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剣道七級の俺が、異世界で鋼鉄の「機巧武者」を駆り、帝国の蒸気演算を粉砕するまで 【全61話・執筆済】  作者: 角乃とうふ
第十章 暗闇の中で神剣を掴め

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第五十陣 天岩戸崩壊、にゃん丸の笑顔

 ヒュゥゥゥゥ……ン……。


 それは、世界から生命の灯火が消え去るような、あまりにも不吉な終末の音だった。

 クラウスの心臓部から響いていた力強い金属質の爆鳴が、急速にその熱量を失っていく。圧力計の針はレッドゾーンから一転、恐ろしい速度でゼロへと叩き落とされ、コックピットを満たしていた輝かしい霊子の光が、またたく間に暗い闇へと反転した。


「おい、嘘だろ……!? 動け……動いてくれよ、クラウス!」


 尋人が狂ったように操縦桿を押し込むが、深緑の巨躯はピクリとも反応しない。完全に機能停止した鋼鉄の塊は、重い自重のまま地面へと膝を突き、沈黙した。

 何が起きたのか、尋人には皆目見当がつかなかった。ただ、尋人の機体だけでなく、周囲を固めていた特務隊の機巧甲冑や蒸気兵器も、一斉に糸の切れた人形のようにその場で沈黙する。


「――我が軍の蒸気兵器だけが一斉に停止しただと!? こんなことは、霊脈の乱れ以外ありえない! まさか、帝の御身に何かが……!?」


 ノイズまみれの通信機から飛び込んできた大鳥居の悲痛な叫びが、この異常事態の深刻さを尋人に予感させた。皇國の技術の粋を集めた兵器群が、根源的な何かを失ってただの動かぬ鉄塊と化してしまったのだ。


 上空では、戦況を見守っていた合衆国飛行船が、反転して戦線離脱していくのが見えた。天岩戸を撃ち抜いた超巨砲の標的になることを避けるための、冷徹な戦術的撤退。

 あとに残されたのは、ただ立ち尽くすことしかできない皇國軍の兵士たちだけだった。


 ズガガガ……。ズガガガ……。


 静寂が支配する二股口街道に、再び無数の無限軌道(キャタピラ)が大地を削る音が響き始める。

 ゆっくりと、だが圧倒的な質量をもって進軍を再開したのは、後詰の無人機巧兵(スチームドール)団。その物言わぬ黒鉄の大軍が、土煙の向こうから悠然と姿を現す。それらは動けなくなった皇國軍の将兵や、尋人たちの機体を完全に「素通り」し、淡々と、しかし確実な足取りで皇都の方角へと進軍を開始した。


「機能停止したか。皇國の誇る機巧武者とやらも、根源を絶たれればただのブリキの玩具(おもちゃ)だな」

「はい。皇國の蒸気兵器は霊脈の力を取り込むことに強みがありましたが、それは諸刃の(つるぎ)だったというわけです」


 動けない尋人の前に、帝国軍の外部通信から、アレクセイとイワンの落ち着いた声が響く。それは勝ち誇る者の傲慢な嘲笑ではなく、冷酷な事実を淡々と告げる強者の宣告だった。


「皇國軍の残党共に告ぐ。これより我が無人機巧兵団は、皇都を制圧に向かう。貴様たちは、後から向かう儂の【アイアン・クラーケン】に踏み潰される最後の時まで、皇都が蹂躙される様を指を咥えて、眺めているがよい」

「なっ……待ちやがれ! そんなこと……!」


 尋人がコックピットの窓を叩いて叫ぶが、その声が鉄の怪物に届くはずもない。無人機巧兵の大軍は、ただ淡々と皇都を目指して行進を続けていく。


「くっ、嗚呼……! どうして……!」


 桔梗のコックピットの中で、凛は身動きの取れぬ己の機体に絶望し、口惜しさに血を吐く思いで操縦席の壁に拳を叩きつけた。守るべき民が目の前で蹂躙されるのを、ただ見つめることしかできない。それは誇り高き凛にとって、死よりも恐ろしい屈辱だった。


 ――終わる。すべてが、ここで終わってしまうのか。

 尋人が歯を食いしばり、血が出るほど拳を握りしめた、その時だった。


「……尋人。まだ、終わりじゃないにゃ」

「え……?」


 クラウスのシートの足元から、聞き慣れた、だがいつになく厳かで透き通った声が聞こえた。

 ハッとして見下ろすと、そこにいたはずの相棒の黒猫――にゃん丸の身体が、淡い純白の光の粒子となって崩れかけていた。


「にゃん丸……!? お前、その身体、どうしちまったんだよ!」

「吾輩の役目はここまでだにゃ。さあ、手を伸ばして。『謁見』の時間にゃ」


 にゃん丸が前足を尋人の手へと重ねた瞬間、尋人の視界は爆発的な白い光に包まれ、そのまま底知れぬ闇へと落ちていった。


 * * *


「……ここは?」


 尋人が目を開けると、そこは二股口の戦場ではなかった。

 周囲には、崩落した巨大な注連縄(しめなわ)と砕け散った霊子結晶の残骸。そこは、先ほどの砲撃で破壊された皇都の神殿――「天岩戸(あまいわと)」だった。


「尋人、様……?」


 すぐ傍らから、震える声が聞こえた。振り向くと、そこには白衣に緋袴の巫女装束を纏った弥生が立っていた。透き通った姿の彼女もまた、天岩戸付の巫女として、その魂をここに導かれたのだ。


「弥生ちゃん! 無事だったか!」

「はい、私は……。ですが、御上(おかみ)が……」


 弥生が涙を流しながら示す先。崩壊した天岩戸の最深部、光を失った祭壇の床に、一人の男が静かに横たわっていた。

 豪奢な装束に身を包みながらも、生気を失いつつある若い男。皇國の精神的支柱にして、天岩戸の守護者――帝だった。


「御上!!」


 弥生が駆け寄り、その傍らで号泣する。


「……泣かないでおくれ、弥生。どのみち、私は、そう長くはなかったのだから……」


 帝は青白い唇をかすかに震わせ、優しく微笑んだ。その声の響き、そして穏やかな眼差しに、尋人は強烈な既視感を覚えた。


「お前……まさか、にゃん丸……なのか?」

「気づいてくれたかい、尋人。……そうだよ。私は、皇國の救世主となる者――君を異世界からこの世界に召喚するため、私自身の魂を切り分けた「思念体」を作り出した。それが、君の相棒だった、にゃん丸だ」


 帝の告白に、尋人は言葉を失った。

 己がこの世界に呼ばれた理由。そして、ずっとそばにいたあの小さな黒猫の正体。


「元々は召喚のためだけに作った器だったけれど……君たちと過ごした日々は、私の生涯の中でも、愉快で素敵な思い出になった。……君たちのおかげで、守らなければならない民のことに、より想いを馳せられるようになったよ。……だから、なんとしても、皆の日常を守らなければならない」


 帝は血を吐きながらも、最後の力を振り絞って上半身を起こし、二人の目を真っ直ぐに見つめた。


「弥生。君には、私が制御していた霊流霊脈を繋ぎ止める『復活の舞』を舞ってほしい。君の祈りだけが、皇國の蒸気に再び命の火を灯すことができる。最後まで迷惑をかけるが……やってくれるかい?」

「はい……っ! 身命を賭して、必ずや!」

「そして、尋人。君には、天岩戸の最奥に封印されている神剣――『天流星(あまのながれぼし)』を引き抜いてほしい。尋人の霊子力なら、それを依代(よりしろ)に星の力と霊脈を繋ぐことができる。それが、クラウス復活のもう一つの鍵となる」

「天流星……。でも、俺が刀を抜きに行く間に、あの無人機どもが皇都の街をめちゃくちゃにしてしまう!」


 尋人が焦燥を募らせて叫ぶ。しかし、帝はどこまでも穏やかに、信頼に満ちた目で尋人の肩に手を置いた。


「この砲撃は予想外だったけど、不測の事態に備えて、時間を稼ぐ手立てはちゃんと残してある。だから、君は自分を信じて、今できる精一杯をやりなさい」


 帝はそこで、いったん言葉を区切ると、尋人を諭すように優しく語りかけた。


「尋人。君は巻き込まれて、無我夢中だっただけだと言うかもしれないけど……。自分以外の誰かのために命懸けで戦うなんて、誰にでも出来ることじゃない。君はもう半端者なんかじゃないよ。胸を張って生きなさい」

「や、やめろよ! そんな死に際みたいなセリフ吐くなよ!」


 精一杯の憎まれ口を叩きながら、尋人の頬に冷たいものが伝っていく。

 やがて、帝の身体を包むぼんやりとした白い光が徐々に失われていった。

 ゆっくりと、その瞼が閉じられる。最後に、帝は穏やかな笑みを浮かべて囁いた。


「尋人。名前を付けてくれてありがとう。にゃん丸、意外と気に入ってたにゃ……」

「御上ーーーっ!!」


 弥生の悲痛な叫びが、虚しく響き渡る。

 帝は崩御した。

 だが、その遺志は、確かに二人の魂へと託された。


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