第七陣 演算器を超えるゲーム知識
「……回避率九十八パーセント。偶然で片付けるには、あまりに不自然な数字ですね」
練兵場敷地内にある休憩室の一角で、尋人と興奮冷めやらぬ蘭による感想戦が終わった後、詩織が淡々と呟いた。
彼女は例のタイプライター風の機械に視線を落としたまま、一度も尋人と目を合わせようとしない。時々、機械から白い煙が出ているが、誰も騒がないところを見ると、これも蒸気で動いているのだろうか。きっとパソコンみたいなものだろうと尋人は想像する。
「佐藤尋人さん。先ほどの立ち合い、あなたの身体能力は霊子強化を含めても蘭に劣っていました。にもかかわらず、あなたは致命的な一撃をすべて紙一重で回避している。……私の霊子演算器が導き出す予測よりも早くです」
詩織がようやく顔を上げ、眼鏡の奥にある底冷えのする瞳で尋人を見つめた。
「どういう理屈で蘭の動きを読んだのですか? 呼吸、あるいは攻撃の気配を察知する特殊な能力ですか?」
「……いや、特殊能力なんて大層なものじゃないです。ただ――」
尋人は少し言い淀んだ。現代の高校生、それも帰宅部の彼が持っている知識なんて、格闘ゲームやアクションゲームの攻略法くらいのものだ。
「なんていうか、蘭さんの動き、予備動作が大袈裟なんですよ」
「……予備動作?」
詩織が怪訝そうに眉をひそめる。
「ええ。ゲームのボスキャラ……あ、いや、強敵が必殺技を出す前に一瞬光ったり、大げさな『溜め』が入ったりするのと同じです。蘭さんは大振りの一撃を出す直前、必ず左足のつま先に力が入るし、肩が数センチ上がる。次にどこへ、どのくらいの速さで来るか分かりやすいっていうか……」
尋人にとっては当たり前の感覚だった。強化竹刀で身体能力が向上していた彼の目には、画面上の敵キャラのクセを見切るゲームの攻略と、蘭の動きを観察して対応することは、本質的に同じに見えたのだ。
「そんな分かりやすいタイミングに合わせて避けるのは、そんなに難しいってほどでもなかったです」
「…………」
詩織は言葉を失った。
一拍置いて、彼女は猛烈な勢いで機械をタイプしはじめる。尋人が指摘した蘭の癖と回避行動の相関関係でも計算しているのだろうか。
「……全方位の予測ではなく、特定の予備動作のみを引き金にした回避行動。……不要な計算を全て切り捨て、真に必要な情報だけを抽出している?」
カチ、と演算器が音を立てて止まる。
詩織の顔が、驚愕と――そして、未知の論理に触れた高揚感で、わずかに赤く染まっていくのを尋人は見た。
「……佐藤さん。あなたの思考は、まるで人間味のない、効率重視な鋼鉄の歯車のようです。ですが、その考え方は極めて合理的です。……私の演算器が、あなたの正しさを証明してしまいました」
「へぇ。論理で詩織を黙らせるなんて、大したもんだにゃ」
窓際で見ていたにゃん丸が、ニャハハと笑う。
それまで静かに彼らのやり取りを見守っていた凛が、尋人をじっと見つめた。その瞳には、彼の考え方に対する感銘と何がしかの決意が宿っているようだった。
「……決まりだな。詩織さん、彼の能力調査の結果をまとめてください。私はそれを大鳥居司令へ報告します」
「了解です。佐藤尋人……霊子出力、測定不能。戦闘技能、特殊な予備動作感知による高効率回避。……クラウスの搭乗員としての適性、概算で特A判定で良いかと」
詩織は少し興奮した様子で、演算器を高速で操作する。
「佐藤殿。貴殿の力、確かに見せてもらった」
凛が尋人の正面に立ち、その涼やかな眼差しを真っ直ぐに向けた。
「貴殿には、この世界で成すべき使命が与えられるだろう。不本意かもしれぬが、どうか我らに力を貸して欲しい。……今日のところは、ゆっくり休んでくれ。明日にでも、司令から今後の沙汰があるだろう」
夕凪亭に戻る道すがら、蘭は「今度こそ当ててやるからな!」と笑い、弥生は「やはり、私が見込んだ救世主様でした……」と感極まった様子で尋人の袖を掴んでいた。
一介の高校生から、大日本皇國の運命を左右するかもしれない、機巧武者の「搭乗員」へ。
尋人の異世界生活は、坂道を転がるように動き出していた。
今回は、尋人のちょっとした現代知識の披露回となりました。
今後、ゲームやバイトの経験が、戦いに活かされる展開にもご期待ください。
次回は、金髪碧眼のヒロインが登場します。お楽しみに!
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