安息日
魔族ダンダリオンの討伐は、
俺が思う以上にギルドマスター達を驚かせた。
こちらに被害が及んだ場合の切り札として、
氷漬けのアレをチロルに保管させていたのだが、
まさかあの場面でチロルに切り札を使われるとは思わなかった。
さすがのギルドマスター達も、
氷漬けとなったアレをみて驚きは隠せない様子だったが、
アレをギルドに渡す事で、俺へ疑義はとりあえず保留となっている。
それだけアレから得られる情報が貴重かつ膨大なものなのだろう。
まぁ、誰も知らないはずの俺の能力を知ってたくらいだ。
死人に口なしといえど、
情報を引き出せる能力者や手段を確保している事だろう。
だが今の段階では、アランの旦那や風の護り手、
そしてアンネリーネを始めとする行方不明者の行方は一向に掴てはいない。
アンネリーネの事件以降は、
ANで始まる失踪者がいない事と、
公都リンデンバームの警戒態勢が強化された事もあり、
夜間外出禁止令は解除される事になった。
ギルド報告から三日目の事である。
久ぶりに酒場月に吠えるを再開するのだが、
今日は安息日であり、飲食店も酒場も営業することは出来ない。
地球でいう所の日曜日なのだが、
この日は女神クラウディアを信仰する女神教会の礼拝の日でもある。
この国の大多数が信仰する宗教だが、俺とチロルは無信仰。
この世界の連中と違って、礼拝になんか行かなくていい。
安息日とは文字通りの日がな一日安息を求める事となる。
当然ながら、従業員のチロルにも休みは必要だし、
爺ちゃんの店を守ることを第一としている俺だって、
たまにはココロとカラダは休めたい。
といっても、安息日のこっちの世界では、
営業している店は皆無である。
礼拝にいかず街をプラプラしていれば、
不審者という目で見られる。
ゆえに安息日=日曜日は、
店舗二階の居住スペースにあるリビングでじっとしているか、
週に一度の仕入れを兼ねて日本で過ごす事が多い。
ただし、チロルは地球人からすれば未知の異世界人。
しかも銀髪異国の美少女というこれ以上ない目立ちよう。
東京なんかじゃ目立たないかもしれないが、
爺ちゃん家は東北某県にあるド田舎だ。
村人の数より案山子の方が圧倒的に多い。
たまに案山子に話しかけている近所の婆さんを見かけるが、
そんなことは田舎ではよくある光景だ。
だからチロルを日本に連れていくとしても、
どこにでも行けるという訳ではないのだが・・・
「・・・なぁ、チロル。たまには日本に飯でも食いに行くか」
リビングにあるソファーにころがり、
タブレットの動画を見ていたチロル。
「・・・日本でごはん食べるの?」
「ああ、何か食いたいものあるか?」
「・・・はんばーぐが食べたい!」
やはりそうきたか。
チロルは文句を言わずになんでも食べてくれるが、
肉類でも特にハンバーグがお気に入りの様子だ。
当初は、テイクアウトの店ばかり利用していたのだが、
白塗りピエロでお馴染みの某ハンバーガーチェーンで食べた、
ビック●ックに衝撃を受けて以来、
ハンバーグがチロルにとって一番のご馳走となっている。
「ハンバーグか。そうだな、今回チロルは頑張ったからな。ハンバーグではこの世界で頂点にある高級店に連れて行ってやろう」
「・・・それって、ビック●ーイやコ●スやサ●ゼリアより凄いお店ってことなの!?」
「そんなファミレスのハンバーグなんてものじゃない。まぁ、正式なディナーといったところか。常連だから普段着でいい」
目を見開き驚きを隠せないチロル。
無表情なチロルにしては珍しく感情を表にする。
「・・・でも、お金がかかるんでしょ」
「おいおい、俺を馬鹿にするなよ。これでも経営者だ。高級店のひとつやふたつ。全メニューを注文しても払えるだけの財力はある」
酒場と飲食店の経営はどっこいどっこいだが、
冒険者ギルトから魔族討伐の臨時収入が入る事になっている。
それに、金の価値で物価を比べれば、
こっちの食費の方が格段に安い。
「よし、そうと決まれば車を用意してくる。10分後に出掛けるから、はやく支度してこい」
「・・・うん、着替えてくる」
目を輝かせながら3階にある自室に飛びこんでいく。
普段感情を表に出す事は不得手としているが、
こんなところは年相応の女の子だ。
酒場の裏口の扉は、日本の爺ちゃん家の襖へとつながっている。
見た目は8畳間の押し入れのように見えるが、
異世界へとつながる重要な出入口である。
襖が開けばそこは築150年の古民家。
曲り屋の母屋を出ると、車がある車庫に向かう。
車庫と言っても見た目は古い土蔵である。
リモコン式のシャッターがゆっくりと上がっていくと、
中には俺の「白い跳ね馬」が眠っている。
1999年製のミッドシップ・ツーシーター。
二人乗りだが、俺とチロルが出かけるのにはまったく不自由がない。
今どきの車と違って、キーを差し込みエンジンを回すと、
独特の重低音なサウンドが蔵の中に響き渡る。
久しぶりに点火したエンジンが、
拗ねたようにブルンと震える。
さすが俺の跳ね馬だ。
時折みせる少女の様なじゃじゃ馬ぶりは、
俺の隣に乗るチロルに嫉妬しているように思える。
「・・・主、お待たせ」
大きなフード付きの服を着てきたチロル。
少し照れたような大人びた表情に、
少しだけ戸惑ってしまう。
「・・・よし、それじゃ出発だ」
俺の「白い跳ね馬」こと愛車の名前は「ちゃっぴー」
御年28歳の軽トラックである。
ーーーブロロロロロロ。
「よし、店に着いたぞ」
「・・・すごい佇まいだね」
「まあな、ハンバーグといえばこの店だ。店の見た目もインパクトあるが、問題はそこではない。ハンバーグそのものが神の領域にあるのだ。他の店とは比べられん」
「・・・神様のはんばーぐ」
少し煽りすぎたのか、
チロルの足元がおぼつかない。
同じ手と足が動き出す。
「いらっしゃいませ、おふたり様ですか?」
「ああ、なるべく目立たない席がいいな」
「では、あちらへご案内いたします」
鳥の巣のように仕切られた席に案内される。
ここなら他の客を気にすることは無い。
チロルは深々とフードを被っているが、
これには少し理由がある。
白狼族は興奮すると獣人化してしまうのだ。
いきなり銀髪の美少女にケモミミと尻尾が生えたら、
どんな手品かと注目を浴びるのは間違いない。
とにかく日本には異世界少女を興奮させる刺激があまりにも多すぎる。
席に着くと、他の店と比べると重厚なメニューがチロルを悩ませる。
日本語がさっぱりのチロルだがメニューには全て写真がある。
メインのハンバーグだけではなく、豊富なサイドメニューの数々。
目を輝かせて見入っている。
もうすぐ三十路の俺だが、
早く結婚していればこの年の娘がいてもおかしくないだろう。
いままではどちらかというと妹のように思っていたが、
こんなキラキラとした表情を見てしまえば、
こいつが娘でも悪くはない。
そんな思いが込み上げてくる。
「・・・主、これにする」
「大きいサイズにしていいぞ。それとドリンクとサラダも選べ。デザートにこのパフェなんかどうだ?」
「・・・いいの?」
「ああ、チロルはいつも頑張っているからな」
「それじゃ、いちごのがいい!」
ここハンバーグがチロルにとって、
今までで一番の評価を受けたのは言うまでもない。
この日から、ご褒美のディナーといえば、
【びっく●ドンキー】
日本最高のハンバーグのリストランテ。
チロルの脳裏にはそう記録されたのだった。
・・・お財布にも優しくて良かった。




