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剣道七級の俺が、異世界で鋼鉄の「機巧武者」を駆り、帝国の蒸気演算を粉砕するまで 【全61話完結】  作者: 角乃とうふ
最終章 招かれざる転生者、戦いのその先へ――

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第六十陣 果たされた約束、明日への誓い

 ちりちりと、割り下の爆ぜる心地よい音が宵闇の座敷に響く。

 二股口での激戦から数日が経過し、未だその余韻が残る皇都の片隅「夕凪亭」。その入り口には「本日貸切」の札が貼られていた。中には、湯気の立つ大きな鉄鍋を囲む六花分隊の仲間と、大鳥居の姿があった。


「さあ尋人君、お待たせ! 本日は、戦勝祝いにつき、約束の『生卵付き牛鍋』を用意したわ!! 満腹になるまでたくさん食べてね!」


 割烹着姿のお千代が、にこやかに微笑みながら見事な手際で鍋を仕切っていく。その傍らでは、先の戦いでお千代の苛烈な戦いぶりにすっかり心酔した蘭が、甲斐甲斐しく器を配るなどして手伝っていた。


「いや、さすがはお千代さん! 包丁と大薙刀の両刀使いだ! さすが、伝説の鬼夜叉ひ……っいててててっ!!」

「……それ言わないって何度言ったら分かるの、蘭ちゃん?」

「い、痛い痛い、お千代さん! ご、ごめんなさーい!!」


 にこやかながら、目だけが笑っていないお千代に手の甲をつねられ、蘭が涙目になる。その様子に、その場のみんながドッと沸く。


「尋人様、はいどうぞ!」


 隣に座る弥生が、牛肉を山盛りにした器を尋人に差し出した。


「ありがとう、弥生ちゃん。体は大丈夫?」

「大丈夫ですよ! 若いから、回復も早いんです! 元気、元気!!」


 弥生が笑顔で、両肘を曲げて見せる。尋人は、戦いの後、詩織から弥生が命懸けで霊脈復活の舞を踊っていたことを聞かされた。本当に健気で強い娘だな、としみじみ思う。

 牛鍋が盛られた小鉢は、濃い目の醤油と砂糖の香りが鼻腔をくすぐる。尋人は手元の小鉢に落とされた生卵を箸で手際よく溶き、そこに熱々の肉をたっぷりとくぐらせて、口に運んだ。懐かしい味に、自然と尋人の顔がほころぶ。


「これだよ、これ! やっぱり、すき焼きには生卵だよ!」


 満足げに頷く尋人を見て、六花の面々は手元の生卵が入った小鉢をまじまじと見つめ、一様に戸惑いの表情を浮かべた。


「ひ、尋人……。本当に生の卵をそのまま肉に絡めて食べるのか? 皇國では、卵は火を通すのが一般的だが……」


 凛が少し引いた様子で尋ねると、隣のエレナも腕を組んで眉をひそめる。


「ブリタニアでも卵を生で食べるなんてあり得ないわ。ヒロト、お腹壊すわよ!」

「まあまあ、騙されたと思って食べてみてよ。世界が変わるぜ!」


 尋人に促され、最初に動いたのは蘭だった。


「アタシ、尋人を信じるよ! いただきまーす! ――んんんーーっ!? 何これっ!!」


 肉を口に含んだ瞬間、蘭の目がこぼれ落ちそうなくらいに丸くなった。


「甘辛いお肉が、卵のトロッとしたので包まれて、めちゃくちゃまろやかになってる! こんなの、はじめてだよ!」

「なっ、本当か……? では、私も……」


 凛が意を決して、恐る恐る肉を生卵にくぐらせ、口へと運ぶ。その瞬間、凛の身体がピクッと震えた。


「……! こ、これは!? 醤油の強い塩気と砂糖の濃厚な甘みが、生卵の深いコクで見事に調和している。熱々の肉が程よく冷まされて、食べやすくなるのも見事だ!」

「……なるほど。生卵がこれほど肉の旨味を引き立てるクッションになるとは、私の霊子演算器でも導き出せない美味の相乗効果ですね」


 詩織も上品に肉を口に運びながら、珍しく驚きを隠せない様子でパチパチと目を瞬かせている。


「本当に美味しいです! 尋人様のいた世界には、こんな素敵な食べ方があったのですね……」


 隣に座る弥生も、頬を紅潮させながら嬉しそうに牛鍋を楽しんでいた。そんな彼女たちの驚きと笑顔を見て、尋人は満足して牛肉で頬を膨らませる。その時、卓の端に香ばしく焼かれた魚の小皿が、ぽつんと一つだけ置かれているのが目に留まる。お千代が用意したのだろう。


(……にゃん丸)


 いつもなら、真っ先にその焼き魚に飛びついて「生き返るにゃ〜」とのたまう黒猫の姿が、そこにはない。

 賑やかな楽しい食卓に、にゃん丸だけが失われた事実を改めて思い知らされる。尋人は胸の奥をキリキリと締め付けられるような、痛烈な寂しさに襲われ、不意に箸を止めてうつむいた。

 凛たちも、尋人の様子にその想いを察して箸を止める。にゃん丸の正体を事前に知っていたのは弥生だけで、他の者は皆、その黒猫は帝の式神だと聞かされていた。


 重い空気を受け止めて、それまで静かに飲めない酒を舐めていた大鳥居が、口を開いた。


「……さて、戦いは終わったが、大事な話がある。尋人、皆もよく聞いてくれ。亡き帝の御遺体は、我が特務隊が責任を持って天岩戸から運び出し、現在はしかるべき場所に厳重に安置している。街の混乱が落ち着き次第、時期を見て国民にも正式に発表するつもりだ。……おそらく、皇國の歴史上、最も盛大な国葬となるだろう」


 大鳥居の厳格な声に、一同が粛然と襟を正し、帝への哀悼の意を捧げようとした、その時だった。


「ふあぁぁ……。そんな無駄なことに金を使うなら、少しでも皇都の復興資金に回すにゃ」


 のんき極まりない大あくびと共に、玄関口から、聞き覚えのある声が響いた。

 一同の身体が、完全に硬直する。


「な、にゃ……っ!?」


 尋人が弾かれたように振り返った視線の先。そこには、艶やかな毛並みを揺らし、前足で顔を洗っている黒猫――にゃん丸が、何食わぬ顔でひょっこりと座っていた。


「にゃん丸……!? 嘘だろ、お前、あの時完全に消滅したはずじゃ……!」


 尋人は席を蹴立て、にゃん丸の元へと駆け寄った。震える手でその小さな身体を持ち上げると、確かな温もりと、柔らかい黒毛の感触が伝わってくる。


「にゃにゃにゃ。確かにあの時、吾輩は消えかけたにゃ。だけど尋人、お前たちが発現させた、あの光の年輪(オーラ)の莫大な霊子波動が、この世界に漂っていた吾輩の魂の欠片を強引に繋ぎ止めて、奇跡的に猫の身体だけ再構成してくれたんだにゃ」

「にゃん丸……! にゃん丸ぉぉぉっ!!」


 尋人は人目も(はばか)らず、にゃん丸を顔に擦り付けながら号泣した。ボロボロと溢れる涙が、黒い毛並みを濡らしていく。


「苦しいにゃ、離すにゃ! 男に抱かれる趣味はないにゃ!!」

「水臭いこと言うなよ! 俺とお前の中じゃないか!!」


 と、暴れるにゃん丸を、尋人は強く抱きしめ続けた。

 その場の誰もが、その奇跡の光景に目元を赤くし、溢れる涙を拭おうともせずに微笑んでいた。


 にゃん丸は尋人の腕の中で、あきらめたように欠伸(あくび)をすると、切り替えるような声音で告げた。


「……さて、尋人。帝国の野望は潰え、皇國に平和が訪れた。お疲れさんだったにゃ。これでお前も任務完了にゃ。――元の世界へ送るにゃ」


 その言葉に、夕凪亭の空気が凍りついた。

 彼はこの世界の人間ではない。戦いが終われば、元の場所に帰るのが当然の理だ。


 凛が、何かを言おうとして――ギュッと唇を噛み締め、引き留める言葉を喉の奥へと飲み込んだ。尋人がどれほど命懸けで、皇國を、この世界を救ってくれたかを痛いほど知っている。だからこそ、彼自身の幸せと、本来あるべき生活を縛る権利など、自分たちにはないのだと分かっていた。大鳥居もまた、何も言わずにただ深く腕を組んでいた。


 切ない沈黙が、再び座敷を包み込もうとした、その時――


「……戻るのはいいんだけどさ。また、こっちに帰って来れるんだよな?」


 尋人が、涙の跡を残したまま、あっけらかんとした顔で言った。


「え……?」


 凛が間の抜けた声を上げる。その場のみんな、目を丸くして尋人の顔を見つめていた。


「尋人……? それは、どういう……」

「いや、だって俺、いきなりこっちの世界に連れ込まれたもんだから、親とか学校とかも大騒ぎしてるだろうし、さすがに、一度戻って適当に言い訳しとかなくちゃとは思ってたんだよ。でも、それが済んだら――また、こっちに『帰ってくる』よ。だって、こんな最高の仲間に囲まれるなんて、前の世界ではありえないからさ」


 尋人はさも当然のように、屈託なく笑った。


「ばっ、ばっかじゃないの!! 恥ずかしげもなく、よくそんなセリフ吐けるわね!」


 エレナが顔を紅潮させて、そっぽを向きつつ、嬉しそうに吐き捨てる。


「バ、バカで悪かったな! ……でも、本当の気持ちだよ」


 そう返す尋人に、弥生が歓喜の嗚咽を漏らしながら、その胸へと泣きついた。


「尋人様ー! 弥生は、弥生は感激しています……!!」

「弥生! どさくさに紛れて、抜け駆けは許しませんよ!」

「しっ、詩織さん! いつも冷静沈着なあなたまで……!」

「凛! 人は進化し続ける生き物なのよ!」


 弥生に続いて、詩織が尋人にしがみつく。


「ずるいぞお前ら!」

「じゃ、私も!」


 と蘭が、そして悪乗りするお千代までもが、その上から伸し掛かった。一方、完全に乗り遅れた凛とエレナは羨ましげに、その様子を見つめている。傍らでは大鳥居が、「ふっ、さすが俺が見込んだ男だ」と微笑みを浮かべ頷いていた。


「ぐえっ……苦しい! みんな重いって……っ!」

「それが、人気者の宿命(さだめ)だにゃ。吾輩も共にあっちの世界に行って、言い訳の手伝いをしてやるから、安心しろにゃ」


 もみくちゃにされる尋人を見ながら、にゃん丸が満足そうに目を細めて、お千代が用意してくれていた焼き魚を、一切れ口に運ぶ。


 涙と笑い、愛おしい歓声が響き渡る夕凪亭。

 結ばれた絆は決して消えない。佐藤尋人と六花分隊の物語は、ここからまた、新しい未来へと続いていくのだった。

約束の牛鍋に、にゃん丸の帰還でほっこりする戦勝祝いとなりました。

次回、いよいよ最終話です!


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