第六陣 赤髪の女傑
「弥生、無事か! 一体何をやらかした!」
勢いよく踏み込んできた二人の女性は、その場に固まった。
真鍮製のタンクから漏れ出す蒸気が部屋を白く染める中、座り込む尋人の胸元に顔を埋めるようにして、もたれかかる弥生。
……客観的に見て、非常に誤解を招きやすい絵面だった。
「……弥生。職務中に殿方と不純な――不適切な接触は禁じられているはずですが?」
冷ややかな声が、部屋の温度を数度下げたように尋人は感じた。
声の主は、丸い銀縁眼鏡を掛けた大人びた女性だった。きっちりと端正な三つ編みに結われた黒茶の髪。立襟に金ボタンが光る深緑の軍服を隙無く着こなし、小型のタイプライターみたいな機械を片手に抱え、尋人を検分するような目で見つめている。
「ち、違います詩織さん! 測定しようとしたら、佐藤様の霊子が逆流して、私の計器が……!」
「測定不能、ですか。あなたの霊子測定器を焼き切るとは、理論上あり得ない数値ですが……」
詩織と呼ばれた女性の冷静な分析を遮るように、ポニーテールの少女――四条凛が、尋人の前に膝を突いた。彼女は彼の顔をじっと見つめると、気遣うように声を掛けた。
「佐藤殿、怪我はないか? 昨日の今日だ、弥生が無理をさせたのなら私から謝罪しよう」
「あ、いえ。……大丈夫です」
「凛。見たところ外傷はなさそうです。それよりも、彼の『資質』を確認しなければ。昨夜の戦果が、機体の性能か、あるいは操縦者の技量か……」
詩織の言葉に、凛は小さく頷いた。
「わかっています。佐藤殿、改めて貴殿の力を……その『武』の片鱗を、我々に見せてはもらえないだろうか?」
* * *
凛に促され、尋人は皇國特務隊の練兵場へと向かうことになった。
練兵場に足を踏み入れると、凄まじい熱気と金属音が辺りに響く。そこで一際異彩を放っていたのは、周囲より頭一つ抜けた大柄な女性だった。無造作に跳ねた短い赤髪に、腕まくりをして着崩した厚手の道着が、彼女の野性的な気性を端的に表しているように見えた。
「おらぁッ!」
ドォォォン! と、大地を揺らすような衝撃音が響く。
機巧甲冑を纏った彼女が、身の丈を超えるほどに巨大な戦斧を振り下ろし、練習用の標的を一撃で粉砕していた。砕け散った木片が舞う中、彼女は額の汗を拭い、尋人たちに気づくと豪快に笑った。
「お、凛! 連れてきたのか、例の『適合者』を。……なんだ、随分とひょろい奴じゃないか。私は蘭。よろしくな!」
「蘭、無礼だぞ。……だが、彼の力を確かめる必要があるのも事実だ」
「いいぜ。だが、流石にこの『金剛』を装備したままじゃ、不公平だからな」
蘭は手際よく重装甲のパーツを外し身軽になると、立てかけてあった竹刀を取り出して、その一本を尋人に投げて寄越した。
「さあ、始めようぜ! ルールは簡単、一本取った方の勝ちだ!」
手渡された竹刀は、ずっしりと重かった。よく見ると、柄の周辺には微細な真鍮の線が、幾何学的な模様を描くように緻密に埋め込まれている。
「佐藤殿。その竹刀は『霊子同調型訓練具』だ。手にした者の霊子力に反応し、一時的に肉体を強化する機能がある。貴殿の力を見せて欲しい」
尋人は昨夜の感覚を思い出し、竹刀に意識を集中した。
――その瞬間。
腕から全身へ、熱い奔流が駆け抜けた。身体が軽くなり、視界が異常に鮮明になるのを感じる。
「いくよッ!」
蘭の体が、弾丸のように弾けた。
――速い!
「ふんっ!」
蘭の鋭い横薙ぎが襲う。本来なら反応すらできない速度。だが、強化された尋人の足は、反射的に後ろに跳躍していた。
空を切る竹刀の風圧を肌で感じながら、最小限の動きで回避する。
「ほほう、避けるねぇ!」
蘭の猛攻が始まった。脚力と腕力は常人の域を遥かに超えている。上段、中段、あるいは力任せの突き。凌ぐだけで精一杯だったが、尋人の身体はその動きに即座に適応していた。
蘭が力強く竹刀を振り下ろす瞬間の、重心の移動。
攻撃を放つ直前の、微かな肩の揺れ。
それらを冷静に観察し、彼は死に物狂いの足さばきで回避し続けた。
「そこまで!」
凛の鋭い声が響き、蘭の竹刀が尋人の胸元寸前で止まった。
「……蘭。それ以上は訓練の域を超える」
「はぁ、はぁ……。畜生、最後まで一発もまともに当たらなかった……。何なんだよ、お前のその動き。ひょろひょろのくせに、捉えきれないじゃないか」
蘭は呆れたように竹刀を肩に担ぐと、苦笑いしながら尋人の背中をバシバシと叩いた。緊張から解き放たれた尋人は、がっくりと膝を突き、激しく肩で息を吐く。
「……無駄な動きが、削ぎ落とされている」
凛がゆっくりと近づき、尋人の手にある竹刀をじっと見つめた。その瞳には、一人の武芸者としての深い敬意が宿っているようだった。
「派手な力も、特殊な術理もない。だが、佐藤殿。貴殿の『基本』には、我ら皇國の武が忘れてしまった真理があるのかもしれない」
「……データ上も異常です。攻撃回避率、九十八パーセント。身体強化の補助があったとはいえ、初見の訓練具をこれほどの高効率で運用するとは……」
詩織の驚きを背に、尋人はやっとの思いで立ち上がった。
必死に逃げ回っていただけだったが……どうやらこの強化竹刀のおかげで、剣道七級の実力が何倍にも増幅されたみたいだなと、尋人は一人納得していた。
「面白くなってきたにゃあ」
にゃん丸が、いつの間にか蘭の肩の上に乗り、満足そうに喉を鳴らしていた。
というわけで、今回は頭脳派の詩織と男勝りの蘭の登場回でした!
今後、戦闘での二人の連携にもご期待ください。
次回は、尋人がちょっとした現代知識を披露することになりそうです。
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