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異世界BAR 月に吠える  作者: しゅーる君


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10/61

ご褒美

チロルはくるり体を捻ると、

大男の膝裏めがけて右足の蹴りを繰り出す。

大男は微動だにしないが、

続けさまに左足を顎先に突き上げる。

細かく砕かれた麦わらが、

繰り出された蹴りのあとに勢いよく舞い上がる。

蹴るべきポイントには確実に入っているが、

大男にダメージがあるとは思えない。

右手であごを擦りながら、

蚊でもとまったのかと怪訝そうな顔をしている。


(・・・こいつ)


【魔族:ダンタリオン】

【戦闘レベル:%$#】

【固&▲キ・#!●■】

・・・・


ちっ。


初めてお目にかかるが、こいつが魔族ってヤツか。

俺の覗き見(ピーピング)では、

魔力抵抗のある存在の能力は精度が悪い。

案の定、読み取れる情報にはノイズがかかる。

魔法障壁を自動発動してやがるなコイツ。

だが、魔族であるのは間違いない。

全身の毛穴から入り込む刺すような魔力。

これは間違いなく殺気だ。

いままで感じたことのある殺気とは比べようにない。


例えばお勘定でコインを落とした女性客が、

前かがみで拾おうとした時、

その戦闘力(バスト)が全開となった瞬間。

ガン見していた事がバレた時の殺気と比べて。


ーーー覗き見(ピーピング)解除!


とにかく今やらなくてはいけない事はただひとつ。

この場から一刻も早く逃げなくちゃいけない。

いざという時の為に、転移の魔法を使用することができるが、

他の能力と併用して発動することは出来ない。

そして魔の悪い事に、覗き見(ピーピング)は俺が使える能力で一番魔力を必要とする。

つまり能力解除後、次の魔法使用までにはクールタイムが必要だ。

自動車が完全停止するには、

速度に応じた距離が必要である事と同じ理屈である。


休む間もなくチロルは魔族の大男に剣撃を入れるが、

魔素で分厚き覆われた男のカラダには、

傷ひとつもつけることが出来ない。


「・・・ちょろちょろと動きよる蠅め」


男の右手がチロルをはたき落とす様に繰り出された。

小屋の薄い板塀が砕け散り、チロルはゴム毬のように吹き飛ばされた。


「チロル!!」


ピクリとも動かないチロル。

それを傍観する事しか出来なかった俺。


ブチっ。


頭の中で何かが切れる音がした。

ああ、これがブチ切れるってヤツか・・・


「あっ、あんたは何者なんだ・・・」

「今から死んでいく者に名乗る名はない」

「そう、俺は弱い。弱っちいからチロルを守ることが出来なかった。どうせ死ぬのが分かったからこそ聞きたいんだ。ここで何が起こっていたかって事が」


一瞬の沈黙。

それが何秒間だったのか。

いや何分間だったのかわからない。

視線は猛烈な殺気を放ち続ける魔族の大男から逸らせられない。

それこそ相手が俺を殺す行動への引き金になると確信できた。

チロルは相変わらず動かないが、

吹き飛ばされる瞬間、僅かにカラダを浮かしていた。

大きなダメージを負っていても、

荷物には上級回復薬(ポーション)が入っている。

命ある限り怪我によるダメージには絶大な効果がある。

とにかく今は生きている事を祈るしかない。


「ふん、まぁいいだろう。俺様の名前はダンダリオン。魔王様に使えし三十六人衆がひとり」

「・・・魔王だって!?」

「これは魔王様復活の儀式。その序章といったところか」


ーーー復活という事は、まだ魔王は復活していないという事か。


まいったな。

この世界には魔獣やダンジョン、

そして魔法といったファンタジー要素には事欠かないとは思っていたが、

やはりラスボス的な存在というのがいるのか・・・


「ふふっ、驚いて言葉も出ないようだな。なに安心するがよい。貴様の血肉は三十六人衆の憑代として使ってやる。光栄に思え!」


ダンダリオンと名乗る魔族の大男。

鋭く伸びた鉤爪(かぎつめ)が俺めがけて振り下ろされる。

やれやれ、気が早い人間が使えないのは、人間も魔族も同じなんだな。

これ以上情報を聞き出すのは無理のようだ。


スカっ。


俺を捉えた鉤爪が虚しく空を切る。

捕らえたかと思うのは残像である。

これは魔法ではない。ネタを明かせば単純な事。

直前にダンダリオンが視認できないスピードで移動しただけだ。


「・・・何ぃ!」

「何じゃない。こっちに移動しただけだ」

「・・・貴様、何者だ!!」

「俺の情報は読み取っているだろう。ただのバーテンダーだ」


その答えを待たずして、

ダンダリオンは右手左手と俺を捉えようと、

振り回してくるのだが、いずれもするりと逃げられる。


「ちっ、ちょこまかと!」


俺は弱い。

それは本当の情報だ。

戦闘能力と呼ばれるステータスの数値。

STR(力):VIT(生命力)は一般人とさぼ度変わらない。

だが、AGI(俊敏性)とDEX(器用さ)、

そしてMND(魔法防護力)は驚くほど高いらしい。

ゆえに人から鑑定を受けたり、覗き見られた場合、

それを阻害する防御魔法を常に発動していた。

まぁ、戦闘力とおなじくらい、

情報収集と逃げ足は、この世界で生き伸びる為の、

大切な能力だと思っている。

だから、こういう強い敵とは極力関わらないようにしてきたし、

まして戦うなんて事はしたくない。

だが、このように一方的に攻撃されたのでは、

自分を・・・というより、チロルを守る為に、

俺は俺の力を最大限に発揮しなければいけない。


こんな場合どうすればいいのか。

突然店にやってきた見知らぬ爆乳美女から、

「今夜は帰りたくないの」と言われたときどのような行動を取るか。

考えたストーリーは約10万通り。

そういった妄想・・・もとい、

シミュレーションで鍛え上げられた想像力は応用力へと進化していった。

そして俺は妄想王(ファンタジスタ)の領域に辿り着いたのだった。


「・・・マドラー」


クールタイムを終えた俺は静かに呟く。

ダンダリオンの足元から、突然大きな鋼鉄製の六角柱が突き上げ、

大男のカラダを貫いた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


黒褐色の血飛沫が、

半壊した作業小屋に振り祖ぞぐ。


「・・・てっ、てめえ。何しやがった!」

「何って、お前は俺の大切なものを傷つけた。当然の報いだ」

「ちっ、ぬっ抜けねえ・・・」


カラダを大きく揺さぶりながら、

貫く六角柱の巨大なマドラーから抜け出そうとする。

魔族と言えど相当な痛みを感じている事は理解出来る。

その努力は称賛に値するが、決して逃がすことは無い。


「・・・マドラー」


新たに2本のマドラーが地面を突き抜ける。

ダンダリオンの両足と両手が貫かれた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!止めてくれぇ!!」

「お前たちはそう言って助けを求めた人を助けた事あるのか?」


痛みを堪え、ダンダリオンがピタリと止まる。


「もっ、もちろん助けたさ。苦しいっていうヤツには、早く楽にしてやったぞ・・・」

「・・・へぇ、それで何人殺したんだ。ここ数カ月で。正直に答えたら俺も楽にしてやろう」

「ひゃ、百を超えたあたりからは数えちゃいねぇ。だが俺は悪くない。本当だ。俺は命令されただけなんだ・・・」

「誰に命令された。殺された連中はどこにいる?」

「そっ、それは・・・」


何かを言いかけたところで、

ダンダリオンのカラダが急激に膨張し始めた。


「ちっ、アイス!」


今にも爆発しそうなダンダリオンを、

氷魔法でなんとか封じることが出来た。


「水中花としては最低なフォルムだ・・・チっ、チロル。無事か!?」


慌ててチロルの下に駆け寄ると、

ダメージにより動けなくなってはいたものの、

なんとか上級回復薬(ポーション)を飲むことが出来た。


「・・・主(マスター)、あいつは?」

「大丈夫、今は氷漬けになってる。チロルが頑張ってくれたから、不意打ちが成功したんだ」

「・・・そう、良かった」

「おい、すぐ家まで転移するから。そうだ、帰ったら日本に買い出しな行って、ご褒美をいっぱい買ってやる」

「何を買ってくれるの!?」


普段物欲のないチロルであるが、

俺に褒められたのが嬉しかったのか、

頬を赤く染め上げながら、

ご褒美について興味を示す。


「ああ、一緒にしま●ら行ってパンツ買おう」

「・・・パンツ?」

「ほら、紐が切れてあっちに落ちてたぞ。こんな機能性の悪いもの履いてるからこうなるんだ。年相応に可愛い子共パンツいっぱい買ってやる。あっ、これから寒い季節になるから、毛糸のパンツも買ってやるぞ♪」


この後、公都リンデンバームに瀕死の状態の俺が運び込まれた。


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