶の澱を呼び覚ます。
デキャンタ―ジュに浮かび上がるのは、
どのような真実なのか・・・
「・・・チロル、悪いが今夜は残業だ。明日の飲食店は休んでいい」
「んっ大丈夫。それで何処に行くの?」
「ギルダー商会の商会長私邸だ」
ギルダー商会の三女アンネリーネ。
いまのところ最後の失踪者であり、
彼女が最終ターゲットだったのではないかというのが一般的な見解だった。
だが、それに疑問を持つ者がいた。
そのひとりがアラン・マクベウス。
アンネリーネが避難先としていた王都のギルダー商会の関連施設を、
アランは冒険者ギルドの伝手を頼って調べていたのだ。
その結果がギルダー商会の王都関係者は「何も知らされていない」という事だった。
いくら急いでいたとしても、ギルダー商会の大商人なら、
王都にある関連施設にアンネリーネが非難する事くらい連絡を入れているだろう。
魔法通信という手段もあれば、魔石通信機といった電話の様な魔道具もある。
まぁ、魔法は巻物があるし、魔道具は高級品だが、
どちらもギルダー商会ならどうって事の無い方法だ。
この街を離れ身を隠すのであれば、
王都にいるギルダー商会関係者全員に周知させることは無くても、
全員にその事実を伏せる事はあり得ない。
つまり、アンネリーネの護衛任務は、
王都まで護衛する事ではなく、
アンネリーネが「この街を出る」事が目的だったという事だ。
この連絡を貰ったアランは、
鬼の様な形相となり、ひとり風の護り手の拠点を飛び出していく。
(・・・手紙の方はこれくらいか)
続いてメモに取り掛かる。
クラリッサ達は拠点に戻らないアランを探していたらしい。
夜の街を駆けまわるクラリッサの姿が浮かぶ。
「酒場月に吠える」には、玄関先で帰ろうとした客に、
アランはいなかったと聞いて店に入らなかったという事か。
夜が更ける頃、風の護り手の拠点に、
白いローブを纏った客がやって来た。
どうやらギルダー商会の使いのようだ。
何か手紙のようなものを手渡すと、
白いローブの使いは拠点を去っていく。
手紙を見て驚きを隠せないクラリッサ達。
アランからの手紙だ。
「明日この場所まで来てくれ」
そんな感じの内容のようだ。
場所は・・・そこまで分からないが、
飲食店で買った食糧を考えれば、
長くても1日か2日という所だ。
一番怪しいのは魔族ダンダリオンが現れた農作業小屋だが、
あの場所に風の護り手が来た残り香は無かった。
まぁ、魔力や魔道具で隠蔽できるが、
それなら全ての情報が消えていたはず。
風の護り手の情報だけを消し去ることは難しい。
(別の場所か、もしくはこの街の何処かという可能性はどうだ?)
残念ながらこれ以上の情報は無い。
最後に推測だが、「依頼人」という文字を書くクラリッサは、
どういう想いでこれを記したのか。
もっと魔力を研ぎ澄まさなければ、
記憶の奥底まで辿りつけない。
重なり合う澱のひとつひとつを、
隅々まで解きほぐしていく。
どんな些細な情報でもいい。
どこかに記憶の残り香があるはずだ。
(・・・これは)
厨房の片隅に置かれた、
洗濯をするシャツやタオルを入れてあるランドリーバスケット。
前日俺が着ていたシャツと靴下が入れられたままだ。
すると、チロルがやってきてランドリーバスケットを覗き込む。
洗濯は数日分をまとめて爺ちゃん家で洗濯機を使っていた。
ドラム式の洗濯機は、選択から乾燥までボタンひとつだし、
洗剤の質はこっちの世界とは雲泥の差だ。
その仕上がりの良さは山田さん(ミラン●・カー)じゃなくてもはっきりわかる。
いまその情報が必要ではない事は重々承知しているのだが、
チロルに洗濯の心配をさせてしまったかと、
少し罪悪感を感じてしまう。
明日は必ず洗濯しよう。
そう思っていると、チロルはとんでもない行動に出る。
「・・・クンクンクンクン」
げっ。
チロルが俺のシャツの匂いを嗅いでいる。
これが逆なら俺は完全に変質者&犯罪者の領域だが、
チロルの場合はどうだろう。
まさか俺の臭いがいい匂いなんてことがあるのかぁ?
まてまて、それこそ犯罪的思考だ。
それより男臭さというよりチロルに無縁な加齢臭が、
チロルの好奇心をくすぐった可能性がある。
散々臭いを噛んだ後で、
「くっさっ!!」
と、シャツを摘ままれたら、
俺はこの先生きていけない。
「・・・クンカクンカクンカクンカ」
チロルの動きが加速した。
何が起こっているのだ!?
あれか、猫なんかが臭いものを嗅いだ時、
ぽかーんと口を開けてフリーズしてしまう、
フレーメン反応というヤツか??
でも待てよ。
チロルは狼、イヌ科であってネコ科ではない。
フレーメン反応はイヌ科の動物にも起こりうる反応だったか・・・?
それに、チロルがぽかーんというより、
この行為を見せられた俺の方がぽかーんとするなんてあるのか???
するとようやくチロルの埋もれた顔が、
俺のシャツから解放された。
むむぅ。
その顔はどこかで見たことがあるような・・・
妖艶というかなんというか・・・
俺が夜な夜な動画配信サービスでお世話になっているアレか?
まさかこれは女の顔になっているというのか!?
いや、ありえん。
チロルはまだ12歳。
あそこの●(ピー)もまだ生えていないのだ!
「・・・・」
その謎に満ちた表情を浮かべ、
チロルが何かつぶやいた。
が、小さすぎてよく聞こえない。
こうなったら、俺の全魔力で解析してやる。
まってろ、チロルぅぅぅ!!!
ボカっ。
「・・・おっ、お嬢ちゃん」
驚くバッケルを他所に、
「なんかムカつく」という理由だけで、
チロルにズブロッカのボトルで後頭部を打ち抜かれた。




