第24.5話
王都アストレアの朝は早い。
東の空が白み始める頃には、城壁の外に広がる畑でも人の姿が動き始めていた。
女は籠を片手に、畝の間をゆっくりと歩いていた。
夜露の残る葉をかき分け、茎を確かめる。
虫はいない。
葉の色も悪くない。
土を指で掘れば、昨日撒いた水の湿り気がまだ残っている。
それでも、花が咲かなかった。
女は腰を伸ばし、目の前の畝を見渡した。
毎年この時期になると、小さな花が一斉に開く。
王都の市場へ持っていけば、食卓や店先を飾るために買っていく者がいる。特別に高価な花ではないが、毎年決まった時期に咲き、決まっただけ売れる。
今年も蕾まではついた。
なのに、開かない。
「まだ駄目か」
後ろから声がした。
籠を背負った男が畑へ入ってくる。
「駄目ね」
女は一つの蕾を指先でそっと持ち上げた。
萎れてはいない。
触れれば張りもある。
ただ、閉じたままだ。
「寒かったからじゃないのか」
「だったら、あっちはどうするの」
女が顎で示した先では、同じ花が朝露をまとって咲いていた。
畑の端。
ほんの数十歩しか離れていない。
そちらは例年と変わらない。
男はしばらく二つの畝を見比べた。
「土か?」
「同じ畑よ」
「水」
「同じ」
「種が悪かったとか」
「去年採ったもの。向こうも同じ」
男は頭を掻いた。
「じゃあ、分からんな」
「だから困ってるの」
そう言いながらも、女の声に深刻さはなかった。
農作物には、理由の分からない出来不出来がある。
昨日まで元気だったものが急に枯れることもあれば、諦めていた株が思いがけず実をつけることもある。
長く畑にいれば、すべてに理由を求めても仕方がないことくらい知っている。
女は閉じた蕾から手を離した。
「あと二、三日待ってみるわ」
「市場には?」
「向こうの咲いてる分だけ持っていく」
男が頷き、畑の端へ歩いていく。
女も籠を持ち直した。
朝の光が少しずつ畑を照らし始める。
女はもう一度だけ、開かない蕾の並ぶ畝を振り返った。
見たところ、枯れているわけではない。
明日になれば咲くかもしれない。
そうでなければ、その時また考えればいい。
女は咲いている花の方へ歩いていった。
やがて城壁の向こうから、朝を告げる鐘の音が聞こえてきた。
いつもと変わらない一日が始まる。
畑には、開かない蕾だけが残っていた。
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