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異世界外交官クラリス ~魔法が無い世界で魔法が生まれる瞬間に立ち会ってしまいました~  作者: 飯山知 春。


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第35話 十五年前と同じ問い

翌朝、クラリスは宿を出る前に手帳を開いた。


昨夜書いた一行が、頁の下に残っている。


『現在、エストラド、プレアリア、バルクの三国で、それぞれ説明困難な事象について確認の動きあり。』


その下は空白だった。


十五年前については、あえて書かなかった。


似ている。


だが、同じだとは言えない。


その区別は昨日までに何度も確かめた。


だから今日は、別のところを見ることにした。


クラリスは第三使節団についてまとめた頁を開く。


エストラドの一行が先に集落へ着いた。


翌日にプレアリア。


その翌朝にバルク。


三国は、互いがそこへ来ていることを知らなかった。


それでも代表者たちが話し合ったあと、一つの隊列になって西へ向かった。


クラリスは、その間にある部分へ視線を止めた。


会談だ。


何が起きていたのかは分からない。


何を持ち寄ったのかも分からない。


けれど、別々に動いていた三国を一緒に進ませるだけの何かが、そこで共有された。


「そこが気になりますか」


支度を終えたローウェンが、卓の向こうから尋ねた。


「はい」


クラリスは手帳を彼の方へ向けた。


「昨日までは、十五年前も三国だったことばかり見ていました」


「今日は?」


「三国が、いつ一つになったのかを見ています」


ローウェンが頁へ目を落とす。


「会談のあとですね」


「はい」


現在はまだ、三国がそれぞれ問い合わせを始めた段階だ。


情報はそろっていない。


同じ現象を扱っているのかさえ確認できていない。


十五年前も、集落へ来た時点では別々だった。


だが、話し合ったあとに行動が変わった。


クラリスは新しい頁へ一行記す。


『十五年前、三国は情報を共有した後に合同で行動している。』


そこまでだった。


理由は書かない。


現在との関係も書かない。


確認できている事実だけを置く。


「行きましょう」


クラリスは手帳を閉じた。


今日考えるべきなのは。


十五年前と現在が同じかどうかではない。


十五年前、三国が何を知ったから。


一国ずつではなく、一緒に確かめることを選んだのか。


そちらだった。



街道を進みながら、クラリスは会談で交わされた言葉を思い返していた。


どの国が先に知ったかは関係ない。


どの国のものかを争っている場合ではない。


三国がそれぞれ確かめなければならない。


以前は、その言葉の中の「何を」にばかり目が向いていた。


何を知ったのか。


何を争おうとしたのか。


何を確かめようとしたのか。


今は、別の言葉が引っかかる。


「確かめなければならない」


クラリスが口にすると、隣を進むローウェンが振り向いた。


「十五年前の?」


「はい」


「何か気づきました?」


「大したことじゃないかもしれません」


そう前置きしてから、クラリスは続けた。


「知っていたなら、確かめる必要があるんですよね」


「何かがあると知ることと、それが何なのか分かることは別ですからね」


「はい」


山で岩が止まった時もそうだった。


何かが起きた。


それだけは、その場にいた全員が知った。


だが、それが何なのかは誰も知らなかった。


石工と関係があるのか。


場所なのか。


経験なのか。


偶然なのか。


一つずつ確かめて、ようやく少しだけ条件が見えた。


十五年前も同じだったとは言えない。


けれど。


会談の言葉だけを見れば、少なくとも彼らはすべてを理解し終えていたわけではなさそうだった。


「『どの国が先に知ったか』より、『三国がそれぞれ確かめる』方が大事だったのかもしれません」


クラリスが言う。


ローウェンはしばらく考えた。


「一国の情報だけでは判断できなかった?」


「そうだった可能性があります」


今度は自分から付け加えた。


ローウェンが少し笑う。


「もう言われる前に付けますね」


「慣れました」


クラリスも笑った。


だが、その可能性は今の自分たちにとって無視できなかった。


エストラドだけを見ても。


プレアリアだけを見ても。


バルクだけを見ても。


同じものが起きているのかどうかさえ判断できない。


十五年前の言葉は。


今になって初めて、実際の困りごととして理解できるようになっていた。



昼の休憩で、クラリスは記録をもう一度整理した。


今度は頁を二つに分けた。


左側に、確認できていること。


右側に、まだ分からないこと。


十五年前について確認できているのは。


三国がそれぞれ集落へ来たこと。


代表者が話し合ったこと。


三つの印が記された図を囲んだこと。


国旗を外し、一つの隊列となったこと。


西へ向かったこと。


そして、その一行が戻らなかったこと。


現在については。


エストラドで説明困難な事象が複数報告されていること。


プレアリアでも確認が行われていること。


バルクでも情報が集められていること。


三国の間で問い合わせが始まっていること。


さらに、自分たちは人の意思によって現象が繰り返された例を直接確認している。


クラリスは右側へ移った。


分からないことは、それより多かった。


十五年前に三国が把握したものと、現在起きている現象は同じなのか。


父たちは何を見たのか。


どこまで理解したのか。


三国が持ち寄ったものは何だったのか。


西へ何を確かめに行ったのか。


その先で何が起きたのか。


なぜ戻らなかったのか。


現在の現象は、三国で本当に同じものなのか。


クラリスは書き終え、二つの欄を眺めた。


「右の方が多いですね」


ローウェンが覗き込む。


「圧倒的に」


「少しは進んだと思っていたんですが」


「進んだから、分からないことが増えたんでしょう」


クラリスは顔を上げる。


「それ、慰めています?」


「事実を述べています」


「便利ですね、それ」


ローウェンは笑い、少し離れた場所へ戻った。


クラリスはもう一度、右側の欄を見る。


以前なら。


父がなぜ帰らなかったのか。


その答えさえ分かればよかった。


少なくとも、旅に出る前はそう思っていた。


今は違う。


十五年前に何があったのかを知りたい理由が、一つ増えている。


現在起きていることを理解するためだ。


もし関係がなければ、それも重要な答えになる。


もし関係があるなら。


十五年前の記録は、今を知るための手掛かりになる。


クラリスは右側の一番下へ一行だけ追加した。


『第三使節団事件と現在の事象の関係――未確認。』


そして、その横に小さく書く。


『確認する必要あり。』


父の消息を追うためだけだった調査が。


少しずつ、別の意味を持ち始めていた。



午後、二人は再び公的な連絡を扱う場所へ立ち寄った。


前日に送った報告書がすでに先へ回されたことを確認したあと、ローウェンは三国から届いている照会について尋ねた。


新しい詳細は、まだ来ていなかった。


プレアリアで何が起きたのか。


バルクで何が起きたのか。


それをクラリスたちが読める段階にはない。


ただ、エストラドから返す情報については整理が始められているという。


外へ出ると、クラリスは少し考え込んだ。


「このままだと、何度も同じことを聞くことになりますね」


ローウェンが振り返る。


「どういう意味です?」


「エストラドがプレアリアへ聞く。プレアリアがエストラドへ聞く。バルクもそれぞれへ聞く」


クラリスは指を折りながら言った。


「三国が別々にやったら、同じ確認が増えませんか」


「外交というのは、そういうものでもあります」


「そうですけど」


納得していない顔をしていたらしい。


ローウェンが笑った。


「では、どうします?」


クラリスは少し考えた。


「同じものを調べていると決まったわけではありません。でも、それを確かめるためにも、三国の情報を並べる必要があると思います」


「一つの国だけの記録では?」


「比較できません」


山の町で、石工だけを見ていた時と同じだ。


一例だけでは。


その人だけなのか。


その場所だけなのか。


何が共通するのか。


何も分からなかった。


二人目。


三人目。


場所。


経験。


違うものを並べたことで、初めて見えたことがある。


国が変わっても同じだった。


エストラドの記録だけをどれだけ細かく調べても、プレアリアとバルクで何が起きているかは分からない。


「三国それぞれが確かめなければならない」


クラリスは思わず口にした。


ローウェンの表情が変わる。


十五年前の言葉だった。


クラリス自身も、言ってから気づいた。


「……同じことを言っていますね」


「ええ」


二人はしばらく黙った。


十五年前と今が同じだという意味ではない。


ただ。


一国の記録だけでは足りない。


その問いだけは。


十五年前と同じ場所へ戻ってきていた。



夕刻。


宿へ入ったクラリスは、今日までの記録を机へ広げた。


第三使節団についてまとめた手帳。


現在の事象についての記録。


そして、自分たちが山で作った報告書の控え。


ローウェンが向かいの椅子へ腰を下ろす。


「まだやります?」


「今日の分だけです」


クラリスは新しい頁へ、王都へ戻ったあと確認したいことを書いた。


エストラド国内で集められている事例。


プレアリア側の事例。


バルク側の事例。


それぞれについて、何が実際に確認され、どこからが解釈なのか。


意図して再現された例はあるのか。


場所や本人の経験による違いはあるのか。


そこまで書いて、ペンが止まる。


「一国だけでは無理ですね」


クラリスが言った。


「何が?」


「確認です」


自分たちが山で行ったことも、最初は比較から始まった。


石工だけでは分からなかった。


鍛冶職人。


水汲みの子供。


場所。


失敗した試行。


違うものを並べることで、初めて見える部分があった。


国が変われば、なおさらだった。


「他国の記録を正式に扱うなら、外交局の仕事になりますね」


ローウェンが言う。


「やっぱりですか」


「残念そうですね」


「少しだけ」


クラリスは笑ったあと、手帳へ視線を戻した。


父の消息を知るために始めた調査だった。


それは今も変わらない。


だが、十五年前に何が起きていたのかを知ることには、別の意味が加わった。


現在、三国で起き始めていることを理解する手掛かりになるかもしれない。


あるいは、まったく関係がないと分かるかもしれない。


どちらでもいい。


確かめなければ分からない。


「第三使節団を調べる理由が、増えました」


クラリスが言った。


ローウェンは静かに頷いた。


クラリスは最後に一行だけ書き足す。


『三国間で、確認済みの事実を比較できる形で共有する必要あり。』


まだ国の方針ではない。


ただの一外交官の考えだ。


けれど、その一文を書いてから。


クラリスは十五年前の会談の言葉を思い出した。


三国がそれぞれ確かめなければならない。


今なら。


なぜそんな言葉が必要だったのか。


ほんの少しだけ、分かる気がした。


クラリスは手帳を閉じた。


一国だけでは、確かめられない。


十五年前も。


そして今も。


少なくとも、その問いだけは同じだった。

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