第五十五陣 漆黒の機巧武者
地鳴りのような勝鬨が二股口を包み込み、その熱気がクラウスの装甲越しにも伝わってくる。
極限の緊張から解放された尋人は、操縦桿からそっと手を離し、コックピットのシートに深く背を預けて肩で息をした。
「……なんとか、終わったか……」
尋人が安堵とともに、コックピットの窓からアイアン・クラーケンの燃え盛る残骸を見つめていた、その時だった。
ゴ……オ……オ……オ……。
不気味な、地面が幾重にも脈打つような重低音が響き渡る。
それは確かに蒸気機関の駆動音だった。まるで、世界の底がひび割れるような、おぞましい音。
炎上し、崩落していく要塞の瓦礫を内側から吹き飛ばし、それは姿を現した。
「ば、バカな!? 機巧武者だと!?」
驚愕した凛が叫ぶ。
燃え盛る炎を割って現れたのは、一機の機巧武者。これまでの帝国の無骨な蒸気兵器とは全く異なる、洗練された四肢を持つ人型だった。
だが、その機体は尋常ならざる気配を纏っていた。装甲の隅々までが、陽光すら吸い尽くすような、禍々しい漆黒。周囲には、クラウスと桔梗の周囲に展開する「光の年輪」と酷似した不気味な刃紋が漂っていた。
ただし、その色は――どこまでも暗く、深い、底なしの「暗黒」だった。
「フフフ。感謝するよ、佐藤尋人。この刃紋のオーラ。これこそ、私が求めていた最後の鍵だったのだからね」
外部通信から、冷徹で落ち着いた声が響き渡る。
帝国の参謀、イワンだった。
「イワン……!? 生きていたのか!?」
「クラウスがアイアン・クラーケンに肉薄した時点で、この結末は想定出来たからね。それより、見たまえ。君たちとお揃いのこのオーラを。君の類まれなる霊子力で顕現させた『光の年輪』のデータを流用させてもらった。これで、この漆黒の機巧武者【ヴェレス】は、君たちのものと同様――あらゆる攻撃を無効化する完全体となったわけだ」
眼前の機巧武者が、ゆっくりとロングスピアを構える。その滑らかで流麗な挙動を目の当たりにした尋人は、機体性能の高さを本能的に悟り、身構える。
「……さて、佐藤尋人。お前が別の世界から来た人間であることは、これまでの戦いの中で気付いていたよ。――実は、私もなのだよ」
「な、何だと……!?」
尋人の背中に、冷たい戦慄が走る。転移かあるいは転生か。この男も、自分と同じだというのか。
「もちろん、生まれた国は違うし、時間軸も多少ズレているだろう。だが、この世界よりは少し進んだ世界から来たことは同じだ。……まあ、異常に発達した蒸気機関やら霊子エネルギーやら、こちらの世界の方が優れている要素もあるがね。私は前世の知識を生かし、帝国の世界征服に力を貸してきた」
イワンの声は、どこまでも淡々としていた。かつての主君である雷帝が死んだことなど、最初から織り込み済みであったかのように。
「しかし、己の武力のみを過信するあの雷帝とは肌が合わなくてね。いつか始末しようかと思っていたら、君が排除してくれた。おかげで私は主殺しの汚名を着ることなく、まんまとインペトラル帝国を引き継ぐことができる。できれば君のような優秀な若者は手駒に欲しいところだが……聞くだけ無駄だろうね?」
「当たり前だ……っ! お前みたいな奴に、誰が手を貸すか!」
「そう言うと思っていたよ。では、せめてものお礼だ。大好きな仲間たちと共に、地獄へエスコートして差し上げよう。このヴェレスには暗黒の年輪の副産物としてこんな能力もある」
イワンがそう言った途端、ヴェレスから、どす黒い瘴気が爆発的に拡散した。
たちまち、クラウスと桔梗が闇の帳に包まれる。その瞬間、コックピット内の計器が一斉に警告を発し始めた。
「な、何だこれ……!? 出力が、どんどん下がっていく……!?」
「尋人! 霊子圧が急速に減退している! ボイラーの火が消えそうだ……っ!」
凛の悲鳴。イワンが諭すように告げる。
「せっかく再起動したところ、悪いがね。この黒蝕領域は、周囲の蒸気機関の出力を強制低下させる『弱体化波動』なのだよ。君たちは私の前ではただの木偶だ」
「くっ! まだ、動けるうちに、叩くッ!! 凛、もう一度あの技だ!」
「承知……っ!」
尋人と凛は、歯を食いしばって操縦桿を押し込んだ。
クラウスと桔梗が再び完全に同調し、残る全出力を振り絞って、アイアン・クラーケンを貫いた「黄金の矢」を放つ。流星のごとき黄金の輝きが、漆黒の機巧武者へと一直線に突き進む。
勝負を決める、渾身の一撃。
しかし――。
シュウウウウゥゥゥ……。
黄金の流星は、ヴェレスの周囲に展開する暗黒の年輪に接触した瞬間、まるで融解するようにその輝きを吸い尽くされ、不気味なほど静かに霧散してしまった。
「……嘘、だろ……」
尋人の口から、茫然とした声が漏れる。接触すら、できない。
「ははは。隕鉄の年輪同士では、お互いの攻撃を中和してしまうのだよ。そう焦らずとも、メインディッシュは最後にとっておこう。まぁ、前菜が片付いた時、最後に立っているのは、私と君たち二人になっているだろうがね」
得意気に語るイワンの機巧武者が、その左手を天へと掲げた。
地響きと共に、崩れ落ちたアイアン・クラーケンの巨体の奥――二股口街道の遥か後方から、黒煙を割って次々と姿を現す影があった。
それは、ヴェレスを一回り小型化したような、禍々しい漆黒の機体群。片手剣とカイトシールドを構え、一切の揺らぎなく整列している。その数、二十機近く。
「機巧武者がこんなに……!?」
「驚いたかね。これらは『無人機巧武者』だ。さすがに君たちのそれには及ばないが、単機で無人機巧兵一個小隊を凌駕する個体。これまでの戦闘データを基に改良した『断続的連動演算術式』も実装させている」
無人機巧武者たちが、一斉に高圧蒸気を吹き上げながら駆動を開始する。
「さあ、君たちに倣って、私もチーム戦を開始しよう。私がここで君たちの相手をする間に、この無人機たちが皇都を殲滅する。ああ、一本木関門の突破には拘らないよ。あの女戦士たちはなかなか手強いからね。足止めのため二機ほど向かわせて、他の機体は手薄な関門から侵攻させるとしよう。なに、多少遠回りにはなるが、それこそ、時間の問題だ」
あくまで淡々と、しかし絶対の自信を漂わせながら、イワンは絶望の未来を告げる。
皇都を守るためには、眼前のヴェレスを倒すほかない。しかし、クラウスと桔梗は弱体化波動で力を奪われ、その攻撃はすべて暗黒の年輪で中和されてしまう。打つ手なしの状況だった。
「佐藤尋人。これで、本当にチェックメイトだ。楽しかったよ、とてもとても」
心底愉快そうに、高笑いするイワン。
次の瞬間、漆黒の無人機巧武者が、煤煙を吹き上げながら、一斉に放射状に散っていく。そこに残ったのは、イワンの後ろに整然と控える、護衛の六機のみだった。
すべての力を奪う暗黒の災厄と、解き放たれた皇都を襲う無情の歯車。
皇國が勝ち取ったはずの歓喜の時は、一瞬にして、絶望の色へと塗り替えられていった。
クラウスと桔梗が力を奪われるなか、背後の皇都に絶体絶命の危機が迫る!
次回、尋人たちに反撃の糸口は見つかるのか!?
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