第三陣 蒸気演算を砕く一撃
「まさか、極東の二等国家にこれほどの出力の蒸気兵器が存在していたとはな。これは、情報収集して陛下に報告せねばなるまい」
煤煙の向こう側から、瓦礫を揺らして一機の巨大な影が現れた。
無人機巧兵とは一線を画す、巨大な黒鉄の異形。それは六本の多関節脚で大地を掴む、蜘蛛を彷彿とさせる重戦車だった。背負った巨大な蒸気蓄圧タンクから、不気味なほど安定した排気音を漏らしている。
「気をつけろ。あれは、インペトラル帝国の指揮官級の搭乗機だ」
黒猫の声に、これまでにない緊張が含まれていた。
コックピット正面の窓から見える敵機の中央、円筒形の砲塔に備わった赤色灯が明滅している。それは冷徹に、クラウスの関節位置や蒸気圧を読み取っているようだった。
「私はインペトラル帝国の参謀、イワン。せっかくの機会だ。私とも少し遊んでくれたまえ」
黒鉄の異形が動いた。
低い姿勢から六本の鋼鉄脚を滑らかに駆動させ、恐るべき速度で尋人との距離を詰めてくる。
尋人はそれが「間合い」に入った瞬間を狙うべく、操縦桿を握り直した。
クラウスがその鉄腕を振り上げようとした刹那――
黒鉄の異形は、急制動をかけて猛進を止めると、肉薄を許さない安全圏から、こちらの出鼻を挫くように砲撃してきた。
「……無駄だ。先ほどの戦いで得た蒸気演算により、君の動きは予測できる。君の間合いに入る前に蜂の巣だ」
ダダダダッ! と正確無比な連射が、攻撃範囲の外からクラウスの装甲を激しく叩く。
咄嗟に、尋人は大太刀と両腕で防御態勢を取る。火花を散らし、削られる装甲。確かにダメージは受けているが、少しの間であれば耐えられる。ならば――
「まだ見せてない、とっておきをお見舞いしてやる……!」
尋人は深い息を吐いた。鋭い踏み込みと同時に上段から振り下ろす一撃。型だけは綺麗だと、当時先生から褒められた一挙動だった。
蒸気ボイラーの内圧が極限まで高まり、クラウスの脚部から高圧蒸気が爆発的に噴射される。
「なっ……!?」
イワンが驚愕の声を上げたときには、クラウスは軽やかに跳躍して一瞬で間合いを詰めていた。石床が陥没するほど激しい踏み込みと同時に、イワンの搭乗機頭部へ渾身の一撃が振り下ろされる。
刹那、イワンは機体前面の装甲板を兼ねた堅牢な副腕を交差させ、頭部を庇った。だが、一点に集中された規格外の一撃は、その両腕を粉砕した。
ガシャァァァンッ!!
衝撃波が走り、ガードしたはずの黒鉄の腕はひしゃげ、頭部の赤色灯も大破した。
情報解析を、圧倒的な破壊力が粉砕した瞬間だった。
「……規格外の霊子出力。これは戦略の練り直しが必要な危険因子だな。この場は一旦、引かさせてもらおう」
機体のダメージを察知したイワンは、姿勢を立て直すと煙幕を張り、霧の中へと消えていった。深追いはできなかった。クラウスの排気筒からも、限界を知らせる黒い煙が上がっていたからだ。
* * *
数刻後。戦火が収まった大日本皇國皇都の片隅。
「今夜は、ここに逗留されよ。店主のお千代殿には話を通している。明日、司令部に同行願いたい。貴殿からは聞きたいことが山ほどある故」
四条凛に案内されたのは、鼠色の屋根瓦と使い込まれた木の質感が歴史を感じさせる、二階建ての和風建築だった。一階の軒先には「夕凪亭」と染め抜かれた暖簾が揺れ、格子戸の向こうからは味噌汁の美味そうな匂いが漂ってくる。ここは皇都の労働者たちの胃袋を満たす、界隈でも評判の食堂らしい。
凛は機巧甲冑の装備を解いていた。近くで見る彼女は、尋人と同い年くらいに見える。濃紺の袴に、白い小袖。腰まで届く艶やかな黒髪を、高い位置でポニーテールにまとめている。凛とした佇まいで、尋人をまっすぐに見つめる切れ長で涼やかなその瞳には、最初に出会った時の厳しさはもうなかった。
「佐藤尋人殿。本日は助太刀いただき感謝している。貴殿の剣……あのような美しい『型』は初めて見た。あの太刀筋を私は信じたいと思う」
彼女は武人らしい綺麗な一礼をすると、夜の帳へと消えていった。
夕凪亭の引き戸を開けると、白い割烹着姿の店主・お千代が「あら、凛ちゃんの紹介の方ね」と柔らかい微笑みで迎えてくれた。
黒髪を後ろですっきりと結い上げた、しとやかで端正な顔立ちの女性だ。年の頃は、二十代半ば位だろうか。優しげな目元と、包容力を感じさせる落ち着いた所作。その温和な佇まいに、尋人の張り詰めていた緊張感は一気にほぐれた。案内されるまま、急な板階段を上り二階の角にある空き部屋へ通される。
隅々まで掃除の行き届いた六畳一間の畳部屋には、どこかホッとするい草の香りが漂っていた。
窓を開けると、夕暮れの心地よい風が通り抜け、眼下には黄色いガス灯の柔らかな光に包まれる皇都の夜景が見える。
「……さて、と。これから忙しくなるにゃ。帝国だけじゃない。いずれ、列強諸国にお前の『力』が知れ渡るにゃ」
ホログラムから再び実体にもどった黒猫が、あくびをしながら告げた。
「にゃ?」
「猫は語尾に『にゃ』を付けた方が、人間は喜ぶんだにゃ?」
「いや、キャラ変が過ぎないか?」
「今まではナビゲーターとしての威厳を保つため、猫かぶってただけにゃ。明日は、吾輩のご主人に合わせてやるにゃ。言っとくが目の覚めるような美少女にゃ。惚れるにゃよ?」
「異世界にいきなり連れ込まれて、そんな余裕ないよ……」
尋人は、夜空に響く汽笛の音を聞きながら、自分の掌を見つめた。
何もなかった、これまでの自分。
でも、今日この世界で感じた「手応え」は、嘘じゃない。
「とりあえず、明日だ。……今日はとっとと寝るとするか」
佐藤尋人の、鋼鉄と蒸気が支配する異世界での戦いは、まだ始まったばかりだ。
【第一章 完】
第一章「深緑の機巧武者、皇都に立つ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
普通の高校生が、規格外の霊子力と剣道の初歩を武器に無双する物語、いかがだったでしょうか?
続く第二章「六花の花びらたち」では、尋人が個性豊かなヒロイン達と出会う中、その実力を試されることに……。皇都に忍び寄る帝国の不穏な動きや、お千代さんの飯テロもあります。
もし「和風スチームパンクの世界観にワクワクした!」「黒猫が何気にジワる」「続きが気になる!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ尋人たちの戦いを応援してくださると嬉しいです!
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それでは、登場人物が増えて賑やかになる第二章でまたお会いしましょう!
※8月2日~7日まで、12時台と22時台の一日2回投稿予定です。
(更新時間は前後する場合があります)




