第五陣 銀髪の巫女
「――失礼いたします。佐藤様、お目覚めでしょうか」
襖の向こうから聞こえてきたのは、鈴を転がすような声だった。
「あっ、はい」
返事をすると、スッと襖が開く。その先に正座していたのは、現実離れした端正な顔立ちの少女だった。少し年下だろうか。
ふわりと二房に結い上げた白銀の長い髪。真っ白な千早に緋色の袴という巫女装束を纏っている。しかし、その背にはランドセルのような真鍮製の蒸気タンクが背負われ、そこから右腕に数本の細い管が巻き付き、手首の腕輪へと伸びていた。
「昨夜は深い眠りからクラウスを目覚めさせ、皇都を救っていただいたこと、心より感謝申し上げます。私は皇國特務隊付霊子巫女の神凪弥生と申します」
弥生は静かに一礼した。ひんやりとした朝の空気のような静かな佇まいだ。
「本日は、佐藤様の霊子を測定させていただきたく、まかり越しました。――失礼します」
彼女は音も立てずに尋人のすぐ目の前に進むと、両膝を突いた。
……近い。透き通るような白い肌。澄んだ瞳に長いまつ毛。仄かに香る白檀の香り。
(……本当に綺麗だな、この娘)
生まれてこの方、これほど間近で家族以外の異性と向かい合ったことは無い。尋人は思わず息を呑み、身体を硬くした。すると、弥生がわずかに顔を上げ、不思議そうに彼を見た。
「……? 佐藤様、顔が赤いようですが。どこかお加減でも……」
「あ、いや! 別に! 大丈夫です、元気です!」
慌てて目を逸らす尋人を見て、弥生は小首を傾げたが、やがて自分の状況――男の胸元に詰め寄っている――を自覚したのか、その白い頬がポッと淡い桜色に染まった。
「あ、その、申し訳ありません! 霊子の測定は……接触しないと精度が落ちるもので。決して変な意図があるわけでは……」
「わ、分かってます! 仕事ですよね、分かってますから!」
二人して赤面し、視線を泳がせる。
その様子を、窓際で見ていた黒猫が呆れたように肩をすくめる。
「やれやれ。朝っぱらから甘酸っぱい霊子が部屋に充満してるにゃあ。そんなにドギマギしてたら、測定器が佐藤の心拍数で爆発しちゃうにゃ」
「うるさいぞ、にゃん丸!」
「にゃ!? 変な名前つけるにゃ!」
「にゃん丸……。ふふっ、弥生は良い名だと思いますよ」
「弥生まで、にゃにいってるにゃ!」
黒猫改めにゃん丸との口論で、場の緊張がほぐれる。弥生は一つ深い息をして、真剣な表情に戻った。
「失礼します。……霊子回路、接続」
彼女が尋人の胸元に管を巻かれた掌をそっと当てた。
掌から伝わる、ひんやりとした感触と同時に、自分の体内で脈打つ心音を感じる。
次の瞬間、彼女の背負ったタンクが「ガコン!」と重厚な音を立てた。
「……えっ?」
弥生の落ち着いた表情が、驚きに揺れる。
タンクに備え付けられた圧力計の針が、勢いよく右側へ振り切れていた。「シュシュシュッ!」と安全弁から蒸気が噴き出し、それは朝日に反射して、ダイヤモンドダストのような美しい虹色に変わった。
「そんな……っ。霊子圧が計測限界を超えて……!? これじゃあまるで、天岩戸の帝に拝顔しているような……っ!」
弥生は必死に計器を操作しようとしたが、彼女の手首の腕輪が眩い光を放ち、ピシッと音を立ててひび割れた。
「はぁ、はぁ……っ!」
光が収まった時、弥生は掌を尋人の胸に置いたまま、頭をもたれかけて来た。
背中のタンクからは、力なく「プシュー……」と頼りない蒸気が漏れている。
「――測定不能です。私の測定器を焼き切るなんて……」
弥生は、尋人のシャツを掴んで、荒い息遣いで呟いた。
上気した彼女の瞳には、常識を超えた存在を目の当たりにした純粋な驚きと――隠しきれないほどの期待が宿っているように見えた。
「佐藤様。あなたは、私が考えていたよりもずっと……『特別』な方のようです」
静かに、けれど確信を込めてそう言った彼女の言葉を遮るように、階下から激しい足音が近づいてきた。
「弥生! 爆発音が聞こえたぞ! 大事無いか!」
勢いよく襖が開く。
そこにいたのは、左手に軍刀を引っさげた四条凛と、眼鏡の奥で鋭く視線を光らせる知的な女性だった。
今回は、妹系巫女・弥生の登場回でした。
次回は、最後に現れた眼鏡女子&もう一人新たな女性キャラが登場します!
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