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第三話 伏魔殿

挿絵(By みてみん)


傭兵時代編前半の山場となるエピソード「玉藻の前作戦」前夜までを描いています。

反乱軍の新兵器、ペイルライダーの第一次改修計画によるパワーアップは玉藻の前作戦にどのような影響を与えるのか?


政府高官の汚職官僚オズワルドと、カルテルの使者ゾルゲが、おぞましい密会で練り上げた反乱軍壊滅作戦とは?


そして反乱軍総司令官ホセ指令の知略は、カルテルの恐るべき罠を食い破ることができるのか?

爆乳の死神が挑むオズワルド狙撃ミッションの成否は?

嵐の前の静けさが、やがてサンタァナの熱風へと変わる時......運命は動き出す。

挿絵(By みてみん)



爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三話 「伏魔殿」







地下に隠蔽された第二倉庫の薄暗がりの中でホセ指令がせわしなく動いている。



「あぁ...もぅ、あと少し予算があれば....第三倉庫の資材を使えば....いや、あれは強度が足りないか...」



右手で電卓を叩きながら、電卓を持つ左手にはお気に入りの金の懐中時計も握られている。



「ええと....先日の補給部隊を襲って手に入れた資材の中に補修用の装甲板があったっけな....あれを使って、あ....ダメだ...いや、そうだ! 余裕のあるエチルアルコールを売れば補強個所の半分ぐらいの予算には...」



ブツブツと呟きながら手元の懐中時計の鎖を指に巻き付け、弄ぶ。



指一本で器用に時計の蓋をカチカチと開けたり閉じたりする、リズミカルなその音を聞いていると、何となく心が落ち着くのだ。



ホセ指令が深く思考している時の、彼のちょっとした癖だ。



背後の鉄のドアがガチャリと開く音がする、誰かが入ってきたようだ。



といってもこんなかび臭い地下倉庫に、資材搬出でもないのにわざわざ入ってくる物好きには一人しか心当たりはないのだが...。



「よお、やっとるなホセ、ご苦労さん、ほれ差し入れだ。」



大柄ないかにも歴戦の軍人といった風体の男が両手に三日月亭のロゴマークが入ったテイクアウト用カップを二つ持って立っている。



カップの一つ、コーヒーと書かれたカップを確認し、ホセに差し出す、もう一つの紅茶は自分用だ。



「ああ、ありがとうラグ、しかし今更だけど、もう少し予算と資材はどうにかしたいところだねぇ、補強工事の資材確保もままならないよ。」



「資材の方は前回の補給部隊襲撃で分捕った資材でだいぶ潤ったんだろう?」



紅茶のカップをふーふーと息を吹きかけつつすすりながら尋ねるラグランジュ、ちょっと熱い、彼は猫舌なのだ。



「うん、鹵獲した輸送トラックと護衛の装甲車、積み荷の燃料弾薬食糧はありがたい戦力になるんだが、やはりそれだけではね...金も無し資材も無し....我泣き濡れてじっと手を見る....って心境さ。」



コーヒーの芳香が鼻を抜け少しだけホセの表情が柔らかくなる。



「まぁウチらゲリラ屋の宿痾みたいなもんだからな物資不足は、近隣の協力してくれている村々からの救援物資もあるが、どこもそれほど余裕があるわけじゃない...」



「そうだね、まぁ愚痴を言っても仕方がない、無けりゃ無いでなんとか帳尻を合わせるのがボクの仕事であり腕の見せ所さ。」



「とりあえずウチの虎の子の装甲車の追加装甲案はどうなった? あれが使えるようになれば多少強引な突撃戦術も可能になるし防御力が増すことで戦力の無駄な消耗も抑えられる、現場指揮官の俺としては最優先でやってもらいたいのだがな。」



「ちぇっ、ガンドロワめ、あれほどぬるめにしてくれと言ったのに...」



火傷した舌を出しながら、装甲車を見るラグランジュ。



「うん、そっちは何とかなりそうだ、零君がオープンカーにしてくれた重戦車の装甲を切り出して今加工してもらってるところだ、まぁ追加装甲といっても切り出した装甲板を溶接とボルト止めしただけの雑な改修工事だけどね。」



チャラチャラと指令の手元で懐中時計の金の鎖が弄ばれ、天井の照明を反射してキラキラと輝いている。



「現地改修型ってわけだ、戦場じゃ珍しくないさ、意外とそういう必要に迫られてでっちあげた兵器の方が頼りになったりするもんだ。」



照明の下に鎮座する装甲車M113 装甲兵員輸送車 が鈍い光を反射する。



この車両にはラグランジュ大佐によりペイルライダーの愛称が付けられている、反乱軍の虎の子の貴重な装甲戦力の一つだ。



これ以外にも2両の装甲車と1両の対空戦車を保有しており、それぞれに黙示録の破滅の四騎士の名が冠せられていた。



「改修だけど、君の意見を取り入れてただ貼り付けるだけじゃなく本体のアルミ合金製装甲と追加装甲の間に少しスペースをあけて数センチ浮かせるように取り付けて、かつ追加装甲には傾斜角を持たせる予定だけど、それで良いんだよね?」



ホセが意見を求める、こういう部分は実務屋であるホセより長年の経験と元正規の職業軍人たる知識に裏打ちされたラグランジュ大佐のほうが的確な判断を下せることを理解していたからだ。



「ああ、それでかまわん、ただ貼り付けただけじゃ弾丸の衝撃で車体ごと変形したり、衝撃波で中の乗員が脳震盪を起こしたりする場合があるんでな。」



「M113のような従来のアルミ合金装甲車は、元々「7.62mm小銃弾まで」を防ぐのが精一杯でな。それ以上の口径弾を食らうと、アルミの車体は豆腐のように貫通しちまう。」



「追加装甲板を付けることでこれが「外殻」となり、12.7mm徹甲弾クラスの運動エネルギーを削ぎ落としたり、弾芯を砕いたりする役割を果たしてくれる。傾斜角を持たせることで避弾経始の効果を持たせるんだ。」



「アルミ車体の役割はこの場合元々の装甲車が持っている構造材としての役割になるな。ようするに車体が衝撃で歪んだりしないように支える役割だ。」



とさすがの専門的見解を述べるラグランジュに、ホセも頼もしそうな目を向ける。



「さらに本来の装甲と追加装甲の間に適度な空間をはさむことでHEAT弾対策のスペースド・アーマー(空間装甲)としての役割も期待できる、だろ?」



いたずらっぽい表情のホセ指令に、ラグランジュも応じる。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)







「ほぅ、分かってるじゃないかホセ。」



「ハハッ、君にばかり負担をかける訳にもいかないからね、『兵器についてはチンプンカンプンです』、では司令官としてちょっと問題あるし、時々勉強はしてるんだ。」



その言葉に満足げに頷きつつ。



「そういやコイツ、4万ドル(約640万円)でお前が調達してきたんだったな...」



と問う大佐。



一般的なM113の中古市場価格は程度の良いもので武装付きなら10万ドル(約1,500万円)以上あたりが相場だ、半額以下のあり得ない破格の値段で上物の装甲車をどこからともなくホセ指令が調達してきた時は大佐も舌を巻いたものだ。



驚いて


「どこからこんな上物をそんな捨て値で入手してきた?」



と大佐が思わず口にしたのも当然の反応といえる。



「ああ、まぁちょっとした昔のツテでね、出所は聞かないほうが良いね、どうしてもと言うなら教えようか? ボクの共犯者になってくれるんなら大歓迎だよ?」



と意味ありげに笑うホセの顔を見て、冷汗が出たものだ。



もちろんそれ以上出所は聞かなかった。



というか、怖くて聞けなかった。



挿絵(By みてみん)



ふとそんなことを思い出して苦笑するラグランジュ大佐。



「改修が完了するのが楽しみだ、完成したらこいつの名前、スーパーペイルライダーってのはどうだ? かっこいいだろう?」



ようやくちょうどいい温度になった紅茶を飲みながらそう宣言する。



「やれやれラグ、君のヒロイックネーミングセンスも相変わらずだねぇ、そういうの、日本じゃチュウニビョウっていうらしいよ? また零君に笑われるんじゃない?」



「なんとでも言え、勇ましい名前の付いた兵器がもたらす兵士達への士気向上効果ってのは意外とバカにならんのだぞ?」



これは事実である。



「ははっ、まぁネーミングに関しては前線指揮官殿にお任せするさ、さて、いつまでも休憩してちゃ終わらないし、もう一踏ん張りするとしようか。」



コーヒーのカップを屑籠に入れると、ホセは腕まくりしながら再び電卓との格闘を再開するのだった。





◆◆





政府の最高機密施設の一室。 防音の効いた静寂なラウンジであるにもかかわらず、中央情報統括庁長官オズワルド・ベッカーの太った巨体は、怒りと苛立ちで細かく震えていた。



「クソッ……! どいつもこいつも役立たずめ……!」



でっぷりと肥え太った指で、スイスの高級ブランド――ダビデフの特製葉巻を、芋虫のように太い彼の指がペキリと折りつぶす。



パリパリと乾いた高級な葉が砕ける乾いた音を立てて、一本数十ドルもするそれは見るも無惨にへし折れ、高級絨毯の上にボトリと落ちた。



この男が今ゴミにした高級葉巻一本はこの国の子供たちの一週間分の生活費として十分な金額だ。



だがそんなことはこの男の意識の中にはもちろん無い、前線の部隊は不甲斐なく、反乱軍はしぶとく政府の神経を逆撫でしやがる。



このままでは現場の失態が自分の首を締めかねないという焦りが、オズワルドの巨体をいら立たせていた。



「これ以上、あの無能どもの不始末に付き合わされるのは御免だ。早くあの厄介者どもを根絶やしにして、すべてを闇に葬り去らなければ……」



毒づきながら、オズワルドが別のダビデフに火をつけようとした、その時。



カチャリ、と重厚な防音ドアが音もなく開いた。



「――こんばんわオズワルド長官...おや、ご機嫌斜めの御様子ですな。」



ねっとりと湿度の高い、這い寄るような声が部屋に響く。



顔を上げると、そこには仕立ての良い特注のスーツに身を包んだ男――カルテルの特命使者、ゾルゲが立っていた。



骨と皮ばかりの貧相な顔立ちは、オズワルドの権力を前にして、まるでネズミが獲物を品定めするかのように細められている。



ゾルゲはオズワルドを常に「下からねめつけるように」じっと見上げながら、指先でギラつく高価な宝石の指輪を弄んでいた。



オズワルドはこの男が嫌いだった、自身の地位を守るために利用してはいるものの、どうにもこの男の粘り気のある眼光は好きになれない。



「やぁゾルゲ、こんばんわ、よく来たね、まぁ掛けたまえ。」



とソファを勧める。



好きにはなれん男だが、利用価値はまだまだある、あえて関係を悪化させる必要もない。



「これはどうも、痛み入ります...」



薄気味悪い笑みを貼り付けたまま、ゾルゲは背虫男のように背中を丸めたままスルスルと歩み寄り、オズワルドの向かい側のソファに腰を下ろす。



ソファについたゾルゲに葉巻を勧める。



「いえ、遠慮しておきます、私は嫌煙家でして、タバコは体によくありませんからな、長官も葉巻の吸いすぎには気を付けることです....ああ、ですが吸いたいのでしたらお気遣いなくご自由にどうぞ。」



挿絵(By みてみん)



まったく、何を言うにしてもいちいちこの男の物言いは神経をいらだたせる。



オズワルドが不機嫌そうにダビデフの煙をふかしながら目を細めると、ゾルゲは懐から一通の分厚いファイルをとりだし、テーブルの上に静かに滑らせた。



「今夜は長官に、まずは機嫌を直していただかないといけませんな。あの反乱軍どもを何とかしたいのでしょう? 我がマスターよりこちらを預かってきております。」



「このファイルは.....?」



オズワルドの手が書類の束を拾い上げ、視線を走らせる。



「反乱軍は神出鬼没でいまだその本拠地すら分かっておらぬそうですな....しかしならばこちらから誘い出してやればよいのです。」



ゾルゲが指にはめたゴテゴテとした指輪の宝石を撫でまわしながら告げる。



挿絵(By みてみん)



「ふむ.....反乱軍どもを誘い出す....しかし誘い出したところであの忌々しい死神がいる限り殲滅は容易ではないぞ? なにか策でもあるのかね?」



ゾルゲが含み笑いをする。



「ええ....その為に長官には我が組織の目玉新商品も戦力として提供させていただきますよ、そしてそれを見て頂ければお分かりになられると思いますが、すでに作戦も出来上がっております、あとは長官のご決断次第という訳でして...」



オズワルドの視線がゾルゲに向けられる。



「なるほど.....面白い作戦だ、君達にとっても最高の新商品PRになると。

そしてその戦果をアピールして商品....兵器をまた我が国のような紛争国に売り込んで濡れ手に粟の利益を得る.....君達にとってこの国は良く肥え太った豚でそこに寄生して骨の髄までしゃぶり尽くすという訳だ。」



オズワルドのちくりとした皮肉を全く気にも留めずゾルゲが笑う。



「それはお互い様でしょう長官…まさかご自分は清廉潔白だとでも? この国の民の生き血をすすっていないとでも?」



「まさかいまさら聖人君子ぶるおつもりですかな? そもそも今あなたが座っているその席も、我々の援助がなければ...」



「分かった、もうその話はやめよう、それよりもこの資料について詳しい話を聞かせてもらおう。」



この国の政治とカルテルはもはや不可分に結びつき、完全に癒着しているのだ...。



国を宿主として生き血をすする寄生虫組織と、その寄生虫を利用して自らの私腹を肥やそうとする個人、はたしてどちらが主でどちらが従なのか、そしてどちらがより醜いのだろうか...。



「資料にはすでに諜報戦を仕掛けて奴らにエサを撒いたとあるが...。」




「ええ、――例の『死海文書Ver2』の件ですがね、仕込みは万全です。我が方の工作チーム、あえて囮の暗号乱数表を持たせたまま奴らの縄張り近くで行動させた偵察小隊ですが、こちらの思惑通り奴らに襲撃されて全滅し、首尾よく乱数表も奴らの手に渡ったようです。」



「反乱軍の暗号網に流し込んだあの完璧な餌に、奴らの通信班は見事に食いつきましたよ。捨て駒となった偵察小隊の兵達も、あの世で喜んでいることでしょう。」



ゾルゲはギラつく指輪を嵌めた指で、ファイルをトントンと軽く叩く。



「反乱軍の連中はそれが政府から盗んだ重要な機密だと錯覚している、喜んで指定の渓谷へまっすぐ向かってくるでしょうな。」



オズワルドの顔に、先ほどまでの苛立ちが消え、じっとりと下卑た笑みが浮かび上がる。



「ほう…あの忌々しいゲリラ屋崩れどもが、自ら墓穴を掘って渓谷へ向かってくると?」



「その通りです、すべては我々の『台本通り』に動いている……奴らを出口の狭い渓谷へと誘導します、その上で渓谷の出口を塞ぎ包囲殲滅する、我が組織の自信作....パワードスケルトンは動くトーチカです、奴らの雑多な小火器程度ではスケルトンの堅牢な装甲には歯が立ちはしません。」



「袋のネズミ、いやドブネズミとなったところでスケルトンの12.7mm重機関銃の雨を浴びせてやるだけです。反乱軍の主力も、前線の無能な部隊も、まとめて一網打尽にできますよ長官。」



ゾルゲが下からねめつけるような目で微笑むと、オズワルドは愉快そうに巨体を揺すって笑い声をあげた。



「フハハハハハ! いいぞ、ゾルゲ君! それだ、それが聞きたかった! 奴らの装備などたかが知れている。せいぜい民間のトラックに毛が生えた程度のガラクタだろう。」



「そんな連中がハイテクの鎧、パワードスケルトン相手にどこまで耐えられるか、見ものだな。この作戦通りに行けばあの忌々しい死神も無力化できる、いや、それどころか死神を仕留めることすらできるかもしれんぞ?」



「そうなれば私にとって勲章ものの輝かしい戦果となる...まさに完璧な作戦じゃないか!!」


「ええ、逃げ場などどこにもありませんよ、死の渓谷ですからね。完璧に、美しく、反乱軍の歴史を終わらせてみせましょう――」



「我が組織の製品の良い宣伝映像が撮影できることを我がマスターは希望しております。そのためにもぜひとも、長官のキャリアのためにお力になりたい...ともおっしゃっておられます。」



「ですがその代わり、作戦成功の暁には我が組織の新製品パワードスケルトンの国軍への導入のお口添えをして頂きますぞ。なんせ天文学的な開発費用がかかっておりますのでな...。」



「分かっているよ、ところでこの作戦指揮官なんだが、うってつけの男がいる、最近特務上級少佐に昇進したフェルナンド・ガルシアという男なんだがね、おべっかとゴマすりしか能のない男だ。」



「なにかあったらこいつにすべての責任を押し付けてスケープゴートにしても全く惜しくない、最悪戦死してもかまわん人材だ...」



二人のねじ曲がった笑い声と不快な煙が、ラウンジの空気を黒く染め上げていく。



自分たちが完璧な死の舞台を用意したと酔いしれる寄生虫二人、不快なこの企みと打合せは深夜にまで及び、二人が祝杯を挙げるころには空は明るくなりつつあった。




◆◆




そのフェルナンド・ガルシア特務上級少佐の下に部下から届けられた作戦指示書が握られていた。



作戦指示書に目を通しながらニヤニヤが止まらない、傍らのテーブルからジャックダニエルの瓶を取りコップに注ぐ、今日は前祝いだ。



その様を見た基地副指令がとがめる。



「ガルシア少佐、いくら何でも勤務中の飲酒は不真面目すぎるのではないか? 軍規というものも考えて頂きたい。」



「まぁ良いではないか、君も一杯どうかね?」



ガルシアがダニエルを差し出すが副指令は即座に断る、当然だ、周りにはその様子を見ている兵達もいるのだ。



「結構、それよりも今すぐその不謹慎な態度を改めて頂きたい!」



副指令の声に怒気が宿る、最近基地に赴任してきたこの男、特務上級だか何だか知らないがやりたい放題が過ぎる。



特務上級、とは本来この国の軍階級には存在しない最近新設された特殊な階級だ、政府が指定する軍人に与えられる肩書だが、実際の階級よりもワンランク上の権限が与えられている。



つまりこの男、フェルナンド・ガルシア少佐は事実上中佐として扱われる。



それだけではない、特務上級に認定された者にはその場での前線即決軍法会議の権限まで与えられている、事実上いつでも周りの軍人を射殺することが許されているのだ。



ムチャクチャだ。



憲兵ならまだしも、一指揮官がそんな権限を乱用したら軍規以前にただの恐怖政治でしかない、士気も下がるだけだろう。



そもそもこの肩書自体が軍への貢献や実績、能力で判断されるものではい。


ようするに政府やカルテルの指示にただ素直に従うだけの、イエスマンに徹しているだけの人間に与えられるものであることは軍内の常識である。



この男がこの基地に赴任してくる前に配属されていた部隊における、彼の部下たちから進呈されたあだ名は「最後列の勇者様」「フライングタイガー殿」だったことはあっという間に広まり、今ではこの基地の新しい部下達もこの皮肉交じりのあだ名を陰で使っている。



常に安全な後方の指揮所テントや指揮装甲車から決して出ようとはせず、前線の兵達を臆病者だの命令違反の無能だのと罵り戦況の理解もないまま、むやみに突撃命令を乱発するだけのこの男にはふさわしいニックネームだろう。



フライングタイガー殿は第二次世界大戦初期(1941〜1942年頃)、中国国民党軍を支援するためにアメリカ人パイロットで極秘裏に組織された義勇軍「飛虎隊(フライング・タイガース)」 を指している。



実際の撃墜数に比べ、彼らが本国やメディアに報告した戦果は数倍から十数倍にまで水増しされており、当時の連合国軍にとって格好の「英雄プロパガンダ」として利用された。



米国政府と中国側の思惑もありその戦果は過大に宣伝されることが多く、他部隊や軍の内部からは「実態の伴わない大ぼら吹き」「名前ばかりが先走る虚勢の部隊」として、陰でかなり冷ややかな視線を向けられていた。



要するに口先だけは勇ましいこの無能な男をやはり揶揄するあだ名といえる、しかしこのあだ名で陰口をたたく部下の話を聞きつけたこの男は「どういう意味か?」とその中国系部下に問い詰めたらしいが、その部下の返答がふるっている。



「わが祖国中国には『虎に翼を与えてはいけない』という諺があるのであります! ただでさえ強い虎に翼が付いたら強すぎて手に負えなくなる、という意味であり、日本語の鬼に金棒と似たような意味であります!! 特務上級少佐殿の武勇にはふさわしい異名であると皆で感心していた次第にあります!!」



ときたもんだ。



この笑える言い訳を聞いたこの無知で教養のない無能な男はその言葉をそのまま真に受けて、すっかり上機嫌で以後は自分から「フライングタイガー」の二つ名を周りに吹聴しては失笑を買っている。



そんなイエスマン、もとい勇猛果敢なフライングタイガー氏は目の前の現場経験豊富な同僚少佐をめんどくさそうな表情で見やる。




磨き上げられたブーツの先端を組み、これ見よがしに胸元の特務上級者を現す特別な徽章を指で軽く弾いてみせる。



「――おいおい、副指令君、言葉の端々に敬意が足りないんじゃないかね?

確かに俺と君は形式上では同じ『少佐』階級だがね、俺の階級は『特務上級少佐』なのだよ、分かるかね?」




「一般的な少佐殿とは権限の重みが違う、実質的には中佐待遇、しかも前線での即決軍法会議の権限まで中央から直接預かっている身だ。」




「――つまりだ、君のその俺に対する口のきき方は、そのまま上官に対する『不敬罪』としてこの場で俺が合法的に処断しても、誰も文句は言えないわけだが…?」



フェルナンドはねっとりと厭味たらしい笑みを浮かべ、冷や汗を流す同僚の肩をポンポンと叩く。



「まあ、こう見えても俺はフライングタイガーの二つ名と人柄で部下からも慕われるほど器が大きいことで有名な男だ、今回は大目に見ておくよ。」



「俺の立てたこの完璧な作戦を、しっかりアシストしてくれたまえ。『最後列…いや、最前線を統括する特務上級少佐殿』を失望させないことだよ、『ただの』少佐君?」




挿絵(By みてみん)



そこに基地の司令官が入室してくる。



室内に漂う微妙な空気に気づいて「なにかあったのかね?」と問う司令官。



座っていた椅子から飛び跳ねるように立ち上がったフェルナンドは、抜け目なく後ろ手でジャックダニエルとグラスを隠しつつ答える。



「いえ! なんでもありません大佐殿! ちょっと軍規を乱す不届きな兵がいたので軽くお説教をしていただけであります!!」



「そうか....まぁ多少は息抜きも必要だから、私はあまり細かいことを言うつもりはないが、限度というものはあるからな、君のように目を光らせてくれる者も必要なのだろうな。」



「はっ! お任せ下さい! 自分の眼が黒いうちは大佐殿が預かるこの基地の規律は乱させはしません!!」



直立不動で答えるこの男の呆れた態度に居合わせた人間は誰一人として何も言わないが、その視線は冷めきっていた。



大佐が退室するとまたドッカリと椅子に深く身を沈めてグラスに手を伸ばすが、すぐに思い直して傍らの少佐に命じる。



「おい少佐、俺の私室の戸棚にこいつをしまっておいてくれ、またいつ大佐殿が帰ってくるか分からんからな、今日の所はこれぐらいにしておいて、本格的な祝杯は作戦が終わった後の祝賀パーティーで楽しむとしよう。」



傍にいたお付きの副官がグラスを手に取ろうとするがフェルナンドはそれを止める。



「おい、余計な真似をするんじゃない、聞いていなかったのか? 俺は少佐に命じているのだ、『ただの』少佐君にな。」



ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら少佐に向けて顎をしゃくる、わざと恥をかかせようとしているのだ。



少佐は黙ったまま副官を制してグラスとボトルを持って退室していく。



(自分で片付けようとしてまた廊下でバッタリ大佐殿と鉢合わせしてはかなわんからな、あいつなら鉢合わせしても奴の失態ということにすればいい、なぁに文句があるなら上官不敬罪とか適当な理由で軍法会議を盾に脅せばいいだけだ....)



そんな計算をしながら含み笑いを漏らす。



(ふふふふ.....俺にもツキが回ってきたな、特務上級少佐への事実上の昇進に喜んでいたらこの作戦への指揮官配属命令とは....完璧な作戦だ、この作戦を成功させれば軍内での俺の発言力はますます上がる。)



(異例の次の即昇進もあり得るぞ、この実績を背景に政界に進出するのも悪くない....ゆくゆくは上院議員、いや、この国の次期大統領の椅子だって夢じゃないかもな...)




甘い夢想に浸るフェルナンド・ガルシア特務上級少佐は、周りの冷たい視線には気づかない。




◆◆





ホセ指令から連絡を受け、第三地下倉庫に赴くラグランジュ大佐。



「おっ、きたね、ようやく完成したよ、ちょいと予算オーバーしちゃったけど、君にも満足して貰えるものに仕上がったと思うよ。」



第二倉庫より広く、様々に資材を収めてあるこの第三倉庫は本格的な改装に向いている。



ホセ指令が壁のスイッチを入れると倉庫内に次々と明かりが灯ってゆく。



「おぉ.....!!」



そこに鎮座しているのはかつてのM113装甲兵員輸送車両、反乱軍内愛称ペイルライダーの改装された姿だ。



鹵獲した重戦車から切り出した装甲板をボルト止め、溶接で追加装甲化することで本来の頼りないアルミ合金製装甲を強化した動く楯である。



追加装甲により重量は11トンから13トンへと増加してしまい、機動性と悪路踏破性能は落ちてしまったが、苦肉の策として装備されていたM2ブローニング重機関銃 を降ろして軽量化。



エンジン強化と足回りサスペンション等の強化によりギリギリの機動力を確保したが、M113の特徴であった渡河能力は残念ながら重量増加により失われてしまっている。



追加装甲は本体のアルミ合金装甲より2cmほどの隙間を開け、かつ適度な角度をつけることで、ある程度の避弾経始性能と、対HEAT弾対策の空間装甲の機能を持たせてある。



機動力の低下は他に反乱軍が保有する2両の装甲車でカバーし、スーパーペイルライダーは前線での移動する楯として、随伴歩兵とともに運用する設計思想だ。



「大佐のお気に召しましたか? 資材不足の問題もあるんで十分とは言えない改装かもしれませんが...」



徹夜で改装作業を完了させてくれた整備兵が、油まみれの顔でスパナ片手にまぶしそうに目を細めながら答える。



「いや....十分だ、これなら今後は歩兵が携行するサイズまでの小銃弾は恐れずに済む。」



「こいつを盾にしての多少強引な突撃も可能になるぞ!! 限られた資材の中でよくやってくれた。」



と整備兵をねぎらうラグランジュ大佐。



「よぉし、かっこいいぞスーパーペイルライダー!! 活躍を期待しているぞ!!」



満足そうに頷く大佐を見ながらホセが笑う。



「本当にその名前にするのかい?」



といいつつ、ホセもまんざらでもなさそうな表情だ。



「こいつスーパーペイルライダーって名前にするんスか? 強そうで良いじゃないスか!!」



と整備兵。



ホレ見たことか、と言わんばかりの表情でホセ指令を見るドヤ顔の大佐。



「おっ!かっちょ良くなってるじゃん、ペーちゃん!」



素っ頓狂な声に全員が振り向くと、予想どおりの顔がドアを開けて立っていた。



「フルアーマーペーちゃんだな!! 林家ペーとパー子みたいでイカスー!!」



嬉しそうにペイルライダーを見上げているのは、もちろん零だ。



「何だそのハヤシヤペーってのは?」



「確か...日本のコメディアン夫婦の名前だよね零君?」



大佐の疑問にホセ指令が答える、妙に日本文化に詳しい男だ。



「だ、だめだそんな緊張感のない名前は!! コイツの名前はスーパーペイルライダーなんだよ!! これは上官命令だ!!」



慌てて、手塩にかけた兵器の名誉を守ろうと訂正する大佐、また胃が痛む...



ぐっ...




ラグランジュ大佐のすそを何かがつかんだ。





挿絵(By みてみん)




背後にいる零が、巨漢の大佐のすそをつかんで何かを期待するような目で見つめている。



明らかに身長が縮んでいる。




「......」




挿絵(By みてみん)






目をキラキラさせながら、ぢーっと大佐を見上げる零。




「だ、だめだそんな目で見ても! こいつの名前はスーパーペイルライダーなんだよ!!」




「......すーぱーぺーちゃん......」





零の頭に、なぜか生えてきたハムスター耳がピコピコと動いている。




「だめだ!! へ、兵達の士気が...兵器としての威厳と名誉が...」




「......ぺーちゃん......」




挿絵(By みてみん)




さらに見上げる零の眼が、何かを期待するようにキラキラと輝く。




大佐が零から目を背けながら、脂汗流しつつ必死で拒絶する。





「う...ウヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」





背後の零を振り切り、ペイルライダーの前に仁王立ちする大佐。



「ふ、振り切った...!!」



「か...勝ったぞぉぉぉぉ!! 俺は勝ったんだぁぁ!! お前の名誉は守りぬいたぞぉぉぉぉ!!」



ペイルライダーの前で力強く両拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げるラグランジュ大佐。






「......ちっ。」




非ッッ常ぉぉぉに悪っそうな表情で、零が小さく舌打ちをする。




「なにをやってんだお前は...」




そんな二人を呆れた表情で見ながら、ガブリエルが呟いた。






挿絵(By みてみん)







「あの!ホセ指令、たった今諜報部隊から連絡が入りました!!」



司令部付きのホセの秘書、クレア嬢が入室してくる。



「おや、こんなところにまで来るとは君にしては珍しいねクレア。

ボクに用なら指令室に帰ってから伝えてくれれば....」



「ええ、ですがこの情報....すぐにお知らせしたほうが良いかと思いまして....」



クレアから渡された通信暗号文を一瞥した瞬間ホセの表情が変わる。



「うん....よし、ちょうどいい、大佐と零君も、ちょっとこのまま指令室に来てもらおうか。」




◆◆




指令室でホセが暗号通信を平文に直して大佐に見せる。



「どう思う...? 協力体制にある村の近くで、最近うろついてた政府軍の偵察小隊を、目障りなんで機会を見て襲撃するよう指示してあったんだけどね。

その際車両内から見つかった暗号乱数表と、何かの暗号通信ログらしいんだけど...。」



「ほう、そりゃツイてるな、で、何か役に立ちそうな情報でも含まれていたか?」



興味深そうにラグランジュ大佐が身を乗り出す。



「うん、それがね、国境付近で隣国との戦闘がいつ始まるかわからないから、それに備えて急速に物資の備蓄が進められている後方の貯蔵施設についての暗号通信らしいんだ。たぶん北方の国境だと思うんだけどね...」



「あそこは以前から、隣国の国軍とにらみ合いが続いていて、一触即発の火薬庫だし。隣国の侵攻作戦でも察知したのかもしれないな...」



「それに備えて備蓄を進めているのなら、納得はいく情報だね、どう見るラグランジュ君?」



メモに目を通すラグランジュ大佐の目が輝く。



「こ....こりゃぁ、これだけの備蓄物資を抑えることができれば、向こう10か月近くは俺達が全力戦闘できる物量だぞ!!」



「しかも、急ごしらえの貯蔵施設で、隣国軍の目を引かないように守備隊も最低限、防備も薄く、ロクに隠蔽もされてないと来てる...おいホセ!! こりゃお宝の地図みたいなもんだぞ!!」



興奮のあまり、ついホセと呼び捨ての親しい物言いが出る。



「うん、万年資金資材物資不足に喘ぐボクらにとっては、とっても魅力的な案件といえるね....。」



ホセ指令が椅子を横に回し、取り出した懐中時計を左手で弄びながら別資料の暗号乱数表を眺める。



「....で、こっちの乱数表なんだけど、零君これ見覚えないかい?」



と零に資料を手渡す。



「ん....あれ? これ、たしか夏ごろの作戦で見た暗号乱数表と似てない?」



零が手にした乱数表を見て首をかしげる。



零の手元を大佐も覗き込む。



「そういえば....なぁクレア、最近入隊させた元政府軍の兵士がいたろ?

彼と...あと諜報部隊の隊員も一人呼んでくれんか。」



クレアが内線で呼び出した二人の兵士が、ほどなくして指令室に入室してくる。



元政府軍から転身した彼は反乱軍との戦闘で負傷し、撤退する味方から見捨てられていたのを、捕虜として身柄を抑えられた。



彼の人質に取られていた家族はすでに解放作戦で収容所から解放されていたこともあり、もはや政府軍に義理立てする理由もないとして、ホセによる説得に応じ、反乱軍に参加した変わり種である。



公的には彼はその戦闘で戦死したとホセが欺瞞情報を流してあるため、いわば幽霊の身分である。



反乱軍に手を貸していることを悟らせぬために、正面切っての政府軍との戦闘には参加させるわけにはいかず、元政府軍としての経験を生かして、主に諜報戦や潜入破壊工作などの裏方仕事に従事しているのだ。



彼に資料を見せ、意見を求めるホセ。



「どうかな? それ、君の知っている暗号文なんじゃない?」



「ええ、確かに知っている暗号形式です、かつて配属されていた基地でも日常的に使われていた、政府軍では最もよく使われているものですね。」



「通称『死海文書(デッドシー・スクロール) 暗号』と呼ばれていたものです。」



「かなり古くから使われていた暗号なのかね?」



大佐が尋ねる。



「ええ、私があの基地に配属される前から使われていた、かなり古い通信プロトコルだと聞いています、ただ....」



「やっぱり、あたしが知ってる夏頃の作戦で見たやつとは、ちょっとだけ違うよねコレ?」



零が指摘すると、その兵士も頷く。



「はい、私が使っていた頃のものと少し違っているようです。ただ、そこまで大きな変化はない。平文に直さなくても、私はこの改変された暗号文の7割近くは古い知識のままでも解読出来ますから。」



「つまり、夏の作戦ですでに解読されている暗号文と乱数表を、未だにほぼそのまま使っている、ということだね...」



「諜報部員君、傍受している最近の政府軍の通信内容に、この暗号形式はまだ頻出しているのかな?」



もう一人の兵士に意見を求めるホセ。



「いえ、一ヶ月ほど前からはこの暗号プロトコルはほぼ見かけなくなっており、現在は未知の新規のものと思われる暗号が使われているはずです。もちろん我々も解読に全力を注いではいますが、まだほとんど解読は進んでいません。」



「不甲斐なくて申し訳ありません...。」


「あっ、いやいや、君達を責める意図はないんだよ。」



「まだ使われ始めて数か月しかたっていない新規の暗号文を解読しろって方が無茶だからね、気を悪くしないで欲しい。」



慌ててホセがフォローする。



実際、暗号解読はそれほど簡単ではない。



基本的な暗号解読の手法は、大量に暗号を集め、その中に頻出する単語やキーワードの出現傾向を確率論的に抽出し、意味を推測していく手法が一般的だ。



集めた暗号文サンプルが多ければ多いほど、解読精度や推測精度が上がる。



つまり、どうしても一定の情報収集期間、大量の暗号通信文サンプル、統計データを取る時間が必要なのだ。



「その古い暗号プロトコルだけで解読できる部分だけを解読してみてもらえるかな?」



「君の知らない改変部分は推測とかはせずに、そのまま古いプロトコルが適用できる部分のみを平文にして欲しいんだ、頼むよ。」



ホセが懐中時計の金鎖をシャラシャラと弄びながら、元政府軍兵士に言う。



「はっ、では読み上げます。」



元政府軍兵士が読み上げた平文を聞くホセの手元で、金鎖がキラキラと蛍光灯を反射する。



「やはりね...改定された部分はこの情報において、特に大した意味のない情報の部分ばかりだね。」



「一方で物資貯蔵施設の場所や守備隊、物資の規模などの重要情報に関する部分は、古い死海文書プロトコルから変わってない...」



懐中時計の蓋がリズミカルに、カチリカチリと音を立てる。



「....なにか気になることでもあるのですかホセ指令? 重要部分がすでに解読済みなら、俺達にとってはむしろ好都合ではないですか。」



ラグランジュ大佐がホセ指令に不審そうな表情を向ける。



「うん....そうだね、好都合だ、好都合すぎると思わないかラグランジュ君?」



「すでに新しい暗号が使われているにもかかわらず、なぜかこの重要暗号通信にわざわざ4ヶ月近くも前に解読されている可能性の高い暗号を使う...」



「しかもご丁寧に、不信感を与えないように一応少しだけ改定して死海文書Ver.2とでもいわんばかりに装ってはいるものの、なぜか重要な部分は古いプロトコルを使って我々が簡単に解読できるようにしてくれている...」


「拾った財布の中にキャッシュカードとその暗証番号まで書かれたメモがご丁寧に一緒に入っている...」



パチリッ!とホセ司令の手元でおなじみの音が鳴る。



「君はそれを本当にラッキーだと思えるかい?」



「ボクはね、そういう時、どこの間抜けがこれを落としたのか、よりも、誰が、何の目的で、これを、『わざと』落としたんだろう? って理由の方が気になっちゃうんだ。」



「うん、あたしもなんか、気持ち悪い気がするなぁこの感じ...」



零が眉をひそめる。



「...罠、だと? ではこの貯蔵庫へは手を出さないほうが良いかもしれんな...」



大佐の表情も険しくなる。



「いや、まだそうと決まったものでもないさ。実際条件としてはとっても魅力的だし、我々にとってはこの物資量は喉から手が出るほど欲しい物。なんとしてでも奪取したいのがボクとしても本音さ。」



「ラグランジュ大佐、貯蔵所襲撃作戦に必要な兵力や燃料弾薬の見積もりを、お願いできるかな? とりあえず作戦の準備だけは進めておいて損はないだろうからね、こちらでも作戦の立案を進めてみるよ。」



「あぁ、諜報部隊のお二人も、引き続き新暗号のサンプル収集と解読に努めてほしい。なにか少しでも異常な通信を傍受したら必ずボクに知らせてほしいんだ。」



「はっ! 了解しました司令官殿。!引き続き任務に邁進いたします!」



直立不動で敬礼した二名の諜報部員たちが退室する。



「さて大佐、まだ細かいことは決めていないが、作戦のタイミングはサンタァナの時期に合わせようかと思っているんだ。」



サンタァナ、主にアルゼンチン中西部などで見られる非常に乾燥した高温のフェーン風である。



本来この現象はゾンダ風と呼ばれている。



6000m級のアンデス山脈を越えて吹き降ろすこの風は、数時間で最大20度近くも気温を上昇させる極めて乾燥した風、天然のドライサウナとも呼ぶべき烈風現象だ。



よく山火事などの原因ともなっている、厄介な自然現象だ。



このゾンダ風と同じような現象がこの地域でも特定の時期によく観測されており、この地域では「サンタァナ」と古くから呼ばれているのだ。



「なるほど、サンタァナのあの凄まじい熱風が吹き荒れる平地では、とても作戦行動はおぼつかんが、それは敵も同じか。猛烈な風の音が俺たちの進軍の音と気配を隠してくれそうだな。しかし、どうやって進軍するつもりだ?」



「クレア君、付近の地図を...ああ、ありがとう、ここだ。」



渡された地図をテーブルに広げ、その場所を指さす。



「そうか....渓谷か、そこを通れば確かに平地を吹き荒れる烈風も多少は影響を抑えられそうだな。逃げ場のない渓谷に主力部隊を入れるのは、俺としてはちょっと勇気がいるが、逆にだからこそ敵もまさか渓谷を抜けてくるとは思わない、か...!!」



顎に手を当てうなる大佐。



「うん、おまけに渓谷の外では軍事行動が不能だろうから切り立った渓谷の上から左右挟み撃ちにされる心配もまずないだろう。」



「サンタァナの影響下では長距離の通信は無理だから天然の通信妨害にもなるし、厄介な偵察ドローンや全天候対応型のヘリであってもまず飛行自体が無理、航空兵力も使用不能だろう。」



「そうなれば、普段から少数精鋭での作戦行動に慣れている、こちらのほうが有利になるはずだよ、...ん?」



地図を見ていたホセが何かに気づく。



「ここ...貯蔵施設の背後辺りに....盆地? のような地形があるね...渓谷からは少し離れているが、輸送車両を使えば20分はかからない程度の距離か...」



大佐が地図を覗き込み答える。



「ああ、そこは地盤が悪い、トラック程度ならともかく、戦車などの重量物で乗り入れるとスタックして抜け出せなくなるぞ。それに戦略的には、特に意味のない位置にある場所だと思うが...。」



「うん......。」



ホセは答えず、ただ黙って地図に視線を落とし続けている。



手元でカチリカチリと懐中時計の蓋が音を鳴らす。



「良く解らんが、測量時に偵察兵に辺りの様子を撮影させてある、おいクレア。」



クレアが該当資料の写真を壁のスクリーンに表示する。



ホセが手元のマウスで、次々と該当地形の写真を切り替えていく。



ホセの手がぴたりと止まる。



「この写真...ここに映っている植物はコペルニシアだね。」



葉から大量の天然ワックスを分泌し、過剰な水分や乾燥から身を守る特性を持つ、ヤシの一種だ。



「それに写真だと地面は乾燥してひび割れまでできているけど、あちこちにすり鉢のような形をした巨大な葉...これはオオオニバスだね、それの枯れたものがへばりついているな...」



「お前、植物学の素養まであるのか?  良く解らんが、それがどうしたんだ?」



「いや、まぁ昔何かの本で読んだ聞きかじりの雑学知識さ。」

」


ホセ司令が笑う。



「うん、コペルニシアは半乾燥地帯の盆地によくみられる植物でね、雨期などになると一転して大湿地帯になる場所によく自生しているヤシなんだ。」



「枯れたオオオニバスも同様、水に浮くための構造を持った植物が、なぜか陸地で枯れている...」



「つまり、この盆地は写真では乾燥しているけど、しょっちゅう水没している地形であることの証拠だね。たぶん、盆地であることも相まって、雨の時にはちょっとした湖みたいになってるはずだよ。」




挿絵(By みてみん)




「ほぅ...なるほど、確かにそれなら地盤がぬかるんでて、スタックしやすい土地なのも納得できるな。」



「見た目ホモメガネなのにやるじゃん、Mr.ホモのくせに生意気だぞぅ!!」



ジャイアニズム全開で零が横槍を入れる。



「ホモって零君が勝手にそう呼んでるだけじゃないか、あとボクはノーマルだよ。」



特に気にするでもなく、さらりと大人の対応で応じるホセ。



「いいから余計なチャチャをいれるんじゃない零、で? それがどうしたんだホセ?」



「はいはい、どうせ年寄りは厄介者扱いですよ...あたしゃ寂しいよ...」



大佐の制止にぶー垂れる零。



「いや、少し気になっただけだよ、ちょっと雑学知識を自慢したかっただけさ、気にしないで欲しい。」



「よし、とりあえず現時点で必要な打ち合わせはこんなところかな。大佐、さっき言ったように作戦に向けた見積もりを頼むよ、ボクの方も作戦を練り上げてみるよ。」




挿絵(By みてみん)




簡単な今後の打ち合わせをしたのち、会議はお開きとなる。



夜のとばりが降りつつある村を窓から眺めながら、ホセは黙ってその光景を眺める。



もう冬だ、どの家々も冬ごもりと年末の忙しさに備えて、その準備に大わらわだ。



シャラシャラ...



カチッ



カチッ...



手元で金の鎖を弄びながら、ホセがポツリと呟く。



「ねぇクレア...ちょっと君の意見を聞きたいんだけど...。」




いつになくまじめなホセのトーンに、やや緊張の面持ちで、先ほどの会議の議事録をまとめていたクレアが顔をあげる。



「はい、なんでしょうか指令? 」



「ただ、私には軍事知識はありませんので、あまり参考にはならないかもしれませんが...」



カチッ



カチッ



カチッ...



ホセの手元のリズムが早くなる。



「いや、そうじゃないよ、聞きたいのは...。」











「ボクってさ...」




          パチンッ!




ホセの手元でひときわ大きな音を立てて、懐中時計の蓋が閉じられる。




「そんなに見た目、ホモっぽいかなぁ...?」




挿絵(By みてみん)





季節はもうすぐ冬だ。





◆◆





郊外にある高級レストランの個室でオズワルドはゾルゲと向かい合っていた。



今日はゾルゲの招きで、このレストランでの会合だ。



高級レストランといっても、この国の平均的な月収では、とても利用できるような店ではない。



実質的に私腹を肥やしている政府高官専用のレストランであり、経営母体はフロント企業の陰に隠れてはいるが、カルテルだ。



それだけに防諜や身元確認等、セキュリティの面では心配はいらない。



オズワルドの前のティーカップに、ゾルゲが白磁の中国式急須でお茶を注ぐ。



同じ急須から自分のカップにもお茶を注ぎ、ゾルゲがそれをうまそうに飲むのを確認してから、オズワルドも口を付ける。



用心深さからくる、オズワルドの無意識レベルの癖だ。



同じ急須から注がれたお茶を、ゾルゲが飲んでいるのを見て安心してお茶を飲む。



この用心深さで、彼はここまで政争を生き延び、長官の座まで上り詰めたのだ。



このレストランに招かれた時は、オズワルドは必ず使い捨ての安物のカップとフォークナイフを持参している。



それ以外の食器は使わず、注文する料理も大皿から取り分けるタイプの料理ばかりを選んで注文する。



そして同じ皿から取り分けられたその料理に、ゾルゲが口を付けるのを確認してからでないと、自分からは決して口を付けない。



この男も、いつ私に牙をむくか分かったものではないからな...用心するに越したことはない。



向かい合い、同じ食卓を囲んでいても、この二人の男の間に本当の意味での信頼関係など無いのだ。



そんなオズワルドの内心を見透かしたかのような、嫌な笑みを浮かべてゾルゲが料理を口に運ぶ。



「まぁそう警戒せずに、ここのエビチリは絶品ですぞ長官。」



「長年のパートナーにあまり警戒されると、私としても少々傷つくのですがね、こう見えても意外とデリケートなのですぞ、私は...」



その様子を見てから、オズワルドもようやくスプーンを手に取る。



「ふん...それで、作戦の方は首尾よく進んでいるのだろうな?」



なるほど、確かに味の方は絶品のエビチリなのは本当だ。



「はい、奴らの最近の通信を傍受しておりますのでな。」



「なかなか暗号強度が高い上、頻繁に更新されているため、半分程度しか解読できておりませんので推測交じりですが...。」



「こちらの思惑通り、渓谷を進むルートを選択したようです。サンタァナの時期を利用して目くらましにするつもりのようですな、まぁ我々がそう仕向けているわけですが。」



「ふふ...権謀術策は君のお手の物、まんまと踊らされているわけだ。」



「それと、長官にお願いがあるのです。」



陶器の匙を一度置き、お茶を一口飲む。



「そもそもサンタァナのもとでは出撃自体不能とは思いますが、念のため空軍に余計な首を突っ込ませないよう、取り計らっていただきたいのです。」



「空爆やミサイルで渓谷ごと爆破して、奴らを生き埋め一網打尽にでもされては、我々のパワードスケルトンのせっかくの出番と活躍シーンが台無しですからな。」



「ああ、心配はいらんよ、せっかくの手柄を横取りさせるつもりは私にもないからな。余計な手出しは無用、と釘を刺しておくつもりだ...。」



「あぁ、君、アロス・コン・マリスコスを頼む。」



傍らに控えるウェイターに、高級パエリア風大皿料理を追加注文する。



もちろん、毒見役はゾルゲにさせるつもりだ。



エビチリを食べながらゾルゲが追従する。



「ええ、よろしくお願いします。」



「空軍には『我々の陸戦部隊ごと空爆で渓谷に生き埋めにするつもりか? 軍法会議ものだぞ!!』とでも言って、脅しておいてもらいましょうか。」



ほどなくして注文したパエリアの大皿が、テーブルの中央に置かれる。



ターンテーブルを適当に何回か回転させてから、取り分けようとするウェイターを制してオズワルド自身の手で、小皿にパエリアを取り分け、ゾルゲの前に置く。



「長官自ら取り分けて頂けるとは恐縮です、我々の友情の証しですな。」



心にもないセリフを口にしながらも、ためらうことなくパエリアを口に運ぶゾルゲ。



もちろん、オズワルドの目的はターンテーブルをランダムに回すことで、そこから取り分けられた料理を、ゾルゲがためらうことなく口に入れられるか、確認しているだけだ。



「エサとして用意した物資だが、あれは本物の物資で構わんな? どうせ奴らにくれてやるつもりなんぞないし、やつらは渓谷で全滅する運命なのだから問題ないだろう。」



「片が付いた後は物資は横流しすれば、良い小遣い稼ぎにもなるのでな。上には反乱軍の攻撃で大半の物資は焼き払われてしまったことにすれば、一石二鳥だ。」



「なんなら、作戦指揮官に任命した例の特務上級少佐に、横領の罪をかぶせても良いな。一応余ったわずかな物資は、本来の用途通り国境付近の部隊に届けてやろう。」



国軍ですら、物資が窮乏する部隊が後を絶たない理由がこれだ。



潤沢な予算も物資も、途中で官僚に中抜きされて、末端に届く頃には余りもののわずかな予算や物資しか届けられないのだ。



腐敗した国家の縮図といえる。



パエリアをぱくつきながら、抜け目なくこの作戦を自身の私腹を肥やすためにも利用する策を語るオズワルド、どこまでも貪欲な男だ。



「大変結構ですな、物資がダミーでは奴らに感づかれる可能性がありますからな。タイを釣るのには、質の良い美味しいエビが必要です、このエビチリのようにね。」



「あぁ、それと現地に派遣される指揮官には、有線ケーブルで繋いだ通信機を持たせてください。通常の無線では、サンタァナの影響で死神を足止めしている部隊との長距離の通信はできませんからな。」



「近くに通っているインターネット用の敷設ケーブルに接続、最寄りの基地に繋げて利用するとよいでしょう。有線ケーブル経由で基地の高出力通信設備を使えば、足止め部隊との長距離通信も可能なはずです。」



「なるほど、分かった、そう指示しておこう、ふふ...ますます完璧な作戦じゃないか、ドブネズミどもの命運もこれで尽きたという訳だ。」



二人の男は、下品な大声で笑い合いながら祝杯を頭上高く掲げる。




ゾルゲとの有益だが不快な会食を終え、防弾処理が施された運転手付き高級リムジンで帰宅の途に就くオズワルド。






車内で葉巻をくゆらせながら運転手に話しかける。



「おい、確か君の妻はまだ30歳だったな、今度私のパーティーに同伴させたまえ。」



「はぁ、ですが家内は学のない女でして、長官の主催されるセレブが居並ぶパーティーに呼ぶのは、主催者である長官にも恥をかかせてしまうことにもなり兼ねませんので、遠慮させて頂きたいのですが...。」



「かまわんよ、連れてきなさい、いいね? 」



「ああ、実は近々大きな成果が上げられそうなんだ、そうなれば君の給料も今の二倍にしよう、君はよく働いてくれているからね。」



運転手は、以前たまたまオズワルドに妻を紹介した時の、美人と評判の妻を見るオズワルドの妙に脂ぎった視線を思い出して身震いする。



「しかし...」



言い淀む運転手を、オズワルドの冷たい声が遮る。



「連れてくるんだ、いいね? 」



「そういえば話は変わるが、最近はますます景気が悪くなっているそうじゃないか。たとえば今、運転手の仕事を失ったら再就職は大変だろうねぇ。」



彼には、オズワルドの言葉の意味も、その裏に隠された欲望も解っていた。



解雇されたくなければ、妻を差し出せと言っているのだ。



無言でうなだれる運転手の後姿を眺めながら、オズワルドは権力の甘い蜜の味をかみしめるのだった。




◆◆




一か月後、会議を重ね、反乱軍は物資奪取作戦の準備を着々と進めていた。



敵の配置、地形、補給物資の位置、渓谷への侵入経路、撤退経路、すでに現地へ偵察部隊を派遣し、逐一報告させている。



必要な情報は揃いつつあり、作戦そのものもすでに大枠が固まり始めている。



しかし、作戦決行まであと一週間という段階になったある日。



新たな情報が飛び込んでくる。



政府軍の高官オズワルドが、国境付近の部隊を激励するため、視察に赴くというのだ。



しかも、目立つことを避けるため、護衛はごく少数。



狙撃による暗殺には絶好の条件だった。



「…本当にオズワルド本人なのか?」



情報を確認したホセは、しばらく黙り込む。



ラグランジュ大佐をはじめとする主要メンバーも、この情報を前に判断を迫られる。



オズワルドは、この国の腐敗の震源地の一人、これを仕留める千載一遇の機会。



しかし同時に、今回の物資奪取作戦はすでに一週間後に迫っている、今更変更はできない…。



だがオズワルドを仕留め得るこのチャンスもまた、反乱軍にとってあまりにも魅力的な話だ。



ここで大幅な作戦変更を行えば、本来の作戦そのものに支障が出る。



そして何より問題なのは、狙撃地点が本来の作戦地域から数百キロも離れていることだった。



「…両方に襲撃用の戦力を割くのは無理だな。」



誰かがそう呟く。



「うん、どのみち今の我々の備蓄では遠からず物資が枯渇する、いまさら奪取作戦を中止するわけにはいかないからね...」



ホセが地図を見下ろし、顎に手をやりながら答える。



「それに、狙撃地点の地形が少々問題だね。いくつか狙撃に適したポイントはあるようだけど、予定されているオズワルドの乗った防弾高級車の通過ルートまで、直線距離で最短でも2.6kmはある...」



「通常の狙撃手のミッションとしては、確実な狙撃はちょっと厳しい距離だね...」


地形図を見ながらつぶやく。



「あぁ、並みのスナイパーと狙撃銃なら確かに厳しい距離だな...並みのスナイパーなら、な。」



ラグランジュ大佐が、ニヤリとしながら零の方に視線を送る。



「うん...ヨルムンガンドの性能なら、この程度の距離は問題にならない、命ぜられれば確実に仕留めてみせるよ。」



零もその信頼に応じる。



「うん、確かに零君とヨルムンガンドの組み合わせなら、通常は無理筋なこのミッションも十分可能だね...でも、だからこそ...」



ホセの手元で、懐中時計がカチリカチリと鳴る。



「ホセ指令、物資奪取に向かう主力部隊から、俺達の最強戦力である零を欠くことを心配しているんですか? 我々とて精鋭ですぞ、信用していただきたい、スーパーペイルライダーも完成しているしな。」



「ここで物資奪取作戦を中止するわけにはいかない。しかし、あのオズワルドの豚野郎を見逃すのも、あまりにも無念だ。主力は我々に任せて、零には奴の首を...」



腕組みしながらラグランジュ大佐が進言する。



確かにあまりにも魅力的な情報だ。



オズワルドは用心深い、今までにも何度も彼の暗殺計画は反乱軍内でも検討されてきた。



しかし、結局警備の厳しさに断念せざるを得なかったのだ。




今回のこの情報は、まさに千載一遇の好機といえた。



「それに一時間ほど前に、俺のところに部下から届いた情報があってな。」



ラグランジュ大佐はポケットをゴゾコソとやる。



「敵通信の傍受で、物資集積所の警備にあたっていた守備部隊、国境付近の警備隊からの救援要請に応じて、警備隊の応援に今日から国境付近を目指して大半が移動を開始しているとの情報だ。」



ラグランジュ大佐が電文のメモをホセ指令に手渡す。



「へぇ...それは我々にとって好都合だね、傍受したこの敵電文は例の新暗号かい?」



ホセ指令が問う。



「いや、新暗号と例の死海文書Ver.2が混在した物だったようだ。」




「新暗号の方はまだろくに解読ができてないから、守備隊の移動うんぬんは死海文書の方のみの解読から読み取った情報らしい。」



「しかもだ、移動した守備隊の分の補充戦力も当然予定はされているが、派遣した偵察兵によると、現地ではすでにサンタァナが始まってるらしい。」



「日に日に暴風がひどくなっているから、補充の守備隊が到着するのもその関係であと10日はかかるだろう、との報告だ。」



「つまり、予定されている作戦のタイミングだと、まだ補充の兵力は到着していない、ますます我々に有利ですぞ指令。」



「なるほど...まさに天祐というわけだ、これなら、主力は確かに零君を欠く状態でもやれるかもしれないね...。」



カチッ



カチッ



カチッ...




ホセの手元のリズミカルな音が早くなる。



「うん、二兎を追う者は一兎をも得ずとは言うけれど、我々にとってはいずれのターゲットも、見逃すには惜しいホカホカの湯気を立てている御馳走だ。」



「守備兵力の一次的な減少の件もある、成功すれば一気に我々にとって有利になるしね...」






議論の末、結論が出る。



物資奪取作戦は予定通り実行する。



その一方で、オズワルド暗殺任務には零を派遣する。



「ヨルムンガンドなら、この距離でもやれる。」



零自身もそう答える。



反乱軍内部では、零に対する信頼が厚い。



そして今回の条件は、通常の狙撃手には厳しい。



だからこそ、零を派遣することに大きな異論は出なかった。



やがて編成が決定する。



本隊は予定通り作戦地域へ向かう。



零だけが、少数の支援要員とともに、別任務へ向かう事で決定した。



そして作戦ブリーフィング終了後、解散を告げるホセの指示で、特定の人員だけが指令室に残ることとなった。



司令室に残されたのは、ホセ、ラグランジュ大佐、零、そしてルークだけだった。



「...さて」



ホセが静かに口を開く。



その表情からは、先ほどまでの軽薄な笑みが消えている。



「君たちには、少しだけ別の仕事も頼みたい」



四人の間だけで短い打ち合わせが行われる。




零も、ルークも、ラグランジュ大佐も、ホセの話を黙って聞いている。



そして――




◆◆




司令室から廊下に出たザックと、ガブリエルが話しながら廊下を進む。



ガブリエルが不思議そうに周囲を見回す。



「なぁザック、なんで零と大佐とルークだけ残したんだろうな?」



ザックは肩をすくめる。



「さぁなぁ?」



「ルークはお前の相方だろ?」



「まぁな」



ザックは少し考えてから答える。



「ただ、零のミッションには周囲の警戒にあたるバディが必要だろ? それにヨルムンガンドはデカいし、弾薬も馬鹿みたいにかさばる。」



「運搬用に足も必要だし、ルークを零の狙撃に予備弾薬の運搬係もかねて、随伴させる気なんじゃねーか? 今回は俺は諜報部隊じゃなくて、ラグランジュ大佐の主力部隊に配属だしな。」



「なるほどな、まぁどのみちあのタヌキ指令の考える事だ、俺達に分かる訳ねーか。」



ガブリエルは納得したように頷く。



零を数百キロ離れた狙撃地点へ送り込む。



巨大な狙撃砲と大量の弾薬。



その運搬と周囲警戒のためにルークを随伴させる、いままでの零の通常狙撃ミッションでもよく見られた光景だ。



やがて指令室から零とルークが退室し、室内にはホセ指令とラグランジュ大佐のみが残る。



「まったくホセ....お前ってやつは...」



紅茶のカップを片手に、大佐は長年の戦友の顔を見やる。



「なぁラグ...この作戦はかなりの綱渡りになるはずだ、もちろん、ボクとしてはあらゆる可能性を考慮して、打てる手は全て打つつもりだよ。」



「でも、それでも何が起きるのか分からないのが戦場というものだ。君達をかなり危険な窮地に追い込むかもしれない、それでも少なくとも、君達を犬死にだけはさせるつもりはない...」



「ボクを信じてくれるかい?」



窓から眼下の村の明かりを眺めながら、ポツリと呟くホセ、手元で金鎖がシャラシャラと揺れる。



紅茶のカップが、かちゃりと音を立ててソーサーに置かれる。



「ふん、いまさらだな、今までお前の立てた作戦が、俺達を一度でも裏切ったり、失望させたことがあるか?」



「いいや、無いね。」


大佐がにやりと笑い、ホセ司令の顔をまっすぐ見つめる。



「今回の作戦が綱渡りなのは確かだが、俺はお前の立てた作戦なら信じる。

前線の兵達の不安や動揺を抑え込むのは、俺の仕事だ、任せておけ。」



パチリっと、懐中時計の蓋が閉じられる。



「ありがとうラグ、君がいつもボクの傍らにいてくれて本当に良かったと思っている。」




◆◆





やがて出発の時が来る。



本隊も、零たちも、それぞれの目的地へ向けて動き始める。



ホセは最後に窓の外へ視線を向ける。



遠くには、冬を迎えようとしている村の風景。



そして、その視線の奥には誰にも見せていない何かがある。



「…さて」



懐中時計を取り出す。



シャラ……



カチッ。



時計の蓋が開く。



巨大なヨルムンガンドのシルエットを担いだ人影が、トラックに乗り込むのが見える。



狙撃地点への移動のために、早めに出発してスタンバイする必要がある。先行して派遣してある偵察兵達と合流するのだ。



最後に人影が司令部の窓に向かって手を振るのが見えた、ホセもまた手を振り返すと、トラックは静かに闇夜へと消えていった。



挿絵(By みてみん)




「いよいよだね」



そして――



作戦決行の日を迎える。



反乱軍主力は渓谷へ向かう。



怪しまれないように、出撃は夜明け前から数回に分けて行われ、それぞれバラバラの方角に向けて出発する。



協力体制にあるいくつかの村々へ一度向かい、その村で村が保有する輸送トラックなどに荷物を積みかえ、行商や物資の運搬に見せかけて再度出発。



作戦エリア手前で合流する手はずだ。



ペイルライダーなどの目立つ軍用車両は、事前に近くの村に移動させ預けてある。



零は別任務のため、本隊から遠く離れた狙撃予定ポイントへ昨晩から先行して出発している。



おりよく昨日から渓谷付近は、サンタァナが本格的に荒れ狂っている。



これなら政府軍の哨戒も、手薄になっているはずだ。



『玉藻(たまも)の前作戦(まえさくせん)』




ホセ指令が練りに練り上げた、この必殺の作戦はそう名付けられている。



二か所同時作戦、反乱軍の全ての戦力を投じた大作戦だ。



どちらのミッションも失敗するわけにはいかない、こんなチャンスは二度と訪れないだろう。



ホセの手元で懐中時計が音を立てる。



「ではよろしく頼むよ皆、ボクも戦略作戦指令室からクレア君達と一緒に、全力でサポートさせてもらうよ。」



「あぁ、まかせておけホセ、帰ってきたときは山盛りの物資と一緒だ。

もう当分は電卓とにらめっこせずに済むから、楽しみに待ってろ。」



軽く右手を上げ、大佐は車両に乗り込む。



出撃していく仲間達の背中を見つめながら、ホセの手の中でカチリと音が鳴る。



「さて...鬼が出るか、蛇が出るか...」







オズワルドとゾルゲもまた、自分達の仕掛けた罠が完璧に機能すると確信していた。



『コンキスタドールはエルドラドへ向かえり』



狙撃地点に死神の姿が確認されたことを知らせる暗号電文だ。



電文を手に、オズワルドとゾルゲが満足げに笑い合う。



「死神はエサに食らいついたようだな...」



「なんせ、オズワルド長官の首という最高級のご馳走ですからな、私が死神でも飛びつきますよ。」



ゾルゲが指にはめたいくつもの宝石を撫でまわしながら応じる。



「...それは君も、私の寝首を掻くチャンスをうかがっているという意味かね?」


「いえいえ、めっそうもありません、あくまでものの例えですよ、例え。」



すべての駒が、それぞれの配置につく。



そして誰も知らない。



この瞬間、敵味方双方が描いた作戦と、複雑怪奇な思惑が交差する。



カルテルと政府軍が描いた罠へと、飛び込んでいく反乱軍。



ホセ指令は、その知略を持って、いかにしてカルテルの奸計を食い破るのであろうか?



死神に与えられた超長距離狙撃任務は、果たして成功するのか...




ホセ指令の手元で金の懐中時計は、その時に向けて、ただ無心に時を刻む。






爆乳酪農家狙撃兵ホルスタイン零-zero- 第三話・「伏魔殿」完。



次回予告扉絵


挿絵(By みてみん)

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