第八陣 皇都蒸気散歩 ――和洋折衷の万華鏡――
「うわぁ! もう、何が何だか……」
次の日、大鳥居司令から連絡があるまで、凛たちが皇都を案内してくれるというので、尋人は皇都のメインストリートを訪れていた。
赤煉瓦造りのビルとモダンな洋館が立ち並び、その間を縫うようにして真鍮製の巨大な蒸気配管が、まるで血管のように街を這っている。
通りを行き交うのは、袴姿の女学生や、山高帽にフロックコートの紳士たち。その脇を、小型の蒸気エンジンを唸らせる「機巧人力車」が、軽快な排気音を立てて走り抜けていく。
「驚いたか? 佐藤殿。ここ銀座煉瓦街は、我が大日本皇國の技術と異国の文化が最も美しく混ざり合う場所だ」
隣を歩く凛が、少しだけ誇らしげに目を細めた。いつもの袴姿ではなく、濃藍の小袖に白地の半幅帯を締めている。その清楚で可憐な佇まいは、人混みの中でも一際目立つ。
「さあ佐藤様、巷で人気の甘味処へ参りましょう! 疲れを癒やすには、やはり甘いものが一番です!」
弥生が尋人の袖を引きながら、楽しそうに微笑む。今日は背中の重い蒸気タンクを下ろし、淡い若草色の着物に茶色のショートブーツを合わせた、可愛らしいレトロモダンな装いだ。
「……それにしても、これだけの規模の街を全部蒸気で動かしてるのか。その割に、空気は澄んでるな」
尋人がつい独り言を漏らすと、後ろを歩いていた詩織が怪訝な顔をした。彼女もまた軍服ではなく、白いブラウスに萌葱色のロングスカートというクラシカルな洋装だ。胸元のポケットには、趣味で集めているという銀細工の栞が挟まれている。
「出力を最優先する蒸気兵器はともかく、皇都内で使用されている霊子炭は有害物質を発生させるものではありません。なかには、長寿命の高濃度霊子炭や極めて貴重な霊子結晶もあります」
「なるほどね。石炭とは似て非なるものなんだ。しかし、この吹き上がる蒸気は、再利用できないもんかな?」
「興味深い視点です。皇都の蒸気インフラは、帝が天岩戸に入宮されて以降、二十四時間体制で霊子周波数を調律している精緻なものですが、非効率に見えますか?」
「いや、例えばあの蒸気の排出口に小型のタービンでも置けば、街灯くらい発電出来るかなぁ、と思って」
「……排熱再利用。その発想、我々の工学体系にはありません。……佐藤さん、やはりあなたの脳は詳細に調査する必要があります」
「こ、怖いこと言わないでください! ――あと、帝とか天岩戸ってなんですか?」
「御上、つまり帝は先のご維新の戦を勝利に導き、現在の皇國の礎を築かれた我が国の精神的支柱です! 天岩戸は御上の神殿。今はそこに籠もられ、国家国民の安寧のため、日夜霊流の調整をされています! 私は御上付きの巫女でもあるのですよ!」
横から、得意げに弥生がそう教えてくれる。そのあと、凛がこう付け加えた。
「そして、我ら特務隊はその帝の近衛なのだ」
「おーい、難しい話はそこまでにして、早く何か食べに行こうぜ! 腹が減っては道案内も出来ねえからな!」
そう言って頭の後ろに手を組みながら、会話に割り込んできたのは蘭だった。すっかり休日仕様に着飾った他の三人とは対照的に、彼女の装いは普段と変わらない無骨な道着姿だ。だが、よく見ればいつもは無造作な短髪に、可愛らしい花の髪飾りを留めている。彼女なりに女の子っぽさを取り入れているのが、尋人には微笑ましく感じられた。
そんなやり取りをしながら、尋人達は路地裏にある一軒の古道具屋の前を通りかかった。軒先から店内にかけて、錆びついた大小の歯車や、複雑な真鍮の配線が剥き出しになった蒸気機械の残骸が所狭しと乱雑に積まれている。煌びやかな煉瓦街の中では、場違いにも思える異質な店だった。
「――Oh! Wait! その腕輪、ちょっと見せなさい!」
突如、店の中から飛び出してきた大声に、尋人は驚いて固まった。
そこに現れたのは、透き通るような金髪をショートボブに切りそろえ、頭に大きな茶色いゴーグルを乗せた異国の少女だった。油汚れの付いたオーバーオールを着て、右手にはスパナを握りしめている。
「ひゃあッ!? エ、エレナさん、いきなり何ですか!?」
突然腕を掴まれた弥生は、肩を跳ね上げて文字通り飛び上がった。しかし少女――エレナはそんなことはお構いなしに、弥生が身に付けていた腕輪へ、嚙りつかんばかりの勢いで顔を近づける。
「内部が異常な高温で焼けている……。皇國の古流形式の耐久性は半端ないはずなのに。いったい、何が起きたら、こんな壊れ方をするの!?」
「え、あ、いや……」
戸惑う弥生とグイグイ迫るエレナ。その勢いに尋人も気圧されていると、彼女はハッと何かに気づいたように顔を上げ、今度は尋人の顔を至近距離で覗き込む。大きな瞳が、サファイアのように爛々と輝いている。尋人はその勢いに圧倒されながらも、西洋人形のような美麗な顔立ちに、目が釘付けになった。
「エレナ、行儀が悪いぞ。……すまない、佐藤殿。彼女はエレナ・ウィリアムズ。ブリタニア王国公使の娘で、特務隊の技術顧問でもあるのだが――機械のこととなると、まるで見境がなくてな」
凛が溜息をつきながら紹介する。エレナは「人をクレージー扱いしないでよ! 私は人畜無害なマシーン・マニアよ!」と抗議しながら、尋人の手を握りしめた。
「皇國とブリタニアはフレンドよ! あなた、この測定器を壊した張本人? アンビリバボー! どんな霊子特性を持っているか興味湧くわ!」
苦笑いしながら、賑やかな娘だな、と尋人は思う。しかし、この世界にも色々な国があるんだな。世界地図はどうなっているのだろうと考えていると、不意に重厚な非常警報が鳴り響いた。
一度、二度。
「……威力偵察、でしょうか。帝国の無人機が防衛線に接触したようです」
詩織が冷ややかに、けれど緊張を含んだ声で演算器を見つめる。
凛の表情が、一瞬にして軍人のそれに切り替わった。
「佐藤殿、残念だが休日はここまでだ。……どうやら非常事態のようだ」
遠くの空に、細い黒煙が立ち上るのが尋人の目に入った。
それは、平穏な日常が終わり、彼がこの世界の戦いへと本格的に巻き込まれる前触れだった。
これで、各ヒロインがほぼ出揃いました!
あなたの推しは、誰でしょうか?
次回は、尋人たちの部隊が結成されます。お楽しみに!
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