第四十二陣 侵略を阻む幾重もの覚悟
夜が明け、遮るものの無い圧倒的な日の光が、皇都郊外の平原を照らし出す。
視界が開けるその時を、侵略者は待っていた。
轟音と土煙と共に姿を現したのは、昨日と違わぬ圧倒的な数で平原を埋める黒鉄の軍勢。インペトラル帝国の新型無人機巧兵が、胸部の演算機を不気味な赤錆色に明滅させ、一糸乱れぬ隊列で進軍を開始した。
「――来たか。詩織の術式転送はまだか……」
「大丈夫だって、大鳥居の旦那! 大船に乗ったつもりでいろよ!」
平原に築かれた最終防衛線の塹壕の中で、大鳥居は双眼鏡を覗き込み、奥歯を噛み締めていた。その横で、機巧甲冑「金剛」を纏った蘭がニヤリと笑う。
昨夜の猶予で兵士の治療と蒸気兵器の整備が出来たとはいえ、数における劣勢は変わらない。「断続的連動演算術式」に統率された無人機の大軍による、隙の無い網の目のような包囲陣形が、容赦なく皇國軍を圧殺せんとじりじりと迫り来る。そんな状況下でも、平然と笑っている蘭が側にいることが、大鳥居には何よりも心強く感じられた。
無数の無限軌道が、防衛線の最前線へ届こうとした、その時――
「全軍へ通達――これより、術式転送を開始します」
皇國軍の兵士たちの通信機へ、落ち着いた詩織の声が響き渡った。
「詩織さん、いつでも行けるよ!」
戦斧を構える蘭が叫ぶ。
飛行船の演算室。詩織は、エレナと徹夜で打ち込み続けた穿孔カードの束を、大型蒸気演算機のスロットへと手早く挿入し、起動レバーを力強く引き絞った。
ガシャシャシャシャシャシャッッ!!
凄まじい金属音とともに、演算機が穿孔カードを怒涛の勢いで吸い込み始める。
「全軍統括陣――『八重垣』、起動!!」
ゴオオオオオオオオオッ!!!
演算機が歓喜のような排気音を上げ、超高圧の過熱蒸気が真鍮配管を駆け巡る。
その瞬間、前線に立つ皇國軍へ、穿孔カードから読み解かれた術式が次々と転送されていった。
「……っ、これは!? 敵の動きだけでなく、味方の動きも予測しているのか……!?」
大鳥居が目を見張った。
皇國軍の蒸気兵器に備えられた霊子硝子盤に、詩織たちのマクロ演算によって割り出された「敵全軍の予測布陣」が展開される。さらに、この広域同調霊波は、前線で戦う兵士たちの体内霊子をも緩やかにつなぎ、言葉を交わさずとも「戦友が次にどう動こうとしているか」という息遣いや気配が、肌を刺すような直感となって伝わってきた。
それと同時に、平原の地底を走る霊脈の強大な霊子波動が、各機の吸収孔に怒涛の勢いで吸い込まれる。出力を大幅に増した蒸気兵器からは、霊子混じりの白い蒸気が激しく噴き出した。
「尋人、行くぞ! 我らが道を切り開く!」
「了解、凛! 合わせる!」
クラウスと桔梗が地を蹴った。
敵の無人機巧兵が、即座にその動きを計算し、予測射線へとガトリング砲を向ける。本来なら、機械の超高速連携に先手を打たれるはずだった。
――だが、尋人と凛の動きは、機械の予測を完全に裏切った。
凛の桔梗が、鋭く踏み込んだと思えば、その機体を左右に高速移動する。その舞い踊るような変幻自在の動きに対し、尋人のクラウスが感覚の同調を頼りに寸分の狂いもなく追従し、死角から飛び出すと敵の胸部を大太刀で貫いた。
二人の阿吽の呼吸、数値化できない「絆」の軌跡が、「八重垣」を通じて、味方の蒸気兵器の霊子硝子盤へ戦術情報として断続的に転送されていく。
「エレナちゃん、第三、第四小隊の機巧甲冑の駆動圧を二分上方修正! 蘭の突撃線を開けて!」
「了解、各隊装備の微調整は任せて! 叩き込め、蘭!」
演算室で詩織が戦場全体を俯瞰してタクトを振り、エレナが、個別兵器の霊子制御をリアルタイムで最適化していく。
「おらおらおらぁッ! 道をあけな、鉄屑ども!」
大地の特異点から溢れる霊子をボイラーに満たした「金剛」が、凄まじい勢いで、敵の薄い陣列へ肉薄する。敵中で蘭が巨大な戦斧を豪快に振り回すと、敵機三機がたちまち叩き潰された。
詩織と仲間たちが一丸となって開発し、全機へと一斉配信した全軍統括陣。それは、数に勝る敵を打破する起死回生の奥の手だった。
詩織の術式の導きによって、皇國軍は敵機に寸分の狂いもなく狙いを定める。そして、エレナの個別術式により機体制御を最適化され、霊脈の恩恵で出力を跳ね上げた霊子野砲が、無人機巧兵を次々と打ち抜いていく。
帝国軍の演算式は、完全に狂わされていた。
一機が動けば別の一機が即座にその死角を埋めるはずの計算を、皇國軍は戦友への信頼と直感という、計算不可能な「ゆらぎ」で潰していくのだ。それは、帝国の演算と似ているようで、全く非なるものだった。
皇國軍が一体となり、まるで血の通った獰猛な獣の如く、縦横無尽に躍動していく。
「素晴らしい……これが、詩織の書き上げた新しい戦術陣か……!」
今こそ千載一遇の好機とみた大鳥居は、己の軍刀を抜き放つと、無線越しに絶叫した。
「全軍、突撃ーー!! 今こそ皇國軍の底力を見せてやれ!」
「おおおおおおおッ!!!!」
その檄に応えた皇國軍全兵士の咆哮が戦場に轟いた。
平原を支配していた黒い津波は、いまや皇國軍の情熱の炎に包まれ、完璧を誇った陣形も砂上の楼閣のように崩れていく。限定された情報による最適解は、人間の命を懸けた幾重もの絆、八重垣の前に、破綻しつつあった。
ついに、発動した詩織の新術式「八重垣」。
この戦いの決着の行方は――
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