第四十九陣 アウトレンジ
――ズバァァァァァンッ!!
二股口街道の戦場に、鉄屑と化した無人機巧兵の残骸が瞬く間に積み上がっていく。
エレナとアーサーの手により、過去最高の性能を発揮するクラウスと桔梗の二機にとって、後続してきた新手の重装無人機の群れは、もはや大袈裟なマネキンも同然だった。
「面ーーッ!!」
尋人が鋭く叫び、使い込んだ操縦桿を押し込む。
「抜き胴」が斜め横への高速移動攻撃なら、「面」は縦の絶対破壊だ。ブリタニア製の規格外の圧力を乗せた剛腕が、身の丈を超える大太刀を容赦なく振り下ろす。
あまりの質量と速度に大気が爆鳴を上げ、正面に立ち塞がった敵機三体が、盾や装甲ごと一刀のもとに叩き切られて爆散した。
「尋人、右は任せたぞ! 桔梗、参る!」
続いて凛の群青の機体が、戦場で円を重ね描くように縦横無尽に舞った。
新しい脚部駆動輪を完全に手なずけた桔梗の機動は、もはや制動の概念すら置き去りにしている。摩擦を失ったかのように滑らかに、かつ一筋の稲妻のごとき鋭さで敵の死角へと滑り込み、残敵の心臓部を正確無比に突き穿っていく。
「バ、バカな……! 我がインペトラル帝国の精鋭部隊が、たった二機に、これほど一方的に……!?」
敵指揮官の絶望に追い打ちをかけるように、通信機から詩織の毅然とした号令が響いた。
「特務隊本部より前線各隊へ! 全軍統括陣『八重垣』、展開します! ――全機、接続!」
刹那、戦場にまばゆい霊子の粒子が立ち上がり、皇国軍を包み込んだ。
霊脈から吸い上げられた莫大なエネルギーが各機のボイラーを満たして出力を爆発的に跳ね上げ、霊子硝子盤には敵機の予測布陣が明滅する。さらには、言葉を交わさずとも戦友の動きが共有されていく。
「よし、今こそ勝機!! 一気に攻め立てるぞ! 全軍突撃ーー!!!!」
大鳥居の咆哮に呼応し、「八重垣」の支援効果を得た皇國軍が一斉に攻撃を開始する。その一糸乱れぬ鉄の濁流は、帝国軍の残党を瞬く間に掃討していった。
勝てる。六花分隊の、特務隊の繋いだ絆が、あの理不尽な移動要塞の鼻先を完全に叩き潰したのだ――誰もが、そう確信しかけていた。
だが。
その歓喜の絶頂を、世界のすべてを拒絶するような「音」が引き裂いた。
――ズゥゥゥゥゥン…………ッ!!!!
それは、地鳴りではなかった。雷鳴でもない。
大気そのものが引き裂かれ、空間が悲鳴を上げているかのような、聞いたこともない不気味な超重低音だった。
あまりの衝撃に、勝利を確信していた皇國軍の兵士たちがピタリと動きを止める。クラウスのコックピットにいる尋人たちもまた、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
「なんだ⁉ ……今の音、どこから響いてきた……!?」
* * *
二股口街道の遥か後方、郊外の森の木々をなぎ倒して鎮座する巨大移動要塞【アイアン・クラーケン】。
その要塞の最上部、天を突くようにそびえ立つ異形の巨砲から、青白いプラズマのような蒸気が陽炎となって立ち上っていた。
「初速、弾道、ともに計算通り。空気抵抗の少ない成層圏を経由するルートも、誤差の範囲内ですね」
アイアン・クラーケンの重厚なブリッジで、イワンは淡々と蒸気演算機の数値をチェックしながら、全長数十メートルに及ぶその砲身を見上げた。雷帝アレクセイが要塞の指令席で満足そうに頷く。
「よくも、このような荒唐無稽な長距離砲を思いついたものだ……」
「なに、時折夢に見る『どこか別の世界』の戦争で、防衛線を遥か頭上から飛び越え、都市を不条理に破壊する鉄の巨砲が出てきましてね。この世界の霊子工学でなぞって設計してみましたが……やはり、絶対的な質量と暴力は美しいものです」
これまでの度重なる威力偵察と侵攻。それは皇國の制圧を狙うだけではなかった。皇國全土に流れる霊脈の動きを観測し、その中心地――すなわち「天岩戸」のおおよその三次元座標を割り出すための、壮大な測量だったのだ。
「見事だ、イワン」
アレクセイが、満足げに告げる。その瞳には、この戦いの勝利への確信が宿っていた。
「この移動要塞の前では、有象無象の抵抗など誤差に過ぎぬ。絶対的な暴力の前には全て無意味。皇國の歴史も、これで終わりだ」
* * *
二股口街道の上空は、突如として大気が爆発したかのように激しく歪んだ。
――キィィィィィィィィン……ッ!!!
尋人たちには何が起こったのか分からなかった。ただ、それが通過した凄絶な爪痕――空を真っ二つに引き裂く、衝撃波の白い狂風の軌跡だけが尋人たちの目に焼き付く。
直後、鼓膜をつんざく、世界がひっくり返るかのような轟音が二股口に響き渡った。遥か彼方から届いた巨砲の発射音と、頭上を駆け抜けた衝撃波が混ざり合った暴風が木々をなぎ倒していく。
「な、何だ今の音は……!? 帝国の攻撃か!?」
クラウスのコックピットで激しい音響に耳を塞ぎながら、尋人は困惑の声を上げた。皇國の将兵も、何が起こったのか分からず、ただ頭上の白い尾を引く空を見上げて立ち尽くす。
「クラウスや桔梗への攻撃ではないようだが、いったい何が――」
凛の困惑と戦慄が混じった声が通信機から響いた、まさにその時だった。
二股口街道の背後、皇國の首都がある方角から、大地を根底から揺るがす凄まじい爆鳴が轟いた。
尋人が慌ててクラウスの望遠レンズを背後へと向ける。
そこに映し出されたのは、守るべき皇都の空を、不気味に、そして圧倒的な質量で覆い尽くしていく巨大な黒煙と、天を突く赤黒い爆炎の柱だった。
「嘘、だろ……。狙われたのは、俺たちじゃなくて……皇都なのか……!?」
何が起きたのかを理解した瞬間、尋人の全身の血の気が一気に引き、激しい悪寒が背筋を駆け抜けた。
イワンの冷徹な測量によってその位置を捕捉された皇國の命脈へ、帝国の超巨砲から放たれた理不尽なる暴力が、寸分の狂いもなく突き刺さったのだ。
遠くで燃え上がる炎を見つめる凛も、言葉を失って呆然とする。
それと同時に、クラウスのボイラーの駆動音が、かつてない不穏な不整脈を刻み始めていた。
圧勝の予感を文字通り吹き飛ばす巨砲の一撃……。
次回、砲撃された「天岩戸」にまつわる真実が明かされます。
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