第三十五陣 闇夜に針の穴を通す
インペトラル帝国の再侵攻に備え、大秦国軍が突貫作業で構築した北部国境の防衛線。広大な荒野に幾重にも張り巡らされた塹壕陣地は、今や土煙と火薬の匂い、そして兵士たちの悲痛な怒号で満たされていた。
「ガトリング砲の目詰まりに気をつけろ、弾幕を絶やすな!」
指揮官の絶叫に応え、大秦国軍の野砲とガトリング砲が火を噴く。無数の弾丸が激しい金属音を立てて、大地を穿った。だが、立ち上る黒煙の中から現れた「異形の軍団」に、前線の兵士たちは戦慄した。
「ば、ばかな!? ――いや、前列の奴ら、前はなかった装備をしている!?」
「機体の全高ほどもある巨盾だ! あれで、砲撃を弾き返してやがる!」
塹壕の兵士たちが、引きつった顔で銃を握り直す。
地平線を埋め尽くすのは、幾度も激戦を交わし、その恐怖を骨の髄まで知っている無人機巧兵の大軍だった。
だが、今回の敵は以前と変わっていた。イワンによるマイナーチェンジ――大秦国防衛線の弾幕を無効化するため、最前列の機体には、全身を覆う長方形の鋼鉄盾を新たに装着。さらにその重量増をカバーすべく、無限軌道の強化改修が施されていた。
隙間なく並べられた巨盾の鉄壁を掲げ、以前よりもさらに洗練された無機質な動きで迫り来る無人機たち。その改良された不気味さと、前回に勝るとも劣らない圧倒的な物量が、大秦国軍を飲みこもうとしていた。
「畜生! あの盾を破壊できない、もう駄目だ!!」
絶望が伝染し、防衛線が崩壊しかけたその時だった。
「――各隊、ここが正念場と心得られよ! これより大日本皇國特務隊、六花分隊が参陣する!」
通信機からの勇壮な声に、兵士たちがハッと振り返る。
後方の丘陵に立ち並んだのは、深緑のクラウスと濃紺の装甲から白い蒸気を堂々と噴き上げる、凛の新型機巧武者桔梗。復興指揮と不測の事態に備え、龍京を離れることが出来ない女帝・瑛華と白龍に代わり、尋人たちが駆け付けたのだ。
幾度も窮地を救ってきた皇國の機巧武者の登場に、大秦国軍から地鳴りのような歓声が沸き起こる。
「救国の英雄クラウスだ! もう一機、新型機もいるぞ!!」
歓声の裏で、二機のコックピット間では冷静な無線が交わされていた。尋人は前方の敵機を望遠レンズで捉え、冷静にその動きを観察する。
「なるほど、帝国の奴らも考えたな。巨盾でこっちの弾幕を防ぎつつ、確実に前進してくる。……足回りも奢っているのか。あの重装備で悪路を進んでも隊列が乱れない……」
「ああ、ただでさえ厄介な無人機が、巨盾まで備えた隙のない大軍勢になっている。尋人、どう崩す?」
激戦を共にしてきた凛の問いに、尋人は手元の戦術マップを見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
「……策はある。巨盾を構えて動きが精密になった分、奴らは逆に規則に縛られてる。盾の隙間を埋めるように距離を一定に保っているからこそ、あの陣形の真ん中に、計算不能な超高速で突っ込んでやればいい」
「……! そうか、密着した巨盾の陣形の中心で、一波乱起こせば、計算外の事態に無人機共の演算機に狂いが生じ、隙が生まれる!」
「ああ。ただ、タイミングを僅かでも誤れば集中砲火で蜂の巣になる綱渡りだ。だから、机上の空論とも言えるんだけど……」
通信機の向こうから返ってきたのは、身震いするほど涼やかで、すがすがしい笑い声だった。
「ふっ……尋人。お前が描いた絵図を、戦場で体現してみせるのが、私の役目だろう。しかも、この繊細な策。桔梗におあつらえ向きではないか! ――六花分隊、これより反攻作戦を開始する!」
桔梗の背部から、高圧蒸気が爆発的に噴き出した。
御影流の極意「水影の息」によって完全に制御された暴れ馬は、濃紺の巨体を深く沈み込ませ、地を這うような鋭い抜刀の構えを取る。
その横で、尋人の駆るクラウスもまた、相棒の突撃路を遮る巨盾の壁を切り開くべく、大太刀を正眼に構えてその刀身に青白い霊子をたぎらせた。
進化した無機質な絶望を切り裂くため、今、それを遥かに凌駕する新鋭機の一撃が放たれようとしていた。
ついに戦場に降り立った桔梗。
次回、その実力がベールを脱ぎます!
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