第三十八陣 その男、不撓不屈
翌朝。皇都から遠く離れた北方の海岸線に大鳥居はいた。
海は凪。風もない。澄み渡る青空から陽光が力強く降り注ぎ、ウミネコが呑気に空を飛んでいる。驚くほど静かだった。
ゴツゴツした岩場をくり抜いたトーチカの中から、双眼鏡を覗き込んでいた大鳥居は、「今のうちにここから去れよ」と心の中で鳥たちに語り掛けた。
大型艦が接岸できる皇海沿岸は限られている。狙いが皇都なら、上陸後の最短ルートを考えると、帝国は必ずここを襲う。
大鳥居の予見は、ほどなく、キラキラと輝く水平線の向こうから、具現化した。分厚い雨雲のような、インペトラル帝国の大艦隊が姿を現したのだ。
だが、そこに立ちはだかるはずの皇國海軍の姿は皆無だった。
帝国艦隊は、無人の野を行くがごとく、悠々と大海原を滑り、海岸へと近づいていく。目視でも、艦船の細部がはっきりと確認できるまで距離が近づいたその時――。
大鳥居が海軍の協力を得て、極秘裏に敷設していた大量の「霊子機雷」――それが、侵略者の足元で牙を剥いた。
ズドォォォンッ!
轟々と海面が爆発し、霊子の光が吹き上がる。
機雷の連鎖爆発に巻き込まれ、帝国軍の先遣艦が次々と黒煙を上げながら沈んでいった。
「――第三、第五巡洋艦が大破! 敵の未知の機雷群です! 先行した第一艦隊が壊滅的被害を受けています!」
激しい爆発音が通信機越しに響く帝国艦隊の旗艦ブリッジ。
悲鳴のような報告が飛び交う喧騒の中、一人の将校が机上のチェス盤を静かに眺めていた。帝国の参謀イワンである。彼は、周到に用意した高速移動経路を使って、大秦国の北方戦線から、この艦隊に合流を果たしていた。
「ほう……」
イワンは不敵な、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「極東の二等国家と侮っていたが……どうやら本国にも、中々のチェスの指し手がいるようだ。面白い。お礼に我々の新型艦をご披露しよう」
想定外の被害にも全く動じることなく、彼は盤上のナイトの駒を進めた。
* * *
「やったか!?」
沿岸防衛線のトーチカで、歓声を上げる兵士たち。だが、その喜びは一瞬で凍りついた。
沈みゆく艦船を押しのけるようにして、見たこともない四角い船首の艦船が、驚異的な速度で突進してきたのだ。
「な、なんだあの不格好な船は……!? 浅瀬に突っ込んでくるぞ!? 座礁覚悟で、直接接岸する気か?」
皇國軍に戦慄が走る。
異形の艦船は、もうもうと黒煙を上げながら浅瀬の砂浜へと強引に乗り上げ、激しい衝撃とともに接岸した。
その直後だった。咆哮のような蒸気排気音とともに、船首を覆っていた巨大な装甲板が上下へと豪快に開放された。上半分が天へと跳ね上がり、下半分がそのまま頑強な歩板となって、轟音を立てて波打ち際へと叩きつけられる。
その剥き出しになった船内から現れたのは、ぎっしりと詰め込まれていた黒鉄の軍勢――無人機巧兵が、地響きを立てて怒涛の勢いで吐き出された。
ドババババババッ!!
出現と同時に、無人機巧兵が放つ猛烈なガトリング砲の弾幕が、沿岸の砂浜を激しく抉った。トーチカの岩壁に無数の裂孔を穿ち、積み上げた土嚢を瞬く間に粉砕していく。たちまち、皇國の兵士たちに動揺が走った。
「うろたえるな! 敵の連射には装填によるタイムラグがある! 第一、第二トーチカ、交差射線で敵の突入路を塞げ! 重霊子砲、ヨーイ、撃てっ!」
耳を聾する轟音の中、大鳥居は泥を浴びながら的確な指示を飛ばし続けた。
皇國軍の放つ重霊子砲が命中し、一団の無人機巧兵が爆散する。しかし、圧倒的な物量を前に、大鳥居はすぐさま作戦を第二段階へ移行した。
「予定通り後退! 敵を山岳地帯へ誘い込め!」
* * *
皇都を囲む険しい山脈。そこは、重量のある無人機巧兵にとっては進軍の極めて難しい隘路だった。
急勾配とぬかるみに足を取られ、機動力を削がれる鉄の軍勢。
「今だ、蒸気弁を開放しろ!」
岩陰に潜んだ大鳥居の合図とともに、張り巡らされた即席の過熱蒸気パイプが破裂し、高圧の蒸気が無人機の関節部を焼き切っていく。
地形を完全に網羅した皇國軍は、木々の隙間からピンポイントの狙撃を浴びせ、大岩を落とし、一本ずつ敵の足をもぎ取るようにしてゲリラ戦を展開。大鳥居の卓越した指揮戦術により、皇國軍は圧倒的劣勢でありながらも、執念深く時間を稼ぎ続けた。
だが、その粘り強い抵抗も、ついに限界を迎える。
物量で山岳地帯を強引に突破され、大鳥居たちは皇都の外周平原へと追い詰められていた。
残存兵力はわずか。正面には、無数の無人機巧兵が鶴翼の陣を敷いている。
その新型機の胸部は不気味な赤錆の光を放ち、まるで一本の神経で繋がっているかのように、完璧な相互連動を見せていた。
一機が動けば、その死角を他の数機が寸分の狂いもなく埋める。網の目のような隙のない鉄の軍勢を前に、皇國軍の刃も銃弾も、容易には届かなくなっていた。
「大鳥居閣下……!」
泥と煤煙にまみれた部下の将校が、悲壮な覚悟を瞳に宿して進み出た。
「我ら第三小隊が捨て駒となって敵中に突入します! その隙に閣下は皇都へ退き、陸軍の皇都守備隊と合流してください! あなたの傍にお仕えできたことは、私の誇りでした。ご武運を……!」
「……そんな楽な選択を許すとでも思ったか?」
大鳥居は静かに答えた。当惑する部下の肩を、大鳥居は痛いほどの力で強く掴むと叫んだ。
「無駄死には許さん! 生きて戦い続けることが、真に祖国を守ることだ! 泥を啜っても、生き延びろ! 生きてさえいれば、俺が必ず死中に活を見出す! 絶対に諦めるな!!」
大鳥居は硝煙で黒ずんだ軍刀を強く握り直し、残存部隊へと熱い視線を送った。大鳥居の喝を受け、沈みかけていた部隊の士気が持ち直していく。弾薬が尽きかけ、包囲網が狭まる絶望的な状況のなか、少しでも時間を稼ぐ効果的な反撃の手段は無いか、青年将校の頭脳は限界を超えて回転し続けていた。その時――
――ゴォォォォォォォォォォ……!!!!
雲を割り、天空から地を震わせるほどの重低音が轟いた。
見上げれば、金属の骨格に覆われた、全長数百メートルにも及ぶ硬式飛行船が、戦場を覆い尽くさんばかりの巨大な影として現れた。
その圧倒的な質量が、ゆっくりと超低空まで降下し、戦場全体を威圧する。
「ばかなっ!? 合衆国の飛行船が、なぜここに……!?」
驚愕と混乱のどよめきが帝国軍の士官から上がるなか、飛行船の底部にある巨大な格納庫の扉が、重厚な金属音とともに左右に開放された。
「――六花分隊、只今現着っ!!」
通信機から響いたのは、聞き慣れた四条凛の声。
直後、凄まじい高圧蒸気を噴射しながら、二つの巨大な鋼が天空から舞い降りた。
ドォォォンッ!!
激しい着地衝撃とともに土煙を上げたのは、機巧武者クラウスと桔梗。大秦国から合衆国の協力を得て、文字通り空を駆けて間一髪で帰還を果たした、皇國最強の切り札だった。
「凛……佐藤……! 戻ったか!!」
大鳥居の顔に、この日初めて、確かな歓喜の色が走る。
だが、クラウスのコックピットで操縦桿を握る尋人は眼前の敵を見て、表情を引き締めた。
「……大陸で戦って来た無人機巧兵と様子が違う」
目の前の無人機巧兵たちは、まるで一つの巨大な生き物のように、滑らかな地響きを立てて尋人たちを包囲する陣形を再構築し始めていた。
六花分隊の帰還という奇跡の種火が灯った戦場。しかし、冷徹な論理で統率された鉄の災厄を前に、皇國の命運をかけた戦いは、ここからさらに激化していく。
間一髪、救援に間に合った尋人たち。
次回、六花分隊VS新型無人機巧兵の激戦が始まります!
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