第四十三陣 鋼の心臓が刻む未来
全軍統括陣「八重垣」が紡ぎ出す驚異的な連携の前に、新型無人機巧兵団の完璧な統制が次々と破綻していく。
一機が崩されれば瞬時に別の複数機が死角を埋めるはずの「断続的連動演算術式」は、皇國軍が放つ信頼と直感で繋がれた予測不能な「ゆらぎ」に、その歯車を完全に狂わされていた。
尋人のクラウスが放つ一撃が無人機の胸部を貫き、凛の桔梗が神速の一閃でその頭部を撥ね飛ばす。
平原を埋め尽くしていた不気味な赤錆色の光は次々と掻き消え、動かぬ鉄くずの山が累々と積み上がっていった。
インペラトル帝国軍、大型装甲指揮車の内部。
ガタガタと激しく揺れる車内で、けたたましい金属音とともに蒸気演算機が突如、作動を停止した。
排気筒からは黒い油煙が噴き出し、スロットに差し込まれていた無数の穿孔カードが、内部の歯車に噛み込んで無残に引き裂かれていく。
「なっ……! 演算機が拒絶反応を起こしているだと!? 参謀、前線のネットワークが完全に破綻しました! 我が方の最適解が、ことごとく先読みされて潰されています!!」
通信兵の悲鳴のような報告が響く中、参謀のイワンは微動だにせず、机上のチェス盤を見つめていた。
彼の細い指先が、盤上で最も信頼していたナイトの駒に触れる。次の瞬間、コトリと小さな音を立てて、黒い駒が横に倒れた。
「……計算外、か」
イワンの端正な顔が、初めて驚きと屈辱に歪んだ。
彼が組み上げた完璧な論理を、極東の二等国家が「人の絆」という曖昧な力で、それも軍隊丸ごと一つの有機的な陣形へと昇華させて踏み越えてきたのだ。
「我が『演算』の最適解を上回る、術式を書き上げた者がいる……。六花分隊の者か……」
イワンは倒れた駒を強く握り締め、深いため息をついた。
これ以上の進軍は、帝国軍の無意味な消耗を招くだけの「悪手」である。
「全軍、撤退だ。陛下の叱責は免れんが、次につながる貴重なデータは取れた。……しかし、面白い。皇國に恐るべき絵図を描く者がいることは、我が胸に刻んでおこう」
想定外の敗北を喫しながら、イワンは薄暗い車内の中で冷ややかな笑みを浮かべていた。
* * *
戦いは終わり、平原には静寂が戻っていた。
地に降りた合衆国飛行船の演算室。
シュウウウ……と、役目を終えた蒸気演算機が静かに圧力を抜いていく。詩織は、最後の一枚の穿孔カードをスロットから引き抜き、そっと机に置いた。
その顔には徹夜の疲労が色濃く残っていたが、かつての悲壮感は微塵もなく、充実感に満ちた晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「ふぅ……。お疲れ様、詩織さん。いやー、最後の広域同調、鳥肌が立っちゃったわ! 私の個別演算も完璧に噛み合ったし、最高の気分!」
エレナが真鍮ゴーグルを外して伸びをしながら、心底楽しげに笑いかけてくる。
「ありがとう、エレナちゃん。エレナちゃんの超高速打鍵と、的確な個別調整がなければ、私の戦術論理は完成に届かなかったわ。本当に、助かった!」
「お安い御用よ! 私たち、最高の相棒になれるんじゃない?」
エレナが悪戯っぽくウインクした、その時だった。
コツコツと、しっかりとした廊下に響き、重い鉄の扉が開いた。
「詩織さん――」
扉の前に立っていたのは、疲れを感じさせながらも、強い光を瞳に宿した尋人だった。
「尋人君……!」
「エレナも、お疲れ様。……詩織さん、俺たちの勝ちだ。敵は完全に退いていったよ。詩織さんがいてくれなかったら、どうなっていたか……。本当にありがとう!」
尋人が真っ直ぐに歩み寄り、心からの感謝を込めて微笑む。
詩織は作業イスから立ち上がり、その少年と視線を交わした。
窓の外を見遣れば、黄金に輝く太陽は中空に昇り、戦場だった平原を優しく照らし出していた。
かつての詩織は、完璧を追い求めるが故、ともすれば失敗を恐れる、繊細な心を抱えていた。けれど、いま彼女の胸中に、もうそのような怯えはない。
自分を信じ、命を預けて戦ってくれる仲間がいる。不格好でも、泥臭くても、共に未来を切り開くための、決して折れない「鋼の心臓」が、詩織の胸の奥で力強く鼓動を刻んでいた。
「いいえ、尋人君。お礼を言うのは私の方よ。……私を信じてくれて、支えてくれて、ありがとう!」
詩織は尋人の目を真っ直ぐに見つめ、一歩、歩み寄る。
明昼の光が、二人の影を、そして帰るべき皇都へと続く道を、どこまでも暖かく、優しく包み込んでいた。
【第八章 完】
第八章「戦地に紡がれる鋼鉄の絆」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
詩織が孤独と焦燥を乗り越え、六花分隊の温かい絆を得て生まれた全軍統括陣「八重垣」!
イワンの冷徹な「計算」を、人の「想い」が打ち破り、かろうじて皇都を守ることができました。
個人的には、大鳥居とお千代が静かに語り合う、第三十七陣が気に入ってます。
さて、第九章「交錯する想い、技術者たちの戦争」では、ついにインペトラル帝国の総帥、雷帝アレクセイが動き出します!
再び皇國に危機が迫る中、ブリタニア王国公使である父アーサーに呼び出されるエレナ。
ぶつかり合う親子、それぞれの想いの先に、たどり着く場所とは……?
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久しぶりの飯テロ回もある、第九章をどうぞよろしくお願いいたします!




