ご褒美
チロルはくるり体を捻ると、
大男の膝裏めがけて右足の蹴りを繰り出す。
大男は微動だにしないが、
続けさまに左足を顎先に突き上げる。
細かく砕かれた麦わらが、
繰り出された蹴りのあとに勢いよく舞い上がる。
蹴るべきポイントには確実に入っているが、
大男にダメージがあるとは思えない。
右手であごを擦りながら、
蚊でもとまったのかと怪訝そうな顔をしている。
(・・・こいつ)
【魔族:ダンタリオン】
【戦闘レベル:%$#】
【固&▲キ・#!●■】
・・・・
ちっ。
初めてお目にかかるが、こいつが魔族ってヤツか。
俺の覗き見では、
魔力抵抗のある存在の能力は精度が悪い。
案の定、読み取れる情報にはノイズがかかる。
魔法障壁を自動発動してやがるなコイツ。
だが、魔族であるのは間違いない。
全身の毛穴から入り込む刺すような魔力。
これは間違いなく殺気だ。
いままで感じたことのある殺気とは比べようにない。
例えばお勘定でコインを落とした女性客が、
前かがみで拾おうとした時、
その戦闘力が全開となった瞬間。
ガン見していた事がバレた時の殺気と比べて。
ーーー覗き見解除!
とにかく今やらなくてはいけない事はただひとつ。
この場から一刻も早く逃げなくちゃいけない。
いざという時の為に、転移の魔法を使用することができるが、
他の能力と併用して発動することは出来ない。
そして魔の悪い事に、覗き見は俺が使える能力で一番魔力を必要とする。
つまり能力解除後、次の魔法使用までにはクールタイムが必要だ。
自動車が完全停止するには、
速度に応じた距離が必要である事と同じ理屈である。
休む間もなくチロルは魔族の大男に剣撃を入れるが、
魔素で分厚き覆われた男のカラダには、
傷ひとつもつけることが出来ない。
「・・・ちょろちょろと動きよる蠅め」
男の右手がチロルをはたき落とす様に繰り出された。
小屋の薄い板塀が砕け散り、チロルはゴム毬のように吹き飛ばされた。
「チロル!!」
ピクリとも動かないチロル。
それを傍観する事しか出来なかった俺。
ブチっ。
頭の中で何かが切れる音がした。
ああ、これがブチ切れるってヤツか・・・
「あっ、あんたは何者なんだ・・・」
「今から死んでいく者に名乗る名はない」
「そう、俺は弱い。弱っちいからチロルを守ることが出来なかった。どうせ死ぬのが分かったからこそ聞きたいんだ。ここで何が起こっていたかって事が」
一瞬の沈黙。
それが何秒間だったのか。
いや何分間だったのかわからない。
視線は猛烈な殺気を放ち続ける魔族の大男から逸らせられない。
それこそ相手が俺を殺す行動への引き金になると確信できた。
チロルは相変わらず動かないが、
吹き飛ばされる瞬間、僅かにカラダを浮かしていた。
大きなダメージを負っていても、
荷物には上級回復薬が入っている。
命ある限り怪我によるダメージには絶大な効果がある。
とにかく今は生きている事を祈るしかない。
「ふん、まぁいいだろう。俺様の名前はダンダリオン。魔王様に使えし三十六人衆がひとり」
「・・・魔王だって!?」
「これは魔王様復活の儀式。その序章といったところか」
ーーー復活という事は、まだ魔王は復活していないという事か。
まいったな。
この世界には魔獣やダンジョン、
そして魔法といったファンタジー要素には事欠かないとは思っていたが、
やはりラスボス的な存在というのがいるのか・・・
「ふふっ、驚いて言葉も出ないようだな。なに安心するがよい。貴様の血肉は三十六人衆の憑代として使ってやる。光栄に思え!」
ダンダリオンと名乗る魔族の大男。
鋭く伸びた鉤爪が俺めがけて振り下ろされる。
やれやれ、気が早い人間が使えないのは、人間も魔族も同じなんだな。
これ以上情報を聞き出すのは無理のようだ。
スカっ。
俺を捉えた鉤爪が虚しく空を切る。
捕らえたかと思うのは残像である。
これは魔法ではない。ネタを明かせば単純な事。
直前にダンダリオンが視認できないスピードで移動しただけだ。
「・・・何ぃ!」
「何じゃない。こっちに移動しただけだ」
「・・・貴様、何者だ!!」
「俺の情報は読み取っているだろう。ただのバーテンダーだ」
その答えを待たずして、
ダンダリオンは右手左手と俺を捉えようと、
振り回してくるのだが、いずれもするりと逃げられる。
「ちっ、ちょこまかと!」
俺は弱い。
それは本当の情報だ。
戦闘能力と呼ばれるステータスの数値。
STR(力):VIT(生命力)は一般人とさぼ度変わらない。
だが、AGI(俊敏性)とDEX(器用さ)、
そしてMND(魔法防護力)は驚くほど高いらしい。
ゆえに人から鑑定を受けたり、覗き見られた場合、
それを阻害する防御魔法を常に発動していた。
まぁ、戦闘力とおなじくらい、
情報収集と逃げ足は、この世界で生き伸びる為の、
大切な能力だと思っている。
だから、こういう強い敵とは極力関わらないようにしてきたし、
まして戦うなんて事はしたくない。
だが、このように一方的に攻撃されたのでは、
自分を・・・というより、チロルを守る為に、
俺は俺の力を最大限に発揮しなければいけない。
こんな場合どうすればいいのか。
突然店にやってきた見知らぬ爆乳美女から、
「今夜は帰りたくないの」と言われたときどのような行動を取るか。
考えたストーリーは約10万通り。
そういった妄想・・・もとい、
シミュレーションで鍛え上げられた想像力は応用力へと進化していった。
そして俺は妄想王の領域に辿り着いたのだった。
「・・・マドラー」
クールタイムを終えた俺は静かに呟く。
ダンダリオンの足元から、突然大きな鋼鉄製の六角柱が突き上げ、
大男のカラダを貫いた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
黒褐色の血飛沫が、
半壊した作業小屋に振り祖ぞぐ。
「・・・てっ、てめえ。何しやがった!」
「何って、お前は俺の大切なものを傷つけた。当然の報いだ」
「ちっ、ぬっ抜けねえ・・・」
カラダを大きく揺さぶりながら、
貫く六角柱の巨大なマドラーから抜け出そうとする。
魔族と言えど相当な痛みを感じている事は理解出来る。
その努力は称賛に値するが、決して逃がすことは無い。
「・・・マドラー」
新たに2本のマドラーが地面を突き抜ける。
ダンダリオンの両足と両手が貫かれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!止めてくれぇ!!」
「お前たちはそう言って助けを求めた人を助けた事あるのか?」
痛みを堪え、ダンダリオンがピタリと止まる。
「もっ、もちろん助けたさ。苦しいっていうヤツには、早く楽にしてやったぞ・・・」
「・・・へぇ、それで何人殺したんだ。ここ数カ月で。正直に答えたら俺も楽にしてやろう」
「ひゃ、百を超えたあたりからは数えちゃいねぇ。だが俺は悪くない。本当だ。俺は命令されただけなんだ・・・」
「誰に命令された。殺された連中はどこにいる?」
「そっ、それは・・・」
何かを言いかけたところで、
ダンダリオンのカラダが急激に膨張し始めた。
「ちっ、アイス!」
今にも爆発しそうなダンダリオンを、
氷魔法でなんとか封じることが出来た。
「水中花としては最低なフォルムだ・・・チっ、チロル。無事か!?」
慌ててチロルの下に駆け寄ると、
ダメージにより動けなくなってはいたものの、
なんとか上級回復薬を飲むことが出来た。
「・・・主、あいつは?」
「大丈夫、今は氷漬けになってる。チロルが頑張ってくれたから、不意打ちが成功したんだ」
「・・・そう、良かった」
「おい、すぐ家まで転移するから。そうだ、帰ったら日本に買い出しな行って、ご褒美をいっぱい買ってやる」
「何を買ってくれるの!?」
普段物欲のないチロルであるが、
俺に褒められたのが嬉しかったのか、
頬を赤く染め上げながら、
ご褒美について興味を示す。
「ああ、一緒にしま●ら行ってパンツ買おう」
「・・・パンツ?」
「ほら、紐が切れてあっちに落ちてたぞ。こんな機能性の悪いもの履いてるからこうなるんだ。年相応に可愛い子共パンツいっぱい買ってやる。あっ、これから寒い季節になるから、毛糸のパンツも買ってやるぞ♪」
この後、公都リンデンバームに瀕死の状態の俺が運び込まれた。




