第五十一陣 その女、万夫不当
――ハッ、と尋人は意識を取り戻した。
気が付けば、そこは、闇と沈黙に沈んだクラウスのコックピット。だが、今見たものは幻なんかじゃない。胸の奥に、にゃん丸――帝の遺言が、痛いほどの重みとなって残っていた。
「にゃん丸……帝……っ!」
悲嘆に暮れる暇はなかった。外部集音器が、二股口街道を進軍する帝国軍の不気味な地響きを拾い上げている。動けぬ皇國軍をあざ笑うように、鉄の軍勢が皇都へと向かっているのだ。
「佐藤! 佐藤、無事か!!」
通信機から響いたのは、必死に声を張り上げる大鳥居の声だった。
「司令! 俺は大丈夫だ! それよりも、帝が俺に天岩戸の最奥にある神剣を引き抜けって言ったんだ! それがあれば、クラウスをもう一度動かせる!」
「な、何だと……!? しかし、ここから天岩戸までは距離がある。その動かぬ機体では――」
「走るんだよ! この足で!」
尋人がハッチを蹴り開けると、隣で沈黙する桔梗のハッチからも、凛が身を乗り出していた。その瞳には、悔し涙の膜が張っている。
「凛!」
尋人は機体から飛び降り、桔梗の足元へ駆け寄った。上を仰ぎ見、真っ直ぐに凛の瞳を見つめる。
「凛、俺を信じて待っていてくれ! 必ず、必ず、お前を、みんなを助けに戻る!!」
凛は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに武人としての毅然とした面持ちを浮かべ、強く頷いた。
「尋人……。ああ、信じている。お前なら、きっとやってくれると。――皇國の未来、お前に託すぞ!」
「佐藤、よく聞け!」
大鳥居が桔梗の無線越しに叫ぶ。
「クラウスから五時の方角、突き当りの岩壁を見ろ! 良く調べれば、隠された石扉があるはずだ。そこが天岩戸へ直通する地下道だ。……本来は帝の緊急脱出用に作られた避難経路だが、おあつらえ向きだ! そこを逆にひた走れ!」
「助かったよ司令! 行ってくる!」
尋人は大鳥居に指示された岩壁の隠し扉をこじ開け、暗い地下道へと飛び込んだ。一秒でも早く、一歩でも前へ。皇都を、仲間を、凛を守るために、尋人は力を振り絞り暗闇を疾走し始めた。
* * *
一方、地上では最悪の光景が広がりつつあった。
二股口街道の防衛ラインを悠然と素通りした帝国の無人機巧兵団は、もはや目前に迫った皇國の首都を蹂躙せんと、着々と進軍を続けていた。
皇都の北の玄関口「一本木関門」。
避難が遅れた住民たちが恐怖に怯え、逃げ惑うなか、無人機巧兵の尖兵が刃をぎらつかせて門前に迫る。凄惨な虐殺が始まる――誰もがそう絶望した、その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
物見やぐらの屋根から飛び降りてきた「赤い閃光」が、先頭の無人機を真っ二つに叩き潰した。
猛烈な爆煙の中から姿を現したのは、朱塗りの具足。身の丈の倍近くある長大な大薙刀を構えるのは、ご維新の戦場で「鬼夜叉姫」と恐れられたお千代の姿だった。
「景虎ごめんなさい……。帝をお守りする約束を果たせなかった……。なれど、皇都の最後の楯となる帝との契りは一命を賭して果たす!!」
鋭い眼光が面頬の奥で光る。
無人機巧兵が一斉に襲いかかるが、お千代の動きは生身のそれとは到底思えないほど苛烈だった。大薙刀が滑らかな円を描いて一閃。刃が鉄の装甲に触れた瞬間、まばゆい霊子の光が爆発的に膨れ上がり、無人機を木っ端微塵に爆殺した。
一撃、また一撃。機巧甲冑すら身に付けていない一人の荒武者が、帝国の最新鋭機を次々に破壊していく。
* * *
「……ほう! これは、信じがたい光景だ……!」
【アイアン・クラーケン】のブリッジで、イワンが最前線から転送されてきた画像を確認して、心底不思議そうに口元を歪めた。
「機巧甲冑もなしに、我が軍の無人機を圧倒している……。理論上、ありえない話だが……。いや、あの戦士の持つ武器の刃紋……まさか、『流星剣』! よもや、皇國にも存在していたとは……。隕鉄の力で大気中の霊子を刀身に異常吸着させ、接触と同時にボイラーのように大爆発を起こしているのか。あれなら、霊脈を断たれようが、蒸気機関がなかろうが、お構いなしという訳だ」
「フハハハハッ! 敵ながらあっぱれな女騎士よ!」
指令席のアレクセイが愉快そうに笑い声を上げる。
「せいぜい、踏ん張ってみるが良い。このアイアン・クラーケンがそこへ行くまで立っていたならば、褒美に儂の妃の末席に加えてやろう!」
* * *
その頃、尋人は地下道を走り抜け、天岩戸の最奥へと辿り着いていた。
崩落した神殿の瓦礫の山。その中心に、一本の古びた剣が、鋭い青白い光を放って突き刺さっていた。神剣「天流星」。
「これが……帝の遺した、希望……!」
尋人は両手でその柄を握りしめ、渾身の力を込めて引き抜いた。
ズバァァァァンッ!!
抜刀と同時に、大気を揺り動かすような透明な衝撃波が天岩戸を満たす。
その刹那、崩れたかけた神殿の入り口から、凄まじいエンジン音とともに一台のバギーカーが派手に駆け下りてきた。
「ハハッ! 間に合ったな、サムライボーイ!」
ハンドルを握るのはブリタニア王国公使のアーサーだった。助手席にはエレナ、後部座席には蘭と詩織、そして、先ほどまで共に帝の臨終に立ち会った弥生が乗っている。
「アーサーさん! みんな、どうしてここに!?」
「弥生がお願いしました! 私はここで『復活の舞』を奏上します! 尋人様は、エレナさんたちと早くクラウスの元へ!」
弥生が叫び、詩織もバギーカーから飛び降りて祭壇へと走る。
「私もここで、弥生をサポートします。霊脈が復活したら、すぐ打電しますから!」
「頼んだぞ、弥生ちゃん! 詩織さん!」
尋人は、アーサーのバギーカーに飛び乗り、エレナと蘭と共に、再び二股口へ向けて取って返す。その背中を見送りながら、笑顔で手を振る弥生に、詩織が固い声で問いかける。
「弥生……。尋人君に何も言わなくて良かったの?」
「これから決戦に向かう尋人様に後顧の憂いを持たせるなんて、乙女の恥です!」
弥生は一切の迷いなく破顔してそう答えた。その覚悟に詩織はそれ以上、何も言えなかった。
* * *
ガタガタと激しく揺れる車内。バギーカーが前線へと続く一本木関門に差し掛かったとき、前方の戦場を凝視していた蘭が身を乗り出して驚愕した。
「あの赤備えの武者……。ひょっとして、伝説の鬼夜叉姫!?」
見れば、朱塗りの具足を纏った武者が、たった一人で帝国軍を足止めしていた。そこに、角砂糖に群がる蟻の如く、無人機巧兵が殺到している。
「アーサー、車を止めな! 助太刀に行ってくる!」
蘭が叫ぶ。
「無茶だ、蘭! 機巧甲冑が機能しない今の君じゃ……!」
「それなら、これを持っていけ、ビッグガール!」
尋人の制止を遮り、アーサーが座席の下から、重厚な金属製の籠手を蘭へと投げつけた。
「ブリタニア製の蒸気籠手だ! 内蔵された小型圧力シリンダーで動く。皇國の霊脈が断たれていようが、これなら生身でも重機並みの怪力を叩き出せる!」
「最高だね、ブリタニアのダンディ!」
蘭はガチリと両腕に蒸気籠手を装着すると、バギーカーから豪快に飛び降りた。愛用の巨大な戦斧を背中から引き抜き、一本木関門の泥土へと着地すると、赤い武者目掛けて猛然と駆け寄る。
「伝説の『鬼夜叉姫』とお見受けする! 特務隊六花分隊の蘭、助太刀に参る!! ……ってお千代さん!?」
叫びながら面頬の隙間から覗く素顔を見た瞬間、蘭の頭は真っ白になった。まさか、いつも美味しいご飯を作ってくれる夕凪亭の女将さんが、憧れの伝説の戦士だったなんて……。
プシューーーーッ!!
驚愕を吹き飛ばすように、ブリタニア製の籠手から苛烈な排気蒸気が噴き出す。蘭は戦斧を大きく振りかぶり、お千代の背後から迫っていた無人機の頭部を、一撃で木っ端微塵に叩き割った。
「……ら、蘭ちゃん? フフッ、とんだところを見られたわね……」
お千代は驚きに目を見開いたものの、すぐに鋭い戦士の顔に戻って大薙刀を構え直す。
「あとでじっくり話を聞かせてもらいますよ!」
「……しょうがない子ね。あなたが一緒じゃ、死ぬに死ねなくなったじゃない!」
伝説の鬼夜叉姫と、新時代を担う怪力姫。
二人の生身の豪傑が背中を合わせ、一本木関門に絶対不可侵の防衛線を築き上げる。その先、凛たちが待つ二股口街道に向けて、尋人たちの乗ったバギーカーは、星の神剣を乗せて疾走していった。
ついに、お千代さんこと鬼夜叉姫が出陣!
次回、動けぬ凛たちにアイアン・クラーケンの魔手が迫ります。
はたして、尋人たちは間に合うのか!?
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