血統
酒場月に吠えるに明かりが灯るのは久しぶりだ。
電気の無い異世界では、
店内の照明や外灯といった電化製品と思われるものは、
魔石の力で動いている。
鉱山や冒険者達が採取した魔石は、
この世界で最も優れたエネルギー源となる。
外出禁止令が解かれることを待っていたのは俺だけじゃない。
ここに来るお客達も同じだったようで、
開店と同時に酒場月に吠えるは満員御礼といった盛況ぶりだ。
とは言ってもここは居酒屋ではない。
静かに酒を飲む酒場である。
多少の話し声なら許容するが、
大騒ぎする客はお引き取り願うことになる。
まぁ、常連客の殆どが爺ちゃん時代からの馴染みであり、
そこらヘンは爺ちゃんがしっかり吟味しているらしく、
いわゆる迷惑客を目にすることは少ない。
ただ、アランの旦那のように、
酒の許容量を超えてしまえば、
泣いたり笑ったり暴力的になったりと豹変するものもいる。
まぁ、アルコールを提供する酒場なのだから仕方がない事だが、
他のお客様に迷惑が掛からないようにと、
特別な接客を必要とする場合がある。
その特別な接客の為に、
俺は小さい時から爺ちゃんに手ほどきを受けてきたわけだが・・・
カランっ。
「・・・いらっしゃいませ」
遠慮がちに呼び鈴が鳴ると、
その客は閉店間際の店にやって来た。
カウンター席に座ると、
「いつものを頼む」
と、いわゆる「とりあえず生」的なフレーズ。
俺に記憶は無いが、この人がウチの常連だったとは、
爺ちゃんからも聞いたことが無い。
だが、常連の客に、
「いつものとは?」
と聞き返す事は無粋である。
その客とは、冒険者ギルドのギルドマスター、
トラウゴット・フェラー子爵。
髪はロマンスグレーとなっているが、
相変わらず鋭い眼光は、
常に得物を追い求めている猛禽類のそれに似ている。
「おひとりですか?」
「・・・ああ、そうだ」
能力でも使えば、
この男が過去にやって来た情報を拾い上げるかもしれないが、
それを知ったところで居心地の悪さが解決される訳じゃない。
大抵馴染みの客は、
「いつもの」と言えば好みの酒をボトルキープしている事が多い。
俺がこの店をひとりで任されたのは約1年前。
それ以前は、客のピークが過ぎると、
飲食店の開店にむけだ仕込みの為、
奥の厨房で作業をしていた。
ゆえに、閉店間際の常連客を全て把握しているわけじゃない。
だが、1年余りこの店に客としてきたことは無い。
それでもボトルキープした酒を注文するとなると、
それはおのずと酒精度数の高い酒となる。
開栓された酒類は、ビールは論外として、
ワインでは3日程度しか持たない。
アルコール度数の高いウイスキーの場合、
開栓しなければ10年でも20年でも品質に変わりはないが、
開栓してしまえば半年程度でその香りと旨味のバランスが失われる。
開栓したワインやウイスキーに空気を遮断する為、
ガスを充填するプライベート・プレザーブを使用する方法もあるが、
それだって長期的に保存する為の効果はない。
それに、この店にある全てのキープボトルには、
ネームタグで管理されており、
その名前に「トラウゴット・フェラー」などというものは無い。
(・・・名前の無いボトルなんて)
いやがらせる可能性も頭によぎり出した時、
冷凍庫に保存されている数本のボトルの事を思い出した。
邪魔だから捨てようと爺ちゃんに何度か聞いたことがあったが、
鬼の様な形相で「ワシの大切な酒じゃ!」と一喝されたっけ。
そのボトルには「神の雫」というネームタグがあったが、
てっきり爺ちゃん秘蔵の晩酌用かと想いそのままにしてあった。
冷凍しても劣化しない酒。
それはアメリカンウイスキー、かなわちバーボンである。
バーボンの風味は焦がしたオーク樽から出るポリフェノールが主であり、
アルコールや水分に溶け込んでいる為、
蒸発に伴い風味も失われしまう。
これを防ぐために冷凍するという訳だ。
「おまたせ致しました」
大き目のグラスに注がれたのは、
バーボンと常温のミネラルウォーター。
それを1対1で割ったトゥワイスアップ。
ウイスキーの香りが引き立ちやすいのは、
アルコール度数20〜30%程度と言われている。
40%程度のバーボンをトワイスアップにすれば、
程よい度数になり立ち上る豊かな香りを存分に満喫できる。
「・・・うむ、相変わらずここのバーボンは旨い」
「ボトルキープされているボトルは解凍が間に合いませんでしたので、今夜はニューボトルになります。あっ、私からのサービスですのでお気になさらず」
これがアランの旦那だったら、
量販店でまとめ買いした1本千円ちょっとのジ●ビームを出すところだが、
冷凍されていたバーボンは「ブラントン」
それも100thアニバーサリーボトルだ。
いま日本の市場で手に入れようとすれば、
最低でも30〜40万は下らないと言われる伝説のバーボン。
とてもじゃないが、同じボトルを在庫として死蔵はしていないが、
ここ一番の為に、ブラントン・ゴールドという、
最上級のボトルは準備していたのだった。
まぁ、限定ボトルほどじゃないが、
これだって日本の量販店で買えば、
2万は軽く超えてくる。
これをまっとうに店で販売するなら、
金貨1枚、いや2枚(10〜20万円)は頂きたい。
「・・・あれは魔法なのか?」
トラウゴット・フェラーが唐突に口を開く。
「あれ」とは何の事だろう。
思い当たる節がありすぎてわからない・・・
いや、まてよ。
いま「魔法」と言ったか。
まさか、デルタゾーンを盗撮していた事だろうか!?
「いっ、いやぁ。魔法、確かに見る人によればあれは魔法に見えますよね・・・」
あんな薄い板状のもので、
はっきりくっきり暗いとこでも明るく映し出してしまう、
動画撮影技術は日本が誇る先端技術。
異世界人には魔法に見えても仕方がない。
「謙遜しなくてもいい。貴様が望めばB、いやAをくれてやる」
B?
A??
はて。
盗撮の件ならデルタゾーンの奥底にあったのは、
大人の香りのバイオレット。
ドットパターンまで覚えたレース柄だ。
それにイザベラ・シュロートの戦闘力はGカップ。
そのような貧弱なものじゃない。
げっ、まさかチロルの戦闘力の事を言っているのか!?
それなら基本的に間違っている。
チロルはAでもBでもないAA。
いつまでも子供だと思っていたが、
着実な成長を遂げているのだと、
赤飯を炊いて喜びたかったのだが。
半年前までは「永遠の零」と心の中で叫んでいた自分が恥ずかしい。
「魔族をいとも簡単に殺れるんだ。貴様が望めば冒険者ギルドはいやつでも高ランクで迎え入れよう」
「・・・なんだ、そっちか」
「なに?」
「いっ、いやこちらのひとり事で・・・」
冗談じゃない。
俺は冒険者になりたくてこの世界にいる訳じゃない。
爺ちゃんのこの店を守り抜いて行く事。
この世界の人間模様を観察する事。
そして、チロルの呪いを解呪する事。
色々考えたが、ここで腰を据えて情報収集するのが一番だと判断したのだ。
「今すぐとは言わん。だがいずれ貴様はこの店だけでは満足できなくなるだろう」
「そう、なりますかね・・・」
「・・・ああ。トミー・カトーノの血を受け継いでいるのなら必ずな」
「爺ちゃんとは知り合いですか」
「トミー・カトーノ。ここの先代マスターは、私の師匠だ」
トミー・カトーノ。
俺の爺ちゃんの名は上遠野富治郎。




