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異世界外交官クラリス ~魔法が無い世界で魔法が生まれる瞬間に立ち会ってしまいました~  作者: 飯山知 春。


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第41話 教えても、できない

クラリスは、記録用紙の一行目へ書いた。


『第一試行――変化確認できず』


候補者は卓の前に立ったまま、傷のある金属片を見ている。


「もう一回いいか?」


「はい。ただ、少し休んでからにしましょう」


男は卓から離れた。


一回で何も起きなかったこと自体は、まだ問題ではない。


現象を起こせる男でさえ、毎回成功するわけではなかった。


だからこそ、最初から五回までと決めている。


少し時間を置いた後。


二人は再び卓の前へ立った。


「さっきと同じでいいんだよな?」


候補者が聞く。


「はい」


クラリスは、現象を起こせる男へ目を向けた。


「もう一度、普段どうしているのか説明してもらえますか」


「熱くなった鉄を思い出す」


男は先ほどと同じように答えた。


「どのくらい熱い鉄だ?」


候補者が聞く。


「どのくらいって……熱い鉄だよ」


「赤くなってるくらいか?」


「いや。別に赤くなくてもいい」


「じゃあ、触れないくらい?」


「触ったら熱いだろ」


「それはそうだけど」


二人の言葉が噛み合わない。


クラリスは口を挟まず、やり取りを記録した。


できる本人には分かっている。


だが、説明しようとすると言葉が足りなくなる。


「とにかく」


男が言う。


「仕事してる時の鉄を思い出して、それがまた熱くなる感じだ」


「分かった」


候補者が卓へ向き直った。


今度は一度目より長く金属片を見つめる。


やがて目を閉じ。


しばらくして開いた。


誰も喋らない。


「どうだ?」


クラリスは比較用の金属片から確かめた。


次に、傷のある方。


ローウェンも続く。


差はない。


「変化は確認できません」


第二試行。


変化なし。


候補者が眉を寄せた。


「同じようにやってるつもりなんだが」


最初の男も困った顔をする。


「俺も、それ以上どう言えばいいか分からん」


クラリスは二人を見た。


言葉は伝わっている。


候補者も、その通りにやろうとしている。


それでも。


同じ結果にはならなかった。



三回目の前に、クラリスは説明の仕方を変えてもらった。


「今度は、何をするのか順番に話してもらえますか」


「順番?」


現象を起こせる男が聞き返す。


「金属を見る。その次に何をするのか。できるだけ一つずつ」


男は困った顔をした。


しばらく考えてから、ようやく口を開く。


「鉄を見るだろ」


「はい」


「それで、熱かった時を思い出す」


クラリスは書く。


「次は?」


「熱くなれって思う」


「その間に何かします?」


「何かって?」


「息を止めるとか。手に力を入れるとか」


「いや」


「何か言葉を繰り返したりは?」


「してない」


聞けば聞くほど。


手順らしいものは減っていった。


立ち方は決まっていない。


手を動かす必要もない。


声に出す言葉もない。


残るのは。


熱かった鉄を思い出す。


熱くなれと思う。


それだけだった。


候補者が苦笑した。


「簡単そうなんだけどな」


「俺もそう思う」


「お前が言うなよ」


少し笑いが起きた。


張り詰めていた空気が緩む。


その後。


三回目を行った。


金属を見る。


熱かった状態を思い出す。


熱くなれと考える。


待つ。


変化なし。


四回目。


立つ位置を確かめる。


金属片の位置も、最初の男が成功した時と同じにする。


説明も、もう一度聞く。


候補者が試す。


やはり。


変化はなかった。


クラリスは四つ目の結果を書き加えた。


ローウェンが記録を覗く。


「場所を揃えても駄目ですね」


「はい」


同じ場所。


同じ金属。


同じ説明。


できるだけ同じように試している。


それでも。


同じ結果にはならない。


候補者が卓へ戻った。


「あと一回だろ?」


「最後です」


「分かってる」


現象を起こせる男が声を掛けた。


「余計なこと考えない方がいいぞ」


「余計なことって?」


「できるかどうかとか」


「じゃあ何考えるんだよ」


「だから、熱い鉄だよ」


候補者が振り返った。


「それが分からんって言ってるんだ」


部屋が静かになった。



最初の男が目を瞬いた。


「熱い鉄が分からない?」


「鉄が熱いのは分かる」


候補者は答えた。


「俺だって仕事で毎日見てる」


「じゃあ同じだろ」


「同じじゃない」


その言葉に。


クラリスのペンが止まった。


「どう違うんです?」


候補者は卓上の金属片を指した。


「こいつが言ってるのは、自分が仕事で扱ってる鉄なんだろ」


現象を起こせる男が眉をひそめた。


「鉄は鉄だろ」


「でも、俺が普段見てるのとは違う」


「何が?」


「だから、それをうまく言えないんだよ」


今度は。


候補者の方が言葉に詰まった。


クラリスは二人の顔を見比べた。


大きく括れば。


二人とも金属を扱い、熱を知っている。


それを理由に候補者を選んだ。


けれど。


二人が毎日の仕事で見ているものまで、同じとは限らない。


何を見ているのか。


どこを見て状態を判断しているのか。


同じ「熱い鉄」という言葉の中身まで。


同じだと考える理由はなかった。


「じゃあ」


最初の男が言った。


「お前がいつも見てる鉄を思い浮かべればいいんじゃないか」


候補者が黙る。


クラリスも答えなかった。


それは。


今までとは違うやり方になる。


これまでは。


できる人間がしていることを聞き。


候補者にできるだけ同じように試してもらっていた。


「今日は」


クラリスが口を開く。


「決めていた方法で、最後まで確認しましょう」


候補者が見る。


「今のは試さないのか?」


「今ここで方法を変えると、前の四回と同じ条件ではなくなります」


男は少し不満そうだったが。


やがて頷いた。


「分かった」


第五試行。


もう一度。


できる男の説明を聞く。


仕事をしている時の鉄。


熱かった状態。


熱くなれと思う。


候補者は、その通りに試した。


時間が過ぎる。


クラリスが金属片を確かめる。


ローウェンも確認する。


温度差は。


なかった。


クラリスは最後の欄へ記した。


『第五試行――変化確認できず』


五回。


すべて。


同じ結果だった。



外交局へ戻ると。


クラリスは五回分の記録を机へ広げた。


すべてに。


『変化確認できず』


と書かれている。


ローウェンが向かいへ腰を下ろした。


「経験が近い人を選んでも、起きませんでしたね」


「はい」


それだけを見るなら。


経験との関係を疑ったこと自体が間違っていたとも考えられる。


だが。


クラリスには、試験の最後の会話が引っかかっていた。


――俺が普段見てるのとは違う。


クラリスは二人の聞き取り記録を並べた。


自分たちは。


経験が近い人を選んだ。


鉄を扱う。


熱を扱う。


それを仕事として続けている。


けれど。


その人たち自身が、何を同じだと思い。


何を違うと感じているのかまでは見ていなかった。


「私たち」


クラリスが言う。


「外から見て、似ている人を選んだんですよね」


「そうですね」


「でも、本人たちにとって同じかどうかまでは分からない」


ローウェンは二人分の記録を見比べた。


「そこまで聞いていませんでしたからね」


「はい」


もう一つ。


クラリスは試験中に書いた言葉へ目を向ける。


『仕事している時の鉄』


できる男には。


それで十分だった。


自分の中にあるものを指す言葉だからだ。


だが。


候補者が同じ言葉を聞いても。


同じものを思い浮かべているとは限らない。


「説明された通りにやってもらうだけでは」


クラリスは言った。


「足りないのかもしれません」


「では、何を変えます?」


クラリスはすぐに答えなかった。


何を変えればいいのかは。


まだ分からない。


ただ。


次に聞く相手は見えていた。


「候補者の方にも」


クラリスは二枚の記録を揃えた。


「もっと話を聞きたいです」


今まで聞いていたのは。


できる人が。


どうしているのか。


その話ばかりだった。



夕方。


エリアスは五回分の結果を読んだ。


「全部、変化なし」


「はい」


「候補者は、決めた条件に合っていた?」


「私たちが決めた条件には」


エリアスが顔を上げる。


「ずいぶん含みのある言い方ね」


クラリスは、最後の試行前にあった二人の会話を説明した。


同じ熱い鉄という言葉でも。


二人が普段、仕事の中で見ているものは同じではないかもしれない。


できる男は。


自分の知っているものを説明している。


だが。


同じ言葉を聞いた候補者が。


同じものを思い浮かべているとは限らない。


エリアスはしばらく黙っていた。


「つまり、教え方を変える?」


クラリスは首を傾けた。


「その前に、聞き方を変えたいです」


「誰への?」


「候補者です」


これまでは。


できる人に尋ねた。


何を考えるのか。


何を思い出すのか。


どうすれば起きるのか。


そして。


その答えを候補者に真似てもらった。


五回。


何も起きなかった。


「候補者が普段、何を見ているのか」


クラリスは言った。


「同じように熱い金属を扱っていても、何を見て状態を判断しているのか。本人にとって、どういうものなのか」


「それを聞く?」


「はい」


エリアスは記録へ目を戻した。


「分かったわ」


クラリスは頭を下げる。


局長室を出た後。


執務室へ戻り、今日の記録の最後へ一文を加えた。


『発生者の説明と手順を模倣するだけでは、変化は確認できなかった。』


その下へ。


『候補者本人が対象をどう捉えているか、追加確認が必要。』


クラリスはペンを置いた。


五回。


何も起きなかった。


けれど。


最初に考えていた。


ただ真似ればいい、というやり方は。


これで一度。


置いておくことができる。


次に聞くのは。


できる人のやり方ではない。


まだできない人が。


すでに知っていることだった。

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