第四十八陣 決戦! 二股口街道
「――全回路同調率および霊子圧力……従来の理論限界値を突破! 臨界点を維持しています!」
蒸気演算機を操作する詩織の報告が、特務隊の格納庫に響き渡った。
ブリタニア公使館の地下プラントから引き込まれた超高圧蒸気が極太パイプを軋ませ、二機の巨鋼へと狂おしいほどの熱量を注ぎ込んでいく。
そこに立っていた機巧武者の姿は、先の戦いで損傷したそれとは別物だった。
尋人の愛機クラウスは、ブリタニア製の霊子圧力バルブと強化合金のパーツを見事に装着され、右腕の駆動部から青白い光を散らしている。ミリとインチ。交わるはずのなかった二つの規格が、アーサーの技術とエレナの執念によって完全に融合した。それは本来ならば生まれなかった魔改造、未知の「極限物理改修」だった。
一方、アーサーの指示を受けた特務隊整備班の手により、凛の駆る桔梗もまた、脚部駆動輪にブリタニアの超弩級戦艦用に開発された過給圧ギミックが組み込まれていた。合衆国仕様の桔梗はブリタニア規格との高い互換性があったため、改修作業はクラウスに比べ容易に進み、その増幅された霊圧は、牙を剥く獣のように激しく唸っている。
「ふぅ……。やった、やったわ! 完璧よ!!」
エレナはスパナを放り出し、その場で大の字になった。油と煤で真っ黒になりながらも、その瞳には強烈な満足感で満ちている。
その隣で、同じく白シャツを黒く染めたアーサーが静かに告げた。
「当然だ。私を誰だと思っている。……だがエレナ、お前のコア理論がなければ、この短時間での同調は不可能だったよ」
「ふん、元祖トゥールビヨンに褒められるなんてね」
エレナは楽しげに笑い、アーサーの手を借りて立ち上がった。二人の間に、もういがみ合う親子の確執はない。そこにあるのは、互いの腕を認め合った最高の技術者同士の絆だった。
だが、余韻に浸る時間を引き裂くように、けたたましい警報が鳴り響く。
――ウゥゥゥゥゥン! ウゥゥゥゥゥン!
格納庫全体に、非常用の赤色灯が回り始めた。
「特務隊各員へ通達! 雷帝アレクセイの移動要塞【アイアン・クラーケン】の先遣隊――重装機巧兵団が、二股口街道の皇都防衛拠点へ接近中! クラウスと桔梗は、直ちに出撃せよ!」
「……ついに来たか!」
尋人が呟き、隣のドックに目をやると、早くも凛が白い小袖にたすきを掛けて、桔梗のコックピットへと滑り込もうとしていた。
「尋人、行くぞ。これほど見事な改修を施してもらったのだ。武人として、この上ない誉れ。後れを取るわけにはいかないぞ」
「もちろんだ、凛。俺たちの底力、アイツらに叩き込んでやろうぜ!」
尋人もコックピットに飛び込み、操縦桿を力強く握りしめた。ボイラーの圧力計の針は、すでにレッドゾーンを振り切った位置で固定されている。
「クラウス及び桔梗、合衆国飛行船に繋留完了! 凛、尋人君、事態は一刻を争います。二人は二股口街道に急行して、前線の大鳥居司令と合流してください!! 私たちはここからバックアップします!」
詩織の叫びとともに格納庫の天井が割れ、二機をワイヤーで吊り下げた飛行船が上空高く舞い上がる。
「行って、ヒロト、凛!」
床からエレナが喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「私たちの技術を、帝国のデカブツにぶつけてやりなさい!」
「任せろ!!」
尋人が操縦桿を軽く押し込む。甲高い汽笛が響き渡り、ブリタニアの超高圧蒸気がクラウスの全身の機巧関節を駆動させる。飛行船は瞬く間に空を駆け、二股口街道の直上へと天空を駆けて行った。
* * *
皇國内に侵入したアイアン・クラーケンの巨体を皇都へ通し得る、限られた進軍ルートの終着点。敵味方の思惑が交錯するその要衝こそが、決戦の舞台となる二股口街道だった。
その防衛ラインに、巨大な砲身と重装甲を纏った雷帝アレクセイの先遣隊が、無限軌道の他重奏を響かせながら、漆黒の一陣となって迫っていた。
「敵は我々の進軍経路を予測して防御陣地を構築しているが、所詮は付け焼き刃に過ぎん。本隊の到着を待つまでもない、このまま一気に突撃するぞ! 重装無人機巧兵前へ!」
帝国指揮官が檄を飛ばした、その刹那。飛行船から投下された二機の機巧武者が、爆音とともに対地降下を果たした。
――ズバァァァァァンッ!!
一閃。着地と同時に、桔梗が脚部駆動輪から青白い閃光を撒き散らしながら、一瞬で敵陣を一文字に駆け抜けた。摩擦抵抗が削られた超絶機動の一撃で、十数機の敵が一斉に爆散する。
「なっ……バカな、あの速度は何だ!?」
「――こっちの切れ味も受けてもらうぜ!!」
混乱する敵のど真ん中へ、尋人のクラウスが踏み込んだ。
新緑の両腕が、身の丈を超える巨大な大太刀を上段に構える。超高圧蒸気のエネルギーが右腕のシリンダーへと一気に凝縮され、凄まじい圧力を生み出した。
「胴ーッ!!」
放たれた凄烈なる剛剣。
尋人がかつて剣道をしていた時、得意としていた抜き胴――敵機に急接近しながら、すれ違いざまに敵機群を真横へと鋭く薙いだ。
あまりの速さに、敵の演算機が「クラウスの消失」を検知した時、すでに深緑の機体は敵陣の背後で大太刀を振り切って静止していた。
――一瞬の静寂。
次の瞬間、敵機の装甲内部へと叩き込まれていたダメージが時間差で炸裂する。直撃を受けた重装無人機巧兵団は、まるで柔い粘土細工のように容易く内側から爆散し、先遣隊の残敵が一瞬にして吹き飛んだ。
圧倒的な、大無双だった。
わずか数十秒で先遣隊を駆逐した二機は、もうもうと立ち込める黒煙の向こう側を見つめる。
ズシン……ズシン……と、重い地響きが近づいてきた。
二股口街道のはるか向こう、郊外の森の木々を豪快になぎ倒してその全貌を現したのは、山と見紛うほどの巨大な移動要塞――雷帝アレクセイのアイアン・クラーケンだった。
無数の砲塔が不気味な赤黒い霊流をたぎらせ、二機を、そして皇國の命運をすべて消し去ろうと狙いを定めている。
だが、尋人の心に恐怖はなかった。
「凛、遠くからでも目視できる、とんでもないデカさだけど……準備はいいか?」
「ああ、恐れなどない。私たちが繋いだ絆があれば、あの理不尽な怪物をも打ち破れるはずだ」
クラウスの大太刀から、桔梗の打刀から、青白い霊子が激しく弾ける。
尋人と凛は巨大な移動要塞を真っ向から見据えていた。
雷帝アレクセイとの決戦に向け、鬨の声を叫ぶが如く、二機の機巧武者のけたたましい汽笛が、二股口の空へ轟いた。
【第九章 完】
第九章「交錯する想い、技術者たちの戦争」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
エレナとアーサー、壮絶な親子ゲンカからの、まさかの共闘! 二人が改修したクラウスと桔梗の圧勝ぶりといい、胸のすく展開となったのではないでしょうか。
さて、第十章「暗闇の中で神剣を掴め」では、いよいよ雷帝アレクセイとの決戦に突入します! 最終局面に向けて、これまでで最も劇的かつ波乱の展開となりますので、ご期待ください!!
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血沸き肉躍る激戦となる、第十章もどうぞよろしくお願いいたします!




