【終幕】君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
あの歴史的な大戦の硝煙が消え去り、皇都に穏やかな季節が巡ってから、三か月の月日が流れようとしていた。
砲撃を受けた天岩戸の応急修理も終わり、弥生の舞を詩織が術式に転換することで、夜間の蒸気利用に制限はあるものの、皇都の日常はゆるやかに復旧している。
「まだまだ、帝の調律の域に達するには時間がかかります」
と詩織は言いながら、日々、弥生と霊脈の研究調整に余念がない。
主を失ったインペトラル帝国では、内部蜂起が勃発。近く、革命政府が樹立する見込みのようだ。ブリタニア王国や合衆国もレジスタンスの反抗に一枚嚙んでいたらしく、新たな政府は皇國に対して敵対的ではないと、大鳥居から聞かされている。
穏やかな昼下がりの「夕凪亭」の片隅。窓から差し込む柔らかな光の中で、凛は一枚の写真をそっと見つめていた。
それは、戦いが終わり、この店で六花分隊が牛鍋に舌鼓を打った夜に、皆で撮影した集合写真だった。中央で照れくさそうに笑う尋人。その周りで、泣いたり笑ったりしながら彼にしがみつく自分たちの姿が、鮮明に写し出されている。
「尋人……」
ぽつりと、彼の名前を呟く。
あの日、尋人は『もろもろ、片付いたら帰ってくるよ。あ、俺の世界のお菓子とか買っていくからさ、楽しみにしててよ!』と約束して、黒猫のにゃん丸と共に、蒸気機関車に姿を変えたクラウスの乗り、元いた世界へと旅立っていった。
彼の言葉を信じている。微塵も疑ってはいない。けれど、彼のいない特務隊本部や、整備ドックで桔梗の隣のぽっかりと空いた空間を見上げるたびに、胸の奥がギュッと締め付けられるような寂しさが押し寄せてくる。共に死線を乗り越えた戦友――否、それ以上の切ない想いが胸に溢れていくのを、凛は痛いほど感じていた。
信じる気持ちと、募る恋しさ。その狭間で揺れる凛の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ち、写真を濡らした。
カウンターの奥では、夜の仕込みをしているお千代と、その手伝いをしている蘭が、心配そうに凛の様子を窺っていた。
「ちょっと、凛! そんな湿っぽい顔してたら、せっかくの可愛い顔が台無しよ?」
突然、店の引き戸が勢いよく開き、聞き馴染んだ底抜けに明るい声が店内に響き渡った。
凛がハッとして顔を上げると、そこには見違えるほど垢抜けた旅装に身を包んだエレナが、満面の笑みで立っていた。
「エレナ……!? それに、グロリア公使まで!」
「お久しぶりね。エレナったら、合衆国の研究所でも四六時中あなたたちの話ばかりしてたわよ。せっかくの機会だから、私も付き合って来てあげたわ」
エレナの隣で、グロリアが朗らかに笑う。確かエレナは大戦後、さらなる技術を学ぶために合衆国へ短期留学していたはず……。
「帰ってきたのか……! でも、どうしたんだ急に?」
凛が立ち上がると、夕凪亭の引き戸が再び開かれた。
「凛、もう来てたのね」
「凛さん、お疲れ様です!」
入ってきたのは、天岩戸での作業を終えて駆けつけた詩織と弥生だった。その背後には、どこか落ち着かない様子の大鳥居が連れ立っている。
それだけではない。続いて、ブリタニア王国のアーサーが「やあ、遅れてすまないね」と爽やかに手を挙げてやってくると、今度は、豪奢な衣装を纏った大秦国の女帝・瑛華が、「邪魔するぞ」と、白龍を伴って現れた。
六花分隊の面々をはじめ、かつて共に戦った世界中の仲間たちが、なぜかこの夕凪亭に一堂に会していた。
「え、ええっ!? みんな、どうしてここに……? 一体何があるんですか?」
驚く凛を見て、集まった一同は顔を見合わせると、悪戯っぽく、そしてどこか優しげに微笑む。エレナが両手を広げて破顔した。
「お待たせしました! サプライズ・プレゼントー!!」
「え……?」
凛が戸惑い、目を瞬かせた、まさにその時――
夕凪亭の玄関から、風の音に混じって、ずっと待ち焦がれていた、あの懐かしい声が響いた。
「いやー、お待たせ! 親とか学校の先生への言い訳がなかなか大変でさ。にゃん丸は余計な事やらかすしで、予定より大分遅くなっちゃったよ」
心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
凛は声の方へゆっくりと視線を向ける。そこには、午後の眩しい日差しを背に浴びて、大きなバックパックを背負った佐藤尋人が、その足元で喉を鳴らすにゃん丸と共に、バツが悪そうに笑っていた。
あの日と同じ、少し癖のある髪。あの日と同じ、真っ直ぐで優しい瞳。
「ただいま、凛!」
その姿を見た瞬間、凛の目から、堰を切ったようにボロボロと涙がこぼれ落ちる。陽光を受けて光る瞳に、これ以上ないほどの歓喜が溢れていた。
寂しかった日々も、涙を堪えた夜も、すべてがこの一瞬へ溶けていく。
「――尋人、お帰りなさい!」
凛は涙を拭うのも忘れ、尋人の胸に真っ直ぐに飛び込んだ。
了
これにて、この物語は完結です。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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尋人たちの戦いを見届けてくださった、すべての読者様に感謝です!




