第四陣 異世界の朝餉(あさげ)
目が覚めると、腹の底を震わせるような重厚な汽笛の音が響いてくる。少し遅れて、機関車の排気音と鉄の歯車の摩擦音が近づいてきて、どこかに停車したようだった。
「……夢じゃ、ないんだな」
布団の中で身をよじると、全身の筋肉が軋むように痛んだ。
特に掌と腕。昨夜、あの巨大な鋼鉄の武者「甲一型クラウス」の操縦桿を、無我夢中で握りしめ、大太刀を振り下ろした時の感触が、尋人の手にはまだ生々しく残っていた。
小学校以来、久しぶりに放った剣道の面。意外と体は覚えているものだ。
しかし、素人に毛が生えた程度の七級の技。ただそれだけで、強固な装甲を持つ鉄塊が両断された。自分の内側から引き出された「霊子力」とやらの力に、他ならぬ尋人自身が一番戸惑っていた。
「ふぁあ……よく寝たにゃ」
聞き覚えのある声に振り向くと、窓際の縁側で、この世界に誘った張本人の黒猫が、器用に前足で顔を洗っていた。昨日は青白いホログラムになっていたくせに、今は普通の猫にしか見えない。
「お前、本当に何なんだよ」
「吾輩はナビゲーターだと言ったはずにゃ。ちなみに、名前はまだにゃい。昨日は、お前が無理矢理クラウスの臨界点なんか突破するから、吾輩まで霊子を持っていかれて疲れたにゃ」
「こっちは何の予備知識も無いんだから、しょうがないだろ!」
文句を言い合いながら、尋人はゆっくりと身を起こして窓の外を見た。
朝日に照らされた皇都の街並み。瓦屋根の和風建築と、赤煉瓦の洋館が入り混じる街のあちこちに、真鍮製の太いパイプが張り巡らされている。そこから規則正しいリズムで白い蒸気が「シュッシュッ」と噴き出し、空へと昇っていくのが見えた。
微かに漂ってくるのは、焼けた石炭と機械油の匂い。
紛れもなく、彼の知る日本とは違う、鋼と蒸気が支配する異世界の朝だった。
トントン、と襖を叩く音がした。
「佐藤さん、起きてますか?」
優しく落ち着いた声と共に、昨夜会った割烹着姿の女性――お千代が、黒塗りの四角いお膳を持って入ってきた。
「あ、はい。おはようございます」
「ふふ、よく眠れたようね。無理もないわ、昨日は色々大変だったものね。さあ、朝ご飯にしましょう」
お千代がお膳を畳の上に置く。
その瞬間、鼻腔をくすぐる懐かしい香りに、尋人のお腹が大きな音を立てて鳴った。考えてみれば、昨夜から何も食べていなかった。
「うわ……美味そう」
湯気を立てる、うっすらと麦の混じった温かいご飯。
煮干しの出汁が力強く香る、小松菜と油揚げの熱い味噌汁。
角皿には香ばしく焼き上げられた鰯が乗せられ、小鉢には糸引き納豆。
そして、黄色いたくあんと梅干しまで添えられている。
異世界で初めて見る食事で、これほど家庭的で馴染み深い献立に出会えるとは思っていなかった。
「ここは夕凪亭。表向きはただの定食屋だけれど、特務隊の子たちが羽を伸ばせる場所でもあるの。だから、栄養だけはしっかり摂れるようにしているのよ。脚気にならないように、ご飯も麦飯にしてますからね」
「いただきます……っ!」
尋人はたまらず箸を取り、味噌汁を一口すすった。
――五臓六腑に染み渡る。
素朴だが、ホッとする味だった。昨夜の戦いの恐怖や、金属がぶつかり合う衝撃音が、温かい味噌汁の旨味によって綺麗に洗い流されていく。
納豆をかき混ぜ、麦飯にかけながら豪快にかき込む。ほろ苦くも脂ののった鰯の身をかじる。
尋人は、ただ無心に黙々と箸を進めた。……マジで美味い。これを機に、朝食はパン派からご飯派へ宗旨替えしよう。漬物をつまんで一息つきながら、尋人は、こんなに美味いメシが食えるなら、この世界も悪くないかと呑気に考えていた。楽天的過ぎるなと自分でも思うが、ご飯が美味しいのは僥倖といえる。
あっという間に全て平らげ、温かいお茶で一息ついた時だ。
お膳の横で大人しくしていた黒猫が、ピンと耳を立てた。
「……来たみたいだにゃ」
「誰が?」
「吾輩のご主人様のお出ましだにゃ」
黒猫がそう告げた直後、階段をトタトタと駆け上がってくる軽い足音が尋人の耳に届く。
やがて、息を少し乱しながら、襖の後ろに正座する衣擦れの音が聞こえた。
異世界の朝食がどんなもんかと思った読者様、すみません。普通の和食でした(笑)
さて、次回は新たなヒロインが登場します。お楽しみに!
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