第三十六陣 咲き誇る桔梗、波乱の大海
「――参る!」
凛の鋭声の気合とともに、濃紺の機巧武者桔梗が大地を蹴った。
背部の排気管から尋常ならざる量の霊子スチームが噴き出し、巨躯が弾丸のような速度で戦場を駆け抜ける。その機動力は、これまでの機巧武者の常識を凌駕していた。
迎え撃つ無人機巧兵の前陣が一斉に巨盾の隙間から桔梗に銃口を向ける。だが、その射線を塞ぐように現れたのは、死角から飛び込んだ深緑の機巧武者だった。
「凛の道を拓く! ――俺の一撃で大盾を崩すから、ガトリング隊は斉射で援護してくれ!」
桔梗の露払いのため先行していたクラウスが、身の丈を超える重量級の大太刀を一閃。前列の巨盾ごと数機の無人機をまとめて叩き斬る。同時に、尋人の指示を受けた大秦国軍のガトリング砲が一斉に火を噴き、敵の側面に猛烈な弾幕を降らせた。
激しい着弾の衝撃で大量の土煙が上がり、無人機たちの視野が一瞬だけ物理的に遮断される。
そのわずかな隙を縫うように、凛は桔梗の操縦桿を滑らせた。
機動性と繊細な動きを重視したその機体は、古流剣術・御影流の足捌きと完全に同調していた。凛は敵の集中砲火の嵐を紙一重で見切り、かわしていく。
「凛、あと三秒で敵陣中央に到達する! 備えろ!」
「承知!」
言葉を交わす必要すらない、完璧な阿吽の呼吸。
クラウスの斬撃と大秦国軍の側面支援が穿った敵陣の風穴を、桔梗が疾風のごとく駆け抜ける。そして、無人機巧兵団の「ど真ん中」へと飛び込んだその瞬間――戦場に異変が起きた。
ギガッ、ガガガガガ……!
無人機たちの胸部に内蔵された蒸気演算機から、異常な歯車の軋み音が鳴り響く。
彼らの穿孔カードに刻まれた命令は、「陣形の絶対維持」と「同士討ちの回避」。しかし、密着した巨盾の陣形の中央に超高速で桔梗が入り込んだことで、この二つの命令に致命的な矛盾が生じた。
桔梗を撃てば、対角線上にいる味方を誤射することになる。かといって陣形を崩して回避すれば、もう一つの命令に反する。
定石どおりの規則しか持たない機械の兵士たちは、この予測不能な事態に対処できず、完全に動きを止めてしまった。
尋人の予言した「蒸気演算の硬直」が、現実のものとなったのだ。
「――もらった!」
凛の澄んだ声が戦場に響く。
桔梗の腰部から、銀色の閃光と化した刃が抜刀された。それは、破壊力重視のクラウスの大太刀とは対照的に、敵の装甲の隙間を的確に断つ繊細な動きを可能にする、極限まで軽量化された一振りの打刀。
「水影の息」によって桁違いの出力と同調した凛の剣技が、神速の冴えを見せる。
一閃、二閃、三閃――。
クラウスの力任せの破壊とは異なる、流麗かつ精密な一撃が、硬直した無人機たちの関節や蒸気パイプの隙間を正確に解体していく。両断された機体が次々と火を噴いて崩れ落ちていく。
「す、すげえ……!」
「なんだあの動き!? まるで機体が生きているみたいだ……!」
大秦国軍の兵士たちは、塹壕から身を乗り出してその光景に釘付けになっていた。
尋人の冷静な戦術眼と、凛の圧倒的な武力。二人の才能が極限のレベルで融合し、戦場の「正解」を次々と塗り替えていく。さっきまで圧倒的優位に立っていた無人機巧兵団は、今やただの鉄くずの山へと変わり果てようとしていた。
* * *
その頃、戦場の狂騒から少し離れた、帝国軍後方司令部。
大型指揮車の中で、大秦国軍の反撃を双眼鏡越しに眺めていた男――イワンの顔に、焦りの色は微塵もなかった。
「……素晴らしい。私の演算式の穴を瞬時に見抜き、新型機の性能と操縦者の技量で、物理で論理を破壊するとは。敵ながら見事なアプローチだ。やはり、佐藤尋人、君こそ、私の遊戯を最も楽しませてくれる最高の好敵手だよ」
次々と破壊されていく無人機巧兵を見ながら、イワンはまるで極上の演劇でも鑑賞しているかのように、満足げに微笑していた。
「参謀! 第一波の損害が許容範囲を超えました! このままでは北部国境線の突破は不可能です。直ちに第二波の投入を!」
焦燥しきった副官の叫びに、イワンは背筋が凍るような邪悪な笑みを浮かべた。
「奴らが下手に動けぬ程度の増援で構わん。当初の目的は、十分に果たされたからね」
「は……? 目的は眼前の敵軍の撃破では?」
「あの付け焼刃の改良機どもは、連中の『目』をこの大陸に釘付けにするための、陽動に過ぎないのだよ」
イワンは指揮卓の上に広げられた巨大な海図を指差した。
そこには、大秦国の北部国境ではなく、海を隔てた島国――大日本皇國の近海に、無数の赤い駒が配置されていた。
「大秦国軍の大半を北部国境に釘付けにし、あの忌々しい六花分隊も足止めできた。今頃、手薄になった彼らの祖国に向けて、我が主力艦隊が文字通り蹂躙に向かう頃だろう。我々も、急ぎ合流するぞ」
* * *
それから程なく、最前線で残敵の掃討を終えようとしていたクラウスと桔梗の通信器に、詩織からの切迫した声が飛び込んできた。
「凛、尋人君! 緊急事態です……っ!」
スピーカーから響いた詩織の、尋常ならざる悲痛な叫びに、尋人の背筋に冷たいものが走る。
「皇海北西より、帝国軍の大規模艦隊が接近中! 敵の目標は――大日本皇國の本土です! すでに領海の目前に迫っています……!!」
「……なっ!?」
尋人は息を呑み、血の気を失った。
帝国が「龍京再奪還」を旗印に掲げたこの北部国境線の戦いの実態は、大規模な二方面作戦。最初から彼らの真の狙いは、背後の大日本皇國への本格侵攻だったのだ。
尋人の戦術を上回るイワンの仕組んだ罠。風雲急を告げる皇國の危機。それは、苛烈な本土防衛戦への序章だった。
【第七章 完】
第七章「新興大国と新たなる剣」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
新機巧武者「桔梗」の誕生と、胸のすくような凛の大活躍……からの皇國の窮地!
続く第八章「戦地に紡がれる鋼鉄の絆」からは、再び大日本皇國が舞台です。
頼みの六花分隊が不在の中、侵攻する帝国の大艦隊に一人の男が立ちはだかります……!
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風雲急を告げる第八章もどうぞよろしくお願いいたします!




