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剣道七級の俺が、異世界で鋼鉄の「機巧武者」を駆り、帝国の蒸気演算を粉砕するまで 【全61話・執筆済】  作者: 角乃とうふ
第九章 交錯する想い、技術者たちの戦争

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第四十五陣 技術者の騎士道

 ブリタニア王国公使館の執務室に、重苦しい沈黙が満ちていた。

 父アーサーから突きつけられた、本国への帰還命令。エレナは拳を固く握りしめ、机上の書類を睨みつけていた。


「嫌よ……」


 絞り出すような声だったが、そこには明確な拒絶の意志が込められていた。アーサーは紅茶のカップをソーサーに戻し、小さく眉をひそめる。


「聞き間違いか、エレナ。私は公使権限をもって命じている。これはお前のわがままが通る局面ではない」

「わがままなんかじゃないわ! 皇國の危機なのよ! クラウスの整備士である私が、今ここを離れたら、あの機体は二度と万全に動かなくなる!」

「動かぬなら、それでいい」


 感情を露わにするエレナに対し、アーサーは淡々と答えた。


「クラウスは、皇國がひた隠しにしてきた謎多き秘密兵器。だが、過剰な同調(シンクロ)を生むあの特殊機構は、耐久性に乏しい。一度強化合金で改修したにも関わらず、先日の戦闘で右腕の霊子シリンダーも内部のギアも限界のはずだ。これ以上の運用は、機体にとっても、あのパイロットにとっても破滅を意味する。それは、お前の望むところではないだろう」


 その言葉は、エレナの気持ちをおもんばかった、アーサーなりの気遣いだった。だが、尋人のこれまでの必死の戦いぶりを傍で見てきたエレナは、その物言いに怒りを覚えた。


「知ったようなことばかり言わないで! お父様に何が分かるのよ! 誰かのために命をかける人の気持ちまで、お父様の優秀な頭脳で完全に弾き出せるとでも思っているの!?」


 エレナは胸元に手を当て、まっすぐに父親を見据えた。


「ヒロトはね、私たちを、この街の日常を守るためにクラウスに乗っている。ボロボロになった機体は、あいつがみんなを守り抜いた証よ! それを放り出して逃げるなんて、騎士道精神を掲げるウィリアムズ家の名が泣くわ!」

「……エレナ」


 アーサーの目が、不快そうに細められる。


「言葉が過ぎるぞ。しばらく自室で頭を冷やすがいい。――おい」


 アーサーが指を鳴らすと、執務室の外に控えていたブリタニア王国の衛兵たちが静かに部屋へと入ってきた。エレナを軟禁する構えだ。

 だが、その姿を見たエレナの口角は、フッと不敵に上がった。


「お父様……私を誰だと思っているの?」


 エレナはポケットから真鍮製ライターを引き抜くと、燃料の調節弁を最大まで開き、火のついた暖炉の奥へと躊躇なく放り込んだ。

 ライター内に仕込まれた高揮発性の特殊オイルが、熾火おきびに触れて激しく爆発炎上する。その瞬間、暖炉の安全弁が吹き飛び、行き場を失った大量の蒸気が、一瞬にして室内の排気管へと逆流した。


――プシューーーッ!!!


 部屋中に立ち込める真っ白な高圧蒸気。衛兵たちが視界を奪われてうろたえる中、エレナは仕立ての良いドレスの裾を大胆に引き破り、身軽になると、あらかじめ調べておいた隠し通路の扉へと飛び込んだ。


「ブリタニア王国のトゥールビヨンを、檻に閉じ込められると思ったら大間違いよ!」


 背後で響くアーサーの怒声を置き去りにし、エレナは薄暗い隠し通路を、ただひたすらに走り抜けた。行先はもちろん、仲間たちが待つあの食堂だ。だが、その前に立ち寄る場所があった――


* * *


 一方、夕凪亭の食堂は、連合艦隊の壊滅という凶報によって、凍りつくような緊張感に包まれていた。


「海軍が一刻も持たずって……。そんなバカな話あるかよ! 皇國の連合艦隊だぞ!?」


 蘭がテーブルを叩いて叫ぶ。

 その横で、詩織は卓上の霊子演算器を凝視し、敵の進軍ルートを精査していた。やがて、画面を見つめたまま、ふっと息を漏らす。


「……いえ、取り乱すのはまだ早いです。敵の移動要塞【アイアン・クラーケン】はその巨大さゆえ、陸上を進むとなれば進軍経路が限られ、大きく迂回せざるを得ません。加えて、移動速度も極めて緩慢です。このまま皇都の第一防衛線に接触するまでには、少なくとも数日の猶予は残されています」

「数日……! 猶予があるのは助かるけど、その化け物がじわじわとこちらへ向かってきてるのか。生殺しのようなもんだな……!」


 蘭が苦虫を噛み潰したような顔で腕を組む。弥生も不安そうに尋人の袖をぎゅっと握りしめた。詩織が銀縁眼鏡のブリッジを直しながら、冷静に続ける。


「もちろん、楽観できる状況ではありません。しかも度重なる激戦で、私たちの切り札であるクラウスは、内部に深刻なダメージを負っています。現在、右腕が満足に稼働しない状態です」


 尋人は以前、大秦国が襲来した時の戦いで、同じ箇所を損傷した時のことを思い出していた。


(確か、あの時はみんなと海市にパーツを買い出しに行ったっけ。でも、今回はそんな余裕は無さそうだな……。状況的にも時間的にも――)


 クラウスの右腕という主砲を欠いたまま、じわじわと死刑執行を待つかのような重苦しい空気が、一同を支配しかけていた。その時だった。凛が覚悟を決めたように、厳しい表情で皆に告げた。


「クラウスは動かないわけではないが、今は不完全な状態。ここは、まだ傷の浅い私の桔梗が正面を引き受けよう」


 部下の不退転の決意に苦笑いを浮かべた大鳥居は、深く息を吐き出して、冷静に命令を下した。


「……今できる最大限の努力をせよ。この数日の猶予を使い、予測される侵攻地点に罠と防衛陣地を徹底的に構築する。桔梗を正面に据え、クラウスと蘭はその側面支援! 詩織、残存の皇都守備隊と協力して『八重垣』の連携を拡大せよ。何としても、勝機をたぐり寄せる!」


 大鳥居の言葉に、食堂内は悲壮な覚悟に包まれた。

 尋人は、自分の掌を見つめた。たとえクラウスの右腕が動かなくても、まだ左腕がある。凛に最も危険な役回りを任せて、俺が側面支援に甘んじていいのか――


(ここで逃げたら……男が廃るよな)


 覚悟を決め、尋人が口を開こうとした、その時だった。

 ガラガラガラッ!!


「誰が――ボロボロのクラウスで戦えって言ったのよ!」


 勢いよく開いた食堂の引き戸から飛び込んできたのは、ドレスの裾をボロボロに引き裂き、顔に煤をつけたエレナだった。


「エレナ!? おまっ、その格好どうしたんだよ!?」


 驚愕する尋人たちを無視して、エレナは机に両手を叩きつけ、激しく息を切らしながら全員を見回した。


「公使館から脱走してきたわ! お父様には本国へ帰れって言われたけど、そんなの知るもんですかっての!」

「エレナさん、無茶ですよ……!」


 弥生が心配そうに駆け寄るが、エレナの目は爛々と輝いていた。


「無茶はこれからよ! ヒロト、クラウスの右腕、まだ死んでないわ!」

「え? でも、シリンダーが焼き付いてるのに、パーツ調達の当てがあるのか?」


 尋人の問いに、エレナは不敵に笑い、背負っていた大きな頭陀袋(ずたぶくろ)を床にドスンと下ろした。中から出てきたのは、ブリタニア公使館の武器庫から文字通り掠め取ってきた、最先端の霊子圧力バルブと、強化合金のパーツ群だった。


「公使館の最新パーツを拝借してきたわ。仮にも同盟国の危機よ、文句は言わせないわ! 規格が合わない? そんなの、この私が力ずくで叩き込んで噛み合わせてみせるわよ! 数日もあるならお釣りが出るわ!」


 エレナはドレスの袖をまくり上げ、尋人の胸ぐらをぐいと掴んだ。


「ヒロト、覚悟はいい? 私が死ぬ気でクラウスの右腕を繋ぐ。だからあんたは――その理不尽なダイオウイカだかなんだかを、その右腕でぶちのめしなさい!」


 絶望のどん底に、一筋の、しかし最高に眩い光が差し込んだ。

 尋人はニカッと笑い、胸元のエレナの腕を力強く握り締めた。


「イエッサー! 頼むぜ、天才整備士殿!!」


 さっきまで種火に過ぎなかった六花分隊の闘志の火が、今や紅蓮(ぐれん)の炎となって燃え盛る。数日後に迫る皇國滅亡の危機を前に、少年と少女たちの反撃の準備が、今ここに始まった。

最大の強敵を目前にしても、大秦国で誓ったエレナの決意は微塵も揺るがない!

次回は、クラウスの改修に悪戦苦闘するなか、再びあの男が現れ、思わぬ展開に……!?


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