第43.5話
プレアリアの空は、日が傾くにつれて色を失っていった。
昼の熱を残していた地面にも冷たい風が通り始め、人々は一日の仕事を終えようとしている。
その中で、三人だけがまだ残っていた。
地面には、小さな石が一つ置かれている。
珍しいものではない。その辺りでも見つけられる、拳より小さな灰色の石だった。
「もう一度やってみろ」
男が言った。
向かいにいたもう一人が、露骨に嫌そうな顔をする。
「もう三回やった」
「俺だって、毎回できるわけじゃない」
「だからって、俺にもできるとは限らんだろ」
「同じように石を扱ってきただろ」
「それだけでか?」
言い返され、男は黙った。
少し離れたところでは、もう一人が紙を持って二人を見ている。
最初に起きたことは、偶然だと思われた。
石の動きが、不自然に鈍った。
それだけだった。
だが、同じ男がもう一度起こした。
何度か失敗しながら、それでもまた起こした。
ならば、似た経験を持つ者なら同じことができるのではないか。
確かめる理由としては、それで十分だった。
「やるぞ」
試す側の男が言った。
地面の石を見る。
しばらく待つ。
何も起きない。
「……ほらな」
男は顔を上げた。
紙を持った者が、短く記す。
変化なし。
四度目だった。
「どうやってるんだ?」
試していた男が聞いた。
「だから、石を見る」
「見てる」
「動くところを考える」
「考えてる」
「それで……」
言葉が止まる。
「それで?」
「動きが変わるようにする」
「どうやって?」
「だから、それを今説明してる」
「説明になってないだろ」
紙を持った者は、黙って二人のやり取りを聞いていた。
できる男にとっては、それで説明しているつもりなのだろう。
だが、できない側には伝わっていない。
「もう一度」
紙を持った者が口を挟んだ。
二人が振り返る。
「最初から聞かせてくれ」
「何を?」
「お前が石を見る時、何を見ている?」
できる男が怪訝そうな顔をした。
「石だ」
「それは分かる」
「じゃあ何だ」
「重さか。形か。動きか。どこへ行くかか」
男はすぐには答えなかった。
今まで、そんなふうに聞かれたことがなかったのだろう。
やがて、地面の石を見る。
「……動くところ、かな」
「どんなふうに?」
「それは」
また止まる。
できない男が横から言った。
「俺が見てるのとは違う気がする」
二人の視線が向く。
「何が違う?」
「分からん」
「分からないのに違うのか?」
「お前の話を聞いてると、そう思うんだよ」
紙を持った者は、今度は何も書かなかった。
二人は、同じ石を前に座った。
「普段、石を扱う時は何を見る?」
紙を持った者が聞く。
できる男が答える。
できない男も答える。
話していくうちに、少しずつ違いが出た。
目につくところ。
先に確かめるところ。
無意識に気にしていること。
どちらも石を知っている。
けれど、同じ知り方ではないらしい。
「じゃあ」
できる男が言った。
「俺と同じことを考えなくていいんじゃないか」
「何?」
「さっきから俺のやり方を教えてた」
「そうだな」
「でも、お前は俺じゃない」
できない男が眉を寄せる。
「当たり前だろ」
「だったら、お前がいつも見てるものからやればいい」
「それでできるのか?」
「知らん」
「知らんのかよ」
「やったことがない」
できない男が呆れたように息を吐いた。
それでも、もう一度石を見る。
今度は、できる男の言葉を思い出そうとはしなかった。
自分なら、この石の何を見るか。
何を知っているか。
そこから考える。
紙を持った者が、その様子を黙って見ていた。
男はすぐには手を動かさなかった。
石を見る。
少し位置を変える。
また見る。
できる男が何か言おうとした。
「待て」
紙を持った者が止めた。
「今は何も言わない方がいい」
「でも」
「同じことをさせて、今まで何も起きなかった」
それだけ言うと、できる男も黙った。
しばらくして、試していた男が石へ手を伸ばした。
指先で触れる。
離す。
もう一度見る。
「やるぞ」
誰も答えない。
石が動いた。
ほんのわずか。
三人の目がそこへ集まる。
「今の」
できる男が声を上げかけた。
「待て」
また止められる。
紙を持った者は石を見る。
次に、試した男を見る。
「何かしたか?」
「したつもりだ」
「いつもと違った?」
「分からん」
「石は?」
男も石を見る。
「……分からん」
できる男が口を挟む。
「でも、今」
「分からない」
紙を持った者が言った。
遅かったようにも見えた。
いつもと同じだったようにも見えた。
確かめられるほどの違いではない。
紙へ目を落とす。
四度目の欄。
そこへ、
『判定できず』
と書いた。
「できた、じゃないのか?」
「確認できていない」
「じゃあ失敗?」
「それも確認できていない」
二人が黙る。
紙を持った者は、その下へ新しい欄を作った。
「明日もやるのか?」
できる男が聞いた。
紙を持った者は、すぐには答えなかった。
二人の話を思い返す。
同じように石を扱ってきた。
だから、同じやり方を教えればいいと思った。
だが、同じものを扱っていても、見てきたものまで同じとは限らない。
「その前に」
紙を閉じる。
「もう少し聞かせてくれ」
「何を?」
「二人が普段、石の何を見ているのか」
できない男が顔をしかめる。
「そんなものが関係あるのか?」
「分からない」
「またそれか」
「分からないから聞く」
男は何か言い返そうとして、やめた。
できる男も地面の石を見る。
先ほどまで、二人の違いは、できるか、できないか。それだけだと思っていた。
けれど、その前にも違いがあるのかもしれない。
何を見てきたのか。
何を覚えているのか。
何を当たり前だと思っているのか。
それが今の現象と関係するのかは、まだ分からない。
遠くから人の声が聞こえた。
夜が近い。
「今日は終わりだ」
紙を持った者が言った。
「続きは?」
「また確かめる」
三人は石を残し、その場を離れた。
記録には、成功とは書かれていない。
ただ。
変化なし。
と書くことも、もうできなくなっていた。
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